黒白

蠱毒 暦

断章 運命

運命を握る少女達は、精霊国に生まれました。


「…ねえ、聞いてる?」

「……。」


何度も声をかけられているのにずっと野原に寝転がって、雲を見つめています。


「…本当、アンタ変わってるよ。ローブも着ないし。でも、魔女帽子は被ってるのよね。」

「…………あ!」


ふいに少女は呟きます。


「な、何よ!?驚いちゃったじゃない!」

「…ちょうちょ。あの赤色…きれい。」


その言葉にため息をこぼします。


「…い、い、か、らさっさと行くわよ、このままだと…また学校に遅刻よ!」

「うん…分かった。」


少女は蝶を目で追いながら起き上がると、手を掴まれます。


「…?」

「走っても間に合わない…っ、魔法で飛ぶわ!絶対、手を離さないで。」


何らかの詠唱をした後、体が宙に浮かび…飛行しながら、2人は学校へと向かいました。


「…2人とも遅刻です。それに…先日行ったばかりの『飛行魔法』の行使…罰として廊下に立って、反省なさい。」

「…はい。」

「……。」


周りの子達からはくすくすと笑い声が聞こえます。


「…あー!!あそこで木に引っ掛からなければ…絶対間に合ってたのに!!!」

「……。」


教室の扉が閉まった途端、愚痴りだします。


「詠唱も完璧だった…2人飛ぶ事を加味した上で魔力量を調整したんだけど…う〜ん、まだまだ、改善の余地がありそうね……」

「…飛ぶの、楽しかった……またやって。」

「……アンタねぇ。初級魔法ですらまともに出来ない癖に…よく言えるわ。私達、精霊なのよ?…だから元々、魔法の才能が生まれつきある筈なのに…」

「…?……??」


少女は話がよく分からずに首を傾げていると、教室の扉が激しく開きます。


「廊下が騒がしいと思ったのですが…反省の色が見えませんね。でしたらより重い罰を…」

「ち、違うわよ!私は…」


少女は一歩前に出ます。


「元々わたしの所為だから…それは違う。」

「……す、スロゥちゃん。」


厳しい目つきで先生は少女を見つめます。


「…スロゥ。アナタには精霊界史上最悪の落ちこぼれという自覚は…ありますか?」

「……。」

「基礎である魔力操作も出来ない。生まれた時点で使える筈の初級から上級までの魔法も使えない。魔力量も最底辺。同世代の皆から…軽蔑されている事も…理解しているでしょう。」

「…っ、ギルウィ先生…流石にそれは……」


少女…スロゥはいつものボッーとした表情で言いました。


「…それで?」

「……っ、アナタ——」

「…魔法はいらない。だって、ウイがいるから。」


そう言って向き直ると頬が赤くなり、ピンク色のツインテールが、黄色いリボンと共に、ぴょこぴょこ動いて明らかに挙動不審になっていました。


「…あ…アンタねぇ…そんな事ぬけぬけと、私が恥ずかしいじゃないっ!!」

「…?本当のことだから。」

「……っ!!やめなさいよ!!そういうのを!!」

「…うう。痛い。」


こめかみをぐりぐりされていると、お互いの背中に手が置かれます。


「…罰としてスロゥの魔力操作がある程度出来るようになるまで手伝ってあげなさい…ウイ。」

「その、ギルウィ先生。遠回しに夜まで居残りしろって事なんじゃ…」

「ウイ。アナタはこの魔法学校の中でも優秀で…次期精霊王になれる程の才能を秘めています。」

「え?そそれはないですって!」


先生はにっこりと笑いました。


「…では、スロゥを任せます。場所はいつもの草原で…緊急事にはすぐに私を呼んで下さい。」

「……あ、分かりました!」


教室の扉が閉まり、少しの静寂が辺りに満ちます。


「…次期精霊王かぁ……えへへ。」

「ウイ?」

「あ…えっ!?何でもないわ!!行くわよ。スロゥ。」

「…さっきの飛ぶ奴がいい。」

「……ダメっ!ちゃんと徒歩で…」

「……。」

「……ダメったらダメなんだから!」

「……。」

「……、………、……!!ああ分かったわよ、光栄に思いなさい…ギルウィ先生には内緒よ。」

「…うん。」


学校の外に出ると手を繋ぎ、こりずにまた『飛行魔法』を使いました。



「——やっと見つけたぜ。」


……



「…いい?目を閉じて集中してみて。」

「……。」


スロゥは目を閉じました。


「……………すやぁ。」

「…あっ、寝るなぁーーー!!!」

「…起きてる…よ…Zzz」

「…また、そうやって…もうっ!」

「ウイの言った通り…にしてる…よ?」

「…う、一理あるかも…でも、私の思っているのと違う気がする……ていうか、アンタよく立ちながら寝れるわね。」


ウイが草原に寝転ぶと、スロゥもそれを真似します。


「……あったかい。」

「コラ、ひっつくな!…もう、今日も夜通し確定かなぁ。」

「でも…後ちょっとで何か…掴める気が……」

「また出まかせ言って…はぁ。」


短い細い木の杖を取り出して、軽く振ると…辺りに無数の小さな火の玉が浮かびます。


「…無詠唱。」

「そう。すごいでしょ?」

「…きれい。」

「赤色好きよね。アンタ。どうして好きなの?」

「…鮮やかで、あったかそう…だから?」


そう言うと、隣でクスリと笑う声が聞こえました。


「少し休んだし、練習…再開するわよ。」

「…もっと、みたい。」

「後で、たくさん見せてあげるから…ね?」

「……約束、だよ?」


2人は起き上がって、仲良く魔法の練習を再開しました。


……


衝撃で持っていた水晶玉が割れる。


「……っ。」

「これで終わりだ。ちょこまかしやがって。」


軽く下を見ると、胸から手が生えていた。


違う。


—————貫かれていた。


出血はしない。精霊は魔力の塊だから。


「……」

「ダンマリかよ……今代の精霊王。名前はあーなんだったっけか?」

「名前はいい。それより、何が目的なんだ?悪魔の首領…リード。」


後ろにいる悪魔…リードに問いかける。


「…目的?別にねえな。他の奴らが妖精国に行きてえって言ってたから渋々来ただけで、まあ、言ってしまえば…お祭り感覚だ。」

「この、快楽主義者達め…!」

「おー…妖精ってのは割と上品な悪口を使うんだな。」


へらへらと笑う。


(反撃できるか……?)


杖は右ポケットの中…ゼロ距離で魔法が当たれば…多少はダメージが与えられる筈。


そう考えて、すぐに行動に移す……が。


「……杖が、ない。」


(杖は視界内に捉えていたのに…何故?)


「この杖、綺麗だなぁ。宝石か?いいもん使ってるじゃねえか。」

「……っ!?」


体から腕を抜かれて、うつ伏せに倒れる。


「…ぐぁ。」

「悪い。目的はないって言ったのは嘘だ。」


——お前さんを殺して、精霊国の結界を解く。


「それが目的だった…杖ありがとさん…じゃあな。」

「…っ、『アイスプリズン』!」


体を何とかリードに向けて…苦し紛れの魔法を放つ。


「…はぁ……っ。」


回復魔法を使い、傷を癒やしながら立ち上がった。リードは読み通り、氷漬けになっている。


「…永久に眠れ。」


さっきの衝撃で精霊国の結界が破れた可能性の事を考えて、『結界魔法』を確認する。


その時、視界が突如真っ暗になり、意識が遠のく。


……最期に目に映ったのは、『氷結魔法』が跡形もなく消え、私を嘲笑うかのような顔で見下ろす…リードの姿だった。


……



「…そろそろ帰るわよ?……スロゥ?」

「………。」


スロゥは夜空をボッーと見ていた。


「ねえ、アンタ…」

「……分かった。」


そう言って、私を見る。


(…いつもなら、そろそろ…ギルウィ先生が来る頃合いだけど……)


妙な胸騒ぎがする。


「……」

「…ウイ?」


気づけば、スロゥの綺麗な黒髪を撫でていた。


「……なにしてるの??」

「…へ!?…いや、髪にゴミがついてた、だけよ。」


反射的にスロゥと少し距離を置いた。


(……落ち着け。すぐに来るかもしれない。でも時間厳守のあの先生が今まで遅れた事なんて一度も…なかったじゃない。)


心配と不安で頭がいっぱいになる。丁度、そんな時だった。


(…これって、『伝言魔法』……え。嘘。)


無常にも情報が頭に流れてくる。


「……ウイ?」


心なしか心配そうな表情を浮かべている。


「聞いた?」

「……何の話?」


(『伝言魔法』は初級魔法で、魔力操作も使えないと、でも…あっ。スロゥは…)


まともに魔法も魔力操作も使えないんだ。だから…聞こえなかったのだと理解した。


「……スロゥ。」


私は思わず、スロゥに抱きついた。


「…体…震えてる……寒いの?」

「…寒く、ないわ……大丈夫よ。」


スロゥの体から離れ、息を整える。いつもの自分を演じろ……絶対に悟られるな。


「私、ちょっと…ギルウィ先生呼んで来るから…ここで待っててくれない?」

「…わたしも行く。」

「っ、ダメよ。アンタはギリギリまで…魔力操作の練習しなさい。少しでも出来るようになったら、きっと先生に褒められるわよ?」

「でもまた…飛びたい。」

「……約束してあげる。明日になったら…また学校に行く時、『飛行魔法』使ってあげる。だから……お願い。」


スロゥは少し悩んだ素振りを見せた後、頷く。


「…約束、だよ?」

「ええ、約束…だから、行ってくるわ。」


スロゥに背を向けて、『飛行魔法』を発動させて…空を飛ぶ。


「……ごめんね。スロゥ。」


——約束、守れない。


自然と瞳が涙でいっぱいになりながらも、村に…精霊国に急いだ。




…緊急連絡。今代の精霊王オルンが滅ぼされ、現在、公爵級の悪魔が複数…精霊国に押し寄せて来ています。


守備隊が応戦していますが…すでに壊滅状態です。全ての精霊は至急、悪魔撃退の為に尽力して下さい。


この楽園を守る為に。ここがなくなれば、もう…私達の居場所や未来も…ありません。


もし、ここがなくなれば人間の利益の為に搾取されるか、神に下僕として扱われるか、悪魔の遊び道具として、使い潰されるかです。


——各々の奮戦に期待します。

精霊の誇りを胸に刻み、征服者達に然るべき裁きを。


……



杖を使い、魔力操作の練習をしながらウイを待つ。


1日経った。


「……。」


ウイは戻ってこない。


6日経った。


「……。」


ウイは戻ってこない。


3週間経った。


「……。」


……ウイは戻ってこない。


「…どこにいった…の?」


何週間ぶりに声を出したせいか、声が掠れていた。


「…帰ろう。」


いつも来ている道だから、帰り道はわかる。


遠い、遠い…道のりだ。


(いつもはウイが、『身体強化魔法』使ってくれたっけ。)


そんな事を考えながら、ただ森の中を歩く。


……


◾️ヶ月か経った頃だろうか……もう憶えてない。


「…つい、た。」


いつの間にか、冬になっていて…雪が降っている。


「…どこ。」


ふらふらした足取りで、精霊国を1人…歩く。

誰かがいるような気配は…全くしなかった。


——瓦礫。


「…あ…学校。」


きっとウイも、ギルウィ先生も…そこにいる。


——残骸。


数分後、学校に辿りつき、中に入る。


廃墟。廃墟廃墟廃墟廃墟廃墟廃墟——————


扉がなくなった教室に入る。


「…ぁ。」


破れているが、見知ったローブ。ほどけた黄色い…リボン。


精霊は——死ぬと肉体は消滅する。


いつか、授業の時にギルウィ先生がそう言っていた事を思い出す。


「…ぁ、ああ……あ、」


ローブとリボンを抱き寄せて……スロゥは


————ただ、叫んだ。


……



——52年後。


「…あー人間代表との和平条約もやったし…これからどうすっかなぁ〜っ、うおっ!?」


山岳地帯でリードは暇つぶしにぶらぶらしいていると、突然…目の前に少女が現れた。


「白っ!?それどうなってんだ?お前さん。」

「……。」


驚くの当然だ。少女はロングの髪もアホ毛も白く、ローブも魔女帽子も白い。目も白く、右目の眼帯も、何もかもが白で統一されていた。


分かりやすく言うと、カラーを付ける前の漫画やアニメのキャラクターの様だったのだから。


「…皆の仇。取る。」

「……仇ぃ?何の話だっ!?」


グラの体が宙を舞う。自身の足元の地面が爆ぜたのが分かった途端、全方位から迫る火球が襲いかかる。


「……」

「…ふぃ〜残念だったな。生憎とオレには効かねえよ。」


グラが地面に着地。埃を払う仕草をする。


「…お前さん?何者…ブッ!?」


地面から無数に鎖が生えて、グラの体を縛りつける。


「こんな鎖…ないようなもんだぜ?」

「……そう。」


鎖が強度を失い砕かれたと同時に空から隕石が落ちる。その衝撃で、山が爆ぜた。


「土食ったぺっぺっ…マジかよアイツ。それで?どこに行ったんだ?」


大量に土埃が舞う所為で、少女の姿を見失う。


(…とりあえず離脱…する訳ねえよな。)


こんな楽しそうな局面で。


「……悪魔の名折れってな。」

「…っ。」


背後からくる剣を、即座に振り返り掴み取る。


「チェックメイトだ。まあまあ…楽しめたぜ。」

「……。」

「名前、教えてくれよ?」


(この距離なら…使えるな。)


「無口か…まあいい。お前さんの全てを『奪えば』分かる事だからな。」

「……。」


少女が微かに呟く。


「…おわり。」

「……っ!」


少女が爆ぜて、体から煙を撒き散らした。


「……これ毒?、幻覚系の奴か?どっちでもいいが、オレには無意味だな。この魔法といい、そうか。お前…精霊族の生き残りか…今思い出したぜ。」


土埃を一瞬で消す…否、『奪った』


「本体は…上空か。少し面倒だが行けるな。」


少女は空中で静止し、目を閉じていた。


「…もう飽きた。」


襲い来る少女の分身を触れずに一瞬でかき消す。


「よっし、行くぜ!」


少女との距離を『奪い』一気に、少女の目の前まで迫る。


「オレの勝ち——」


体を掴もうしたその寸前に少女は目を開けて、眼帯を外す。


「……『接続』」


少女の周囲の空間が…歪む。


「……はぁ??」


気がついたら、地面に体がめり込んでいた。


(…あの歪み…魔力か?これは魔法じゃねえ。っ、まさか…)


すぐに起き上がり、少女を見る。


「ケケ…綺麗じゃねえか。」


眼帯をつけていた右目、紅く輝くそれについ、魅入ってしまった。だから反応が半歩遅れた。


「……『ラグナロク』」


空が一瞬で黄昏色に染まり、リードを燃やし尽くさんと空から落ちてくるように青い炎が迫ってくる。


(避けんの…無理だな。)


なら、その炎…奪ってやろう。


「……ついさっき無限に物を保管出来る装置を…人間代表から貰ったばっかだしなぁ!!」


手が燃えながらも青い炎を『奪い』…それを保管する装置に送る。


数十分後……青い炎は辺りからなくなり、両手を見ると、焦げて炭化していた。


「…あー痛え。久々に傷ついたな。オレの体。」

「……それなら。」


少女が何かを呟くと、何処からか色褪せた紐のようなものがついた杖が飛んで来る。


「まだやるか?」

「……うん。あなたの所為で…皆…ウイも先生も…いなくなったから。」

「…?お前さん、何か勘違いして——」

「消えて。」


少女の持つ杖が赤黒く輝く。それを天に掲げ、それを振り下ろした。


瞬間的にリードは察した。


———これ、ヤバいな。


「…チッ。」


山勘で全力で右に避ける。元いた地点が大きく抉れ、一瞬で巨大な渓谷が生み出された。


「…っ。」


空中に無数の魔法陣が展開され、様々な魔法が飛び交う。魔法の効力を『奪い』無力化しつつ杖の追撃を避けながら思考する。


(魔力切れは…この感じ…しなそうだよな。)


正に無尽蔵。杖の攻撃もそうだが…オレに純粋な魔力だけでこの肉体に傷をつけた存在は…誰一人いない。


(これが…心踊るって奴か。いつかスレアがそう言ってたな。でも何か…違え気がすんだよな。)


ふと少女を見上げる。


弾幕の中で、よくは見えなかったが…


出会った時から変わらない表情だが…唯一、色がある部分から


……一筋の涙が流れていた。


(…しょうがねえな。)


自分が楽しんでいる傍ら、泣いてる奴がいる…そんな中での遊戯なんて……心底、面白味に欠ける。興醒めもいい所だろう。


「…そうだ。」


だったら、あの少女を泣き止ませた後に…楽しくやった方がもっと面白いに決まってる。


「ケケ。やりたくもない、つまんねえ復讐劇を…ここでオレの全てをもって…終わらせてやる。ちなみに、拒否権ねえから。」


リードは己に課した枷を全て…外した。


……



…少女は校内でひとり、食事も睡眠もせずにただ無心で彼女が教えてくれた事を思い出しながら魔法を練習する。


何度も、何度も何度も……何度も。


失敗しても…誰も慰めてくる者も、ダメ出しをする者もそれを見て笑う者達も…いない。ある日、ふと学校の割れた鏡を見ると、少しやつれた表情がそこにはあって


———右目以外が白くなっていた。


そんな事よりも、ひとりぼっちで寂しいという気持ちがじわじわとわたしの心を苛んでいく。それでも…わたしは。


「……。」


魔法が…力がなければ…誰も救う事ができない…って分かったから。


「……。」


ウイの部屋にあった資料。もし、それが出来ればきっと……


「……。」


でも、今のわたしには…できない。そんな魔力もなければ、未だ初級魔法もろくに扱えない。


「……けど。」


——たとえ、何百回と季節が巡ろうと…出来るようになるまでずっとやり続ければ、わたしみたいな出来損ないでもきっと形になるはずだ。


「絶対…諦めない。から。」


こんな事をした奴らの事も調べて、全員…やっつけて、敵がいなくなった後…皆を。


———必ず、救ってみせる。



「……!」

「おっ…起きたか。オレの話、聞いてくれよ。」


悪魔…リードに膝枕されている事に気づく。


「…わたし、は。」

「混乱してんのか。ついさっき、返したばっかだしな…初めてだぜ。奪ったモンを返すのはよ。」

「…?」


体が動かない。


「ついでに、お前さんの魔力のほぼ全部奪ったからな。しばらくは…動けねえだろ。」

「……」

「お陰でオレの手が全快したぜ…おっと、話が逸れたな。」

「……」

「端的に言うとな…オレは、精霊国に行った事がねえ。」

「……!」


その言葉にわたしは驚く。


「お前さんの記憶とかを雑に照合するとな、当時のオレは『煉獄』とか『帝国』で楽しく遊んでた頃だった。」

「…でも。」

「精霊王を殺したのはオレ…ってか?あれはなぁ…別の奴だぜ?公爵級の悪魔の中に…一人だけ、その芸当が出来る奴がいる…いや、いたんだ。」

「それは…誰?」


その時だけは、わたしを見ずにリードは呟くように言った。


「カスラ。『全てを騙す悪魔』で…数年前に『転移神』マキと遭遇して…そのまま、消息を断った奴だ。」

「……カスラ。」

「加担した悪魔を次々と滅ぼしているお前さんにオレから特別に忠告しとくぜ……そいつだけはやめておけ。」

「…なぜ?」


わたしを見てニヤリと笑った。


「追うだけ時間の無駄だぜアイツは…生存能力だけなら公爵級の悪魔の中で1番だしな。それにあの野郎が本気で姿を消した日には……オレですら見つける事ができねえ。」

「……」

「それに…お前さんにはまだ、やるべき事があるんじゃねえの?例えば…滅ぼされた同胞の蘇生とかな。」

「…っ、」

「お前さんの国を滅亡させた他の悪魔をまだ滅ぼしていないのか…ケケ。」


リードが指を鳴らすと、近場に何人かの悪魔らしき人物が現れる。


「…リード卿!?何か我々に用が…」

「妖精国を潰したのって…お前ら?」

「ええ、そうです!人間とは違い…色々と楽しめましたとも!例えば…」

「あっそ、とりま死んどけ。」


軽く手を叩くと、一瞬でその場にいた悪魔が内側から弾け飛び血や臓器が地面に撒き散らかされる。


「あー…パモン、ラクシア、ターシ、アタヤ、シキ、ログ、ミドレア、コンチィ、マクシス…っと。こんなんでどうだ?」

「…、あなたは…」

「はぁ…精霊とは違って悪魔は単独で動く。まあ、同じような欲求を持つ奴とかでつるむ事もあるし、やりたい事が合致すれば、共に行動する事もあるが……基本的に自身の幸福の為に生きてる。だから仲間意識とかはな…実はねえんだ。」


神共が言っている通り…快楽主義者の集まりなんだよ。オレ達は。そう呟いた。


「……」

「あの野郎はその内オレが何とかしてやるから…これで実質…お前さんの復讐は終わったな。」

「…あの、」


頭にリードの左手が優しく当てられる。


「…よし、これで少しは動ける筈だ。後は自分で何とかしろ。」

「……。」


わたしは少し警戒しながら起き上がり、距離を取ってからまだ座っているリードを見つめる。


「その…ありが、」


一応は感謝の言葉を言おうとすると、リードが露骨に嫌そうな表情になった。


「それ以上は言うな。オレは感謝されるのが大嫌いだ…勘違いするなよ。あくまでこれは気まぐれだ。本音を言えばな、らしくもなく…今でも本気でやり合いたいって思ってるんだぜ?」

「…そう。」

「感情乏しいなぁお前さん…忘れ物だ、持っていけ。」


わたしの杖をあたふたしながらも、キャッチした。


「…約束する。」

「は?何をだよ?」

「わたしのやる事が…終わったら…あなた…リードと戦うことを…その…お礼…おわびに。」

「……。」


リードは自分の膝を叩いて大爆笑した。


「……ケケッ、ケケケケ!!!!オレに…このオレに義理立てすんのか?ブフゥ……!!ヤベ、笑い死にしそうだぜ、涙すら出そうだケケ、ケケケッ!!!」

「………『接続』」

「ヒヒ…ん何だ、その表情…?お前さんの綺麗な右目が爛々と輝いて…はっ!猛烈に嫌な予感が……」


杖先をリードに向けて、わたしは呟く。


「…『フェンリル』」

「…待て、せめて立たせ…っ、何だその魔法は……」


巨大な氷山に逃げようとしたリードをガチガチに凍らせると、わたしは何故か体がぞくっとして、ほのかに快感を得た。


「……。」


この不可解な気持ちは一体何なのかを数時間程その場で考えたが、結局分からなかった。わたしは『飛行魔法』を発動し、やるべき事を果たすべく久々の故郷へと向かう。


……



久々の自分の家の草のベットで、目を覚ます。


「……。」


寝ぼけた頭で、外に出て…空に両手を掲げて目を閉じた。


(やれる事は全てやった。後は…自分を信じるだけ。)


「……『接続』」


この世界の最果てにある…魔力が生まれる場所へと、働きかける。


「……っ。」


——繋がった。全身に魔力が駆け巡る。両足が軋む。それに体が耐えられなくなる限界ギリギリまで体に魔力を溜め込み…目を開けて、魔法を行使する。


「……『リバイバル』」


上空に大きな一つの魔法陣が展開されて、白い光が精霊国の跡地に降り注いだ。


……



「……本当にいいの?」

「…うん。」


妖精国の首都。城内にてスロゥとウイは話す。


「ずっと言いたかったんだけど、その杖のリボンといい、そのローブ…私のなんだけど?」

「……着てると、落ち着くから…つい。」

「…っ!?」

「……脱ぐ?」

「ちょっ何言ってんのよ!?馬鹿じゃないのっ!でもまあ、気に入ったんなら…別にいいし…でも、あの時の私のローブって黒よね。アンタ、髪の色といい右目以外白くなってるけど……」

「…気がついたら、白くなってた。」

「魔力の過度な循環による肉体の漂白作用について…中々、良さそうな魔法論題ね。もし暇な時間があったら考えてみるわ。」

「……。」


ウイは小さくため息をついた。


「……何度言うけど…驚いたわ。私が密かに模索していた『蘇生魔法』をアンタが使って、私達を生き返らせるなんて…今でも信じられないもの。」

「…ウイの家にあった資料のお陰。」

「だとしてもよ…私が最初の成功者になりたかったのに…ちょっぴり悔しいわ。でも」


嬉しいものね。そう言ってウイは微笑んだ。


「…それで、アンタはこの後どうするの?」

「私は、この世界を…巡って、人間に魔法を教える。」

「……ふふっ。前のアンタなら絶対言わなそうな言葉ね。あーあ…53年差で抜かれちゃったかなぁ。」

「…!そんな事、ないよ。」

「あるわよ。私の…私達、精霊の為に…悪魔と戦ったんでしょ?」

「……っ。」


スロゥは突然のその言葉に動揺し、思わず黙り込んだ。


「…やっぱり。アンタ、いつも無表情を気取ってるみたいだけど…意外と顔に出てるわよ?それ、以後気をつけなさいよね。」

「……………分かった。」

「魔力操作は出来るようになったみたいだけど、まだまだ…私から見て、課題は山積みだから…私がいなくなってもちゃんと魔法の練習は欠かさずやる事、いい?」

「……う、うん。」


ウイは満足した表情で、前方にあるゲートを見る。


「それと…あれは暫く使っちゃダメよ。アンタ、両足とか、左目とか…もう壊死して魔力操作で無理やり動かしてる状態なんだから。それを使っても大丈夫なくらいの…力や知識をこれから身につけなさい。」

「…う。」

「『回復魔法』で治せればよかったんだけど…魔力が通る回路がズタズタで…現状、治すのは不可能だしね。」

「……。」


スロゥが俯くのを見たウイは、その体を優しく抱きしめた。


「…寂しいし…悲しいわよね。私もよ。でも、こっちも精霊王として…皆を支えて、助けなくちゃいけないの。」

「……っ。」

「…アンタは私が認めた最強の精霊なんだから。こんな所で泣いちゃダメ。」

「…ウイ。わたし…っ。」

「大丈夫。きっとまた会えるわよ。次会った時、私が教えた魔法…ちゃんと出来るか、テストするんだから…しっかりしなさい…っ。」


二人はただ感情のままに泣く。お互いにそうやって泣く暇も時間も。


——こうしてまた会えるまで、きっと訪れないだろうから。


数分後、ウイはゲートの中へと入って行くと、そのゲートは溶けるように消滅した。


「……。」


スロゥは涙を拭いて、ゲートを背に歩き出す。


……



精霊王の隠れ家…寂れた教会にて。蝋燭の火が淡く光る部屋の中で二人は話す。


「かくしてウイ…新たな精霊王は精霊達と共に新天地へと旅立った…これで、精霊族は生き残り…人類に今後スロゥが魔法を教える事で、来たる脅威に多少は抗う術を得るだろう…ふむ。概ね私のシナリオ通りにはなったかな。」


前代になった精霊王…オルンは深海のような暗い蒼色の目で壊れた椅子にふんぞり返って座る共犯者…カスラを見据える。


「いくら敵を欺く芝居だったとはいえ…流石にやりすぎだ。今でも体が痛いよ。でも、今の私は気分がいい。なにせ被害がゼロの状態で精霊族が後の世界でも生き続けられるのだから。」


私は滅ぶけどね。そう言って…薄く微笑んだ。


「うっせえ…契約通り、俺はやっただけだぞ?感謝とか種明かしとかどうでもいいから、さっさと代価をよこせ。」

「分かってるさ。では、契約に従い…負け馬のキミに勝ち馬である私が教えてあげよう。」


——近々起こる…この世界の終末についてを。


                   了




      











































































































































































































































































































































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