その花の色を、あなたと

枝之トナナ

未来の色



 彼女の世界はモノクローム。

 形はわかる。明暗もわかる。濃淡もわかる。

 ただ、生まれつき彩りだけが欠けている。

 そんな彼女に、僕の見ている色を分かち合いたいと願うことは傲慢だったのか。


 最初は写真。次に音楽。それから文章。抽象画。彫刻。

 思いついては行動して、やっぱり無理だと投げ出しかけて、それでも彼女のためだと努力した。

 色とは感情だ。色彩とは感動だ。

 だから心を揺さぶるモノを作り出せれば、きっと彼女にも色の鮮やかさを伝えられる。

 若かりし僕は愚直にそう信じ込んでいた。

 今は――……いや、今でも半分は信じている。

『墨絵に五彩あり』というように、本物の芸術家は皆その域に至っているのだろう。


 僕に芸術の才能は無かった。


 写真も音楽も文章も抽象画も彫刻も人並み以下の駄作しか作れないことに気づいたのは、大学の不合格通知を見た後。

 優しさの欠片もない現実に打ちのめされた僕を懸命に励ましてくれたのは、彼女だった。

 だから僕は夢を諦めきれなくなった。

 自分の手で作り出せないなら、せめて彼女と一緒に探しに行きたい。

 その一心で勉強して、普通の大学に入って、真っ当な企業に就職した。

 必死で働いて金を貯めれば、どこへだって旅行できる。

 世界は広い。きっとどこかに、彼女に色を伝えてくれるものがあるはずだ。

 それを見つけ出して、分かち合うことができたら――プロポーズしようと思っていた。

 今から思えば、いったい何年待たせるつもりだったのか。

 我ながら、妄執めいた考えに囚われて周りが見えなくなっていたのだろう。


 そんな僕の目を覚まさせてくれたのも、やっぱり彼女だった。


 僕の二十五回目の誕生日だった。

 色鮮やかな薔薇の花束を抱えた彼女は、顔を真っ赤に染めながらこう言った。


「貴方が教えてくれた色を、分かち合いたいの」


 その意味を理解するまでたっぷり数十秒間、僕はぽかんと口を開け――愛らしすぎる彼女の表情と、自分の間抜けさ加減に、思わず苦笑したのだった。

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その花の色を、あなたと 枝之トナナ @tonana1077

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