小説サンプル7(掲載許可済、ご依頼)
〜〜〜
「貴方って、意外と諦めが悪いのね」
「ええ、自分でも驚いています」
**の呪いに取り込まれ、現実世界では既に数日が経過していた。相変わらず、彼女が説得に応じる事はなく、夢の中から帰りたがらない。
「そういえば、貴女の過去を見ましたよ」
「な、何ですって⁉︎ 私の過去を見たの⁈」
「ええ」
「本当に見たの⁉︎」
「ええ」
「見たのね……」
「さっきからそう言ってるじゃ無いですか。何かご不満でも?」
興奮した**とは対照的に、++は平然としている。そんな彼に、バツが悪そうに顔を背けると、**は小さな声で呟いた。
「……見られたくなかった」
ただ、一言。力ないその呟きは、今にも消えてしまいそうなほど、か細いものだった。
以前、△△の口から、++の過去を聞いてしまったことに対して、負い目を感じていたのは事実。いつかは自身の過去も、彼に伝えるべきだと頭では分かってはいた。しかし、**自身が覚えていない過去まで見られてしまうとなると話は別だ。
「貴方は、どこまで知っているの?」
「全てを見たわけではありません。断片的に……ですが」
「……」
**は背を向けたまま、答えない。沈黙はより深く、静寂の中に溶け込んでいく。
「……お姉様にも、会った?」
「ええ。◯◯さんでしょう? 随分と可愛がられていたみたいですね」
「……まあ、ね」
やけに歯切れの悪い返事に、++は、彼女の心を探るようにその横顔を見つめた。
「含みのある言い方ですね」
「仕方ないじゃない。家族のことは、あんまり覚えてないの」
「そうですか」
「それに、過去を思い出す必要なんてないでしょう?」
**は、目線だけを++に向け、同意を求めた。
「大事なのは今……そう、言いたげですね」
彼女は、++の言葉を肯定も否定もせず、ただ曖昧に笑う。
「……では、どうなんです?」
「何よ」
「貴女の今は、どうなんでしょう。この組織に入ってからの人生は、幸せですか?」
唐突なその問いかけに、**は戸惑ったように++を見つめた。
「どっかの誰かさんみたいな事言うわね。幸せか、だなんて」
「そうですね。私も、らしくない事を聞いていると思います」
「でも……そうね」
**は、++から視線を外すと、目を閉じた。彼女の脳裏には、組織に入ってからの思い出が走馬灯のように駆け巡っていく。
「……幸せかどうかなんて。簡単に答えは出せないわね。でも……そうね。私は、組織に入ったことを後悔したことなんて、一度も無いわ」
彼女は、++を真っ直ぐに見据えて、言葉を続ける。
「私は、組織のみんなの事が好きだし、信頼もしてる。あのお城での生活は、私にとってかけがえのないものよ。……なんて。こんな回答じゃ、ダメかしら?」
++は、**の言葉に黙って耳を傾けると、安心したように静かに微笑んだ。
「いえ、十分です」
彼女の答えは曖昧なものだったが、その声色が、想いの全てを物語っていた。
「これで少しは、帰る気になったんじゃないですか?」
「まあ、そうね。それでも、少しよ?」
久しく目にする、**の悪戯めいた笑顔。その表情を、もっと見たいと願ってしまったのは何故だろうか。
「貴女は笑っている方がいいですね」
「そう?」
「笑った方が可愛いです」
「なっ……!?」
さらりと恥ずかしげもなく告げられた言葉に、**は顔を真っ赤に染め上げた。その様子が、++には堪らなく愛しく思えて、気づけば彼女の頭に手を伸ばしていた。
「ま、またそうやって私を子供扱いするのね!」
「してませんよ」
「絶対してる! もう、なんなのよ!」
「そういうところですよ。貴女の可愛らしいところは」
++の、細長い指先が触れる。火照る頰には丁度いい位に冷たくて心地良いのが、なんだか悔しくて。**は、彼の手を振り払おうとした。しかし、それが叶うことはない。
++は、彼女の頭を優しく撫でると、そのまま引き寄せて、自身の胸へと閉じ込めた。
突然の事に、**は抵抗することも忘れて、ただ呆然とする。
心臓の音がやけにうるさい。この音が彼に伝わってしまうのでは無いかと不安になる程に、早鐘を打つ。
「……**さん。あの時は、ごめんなさい。無神経な事を言ったと反省しています」
直接身体に伝わってくる振動に乗せて、囁くように++が呟く。
「+、++……?」
密着した肌と肌がやけに熱い。何となく気恥ずかしくて、抜け出そうと藻掻くも、解放して貰えない。**は思わず助けを求めるように、彼を見上げた。
「ねえ、++?」
初めて見る顔だった。いつもの余裕たっぷりの笑みとは正反対の、切なげな表情。揺れる視線は、彼女だけを映している。
「私は、貴女のいない世界に戻る気なんてありません」
「……何を言ってるの?」
彼女の思考を遮るように、++は続ける。
「一緒に帰りましょう。私達の世界に」
その一言は、**の心に深く突き刺さった。嗚呼。なんてずるい人。こんなことを言われてしまったら、期待してしまう。現世に希望を見出してしまう。
「……私、随分貴方に酷い事を言ったわ」
「ええ、そうですね」
「きっと、これからも貴方を困らせてしまう」
「そうかもしれません。でも……」
「それでも、貴方は私の居る世界を、望んでくれるの?」
不安と期待を胸に抱えた瞳で、彼を見つめる。++は、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、その身体を更に抱き寄せた。そして、彼女の耳元でそっと囁く。
「寂しがりやの貴女を置いて帰るなんて、私には出来ませんから」
彼が紡ぐ言葉はどこまでも甘くて、優しいもので……。たった一言が、嬉しくて、涙が零れそうになるほど愛おしくて、素直になれない彼女の心を解きほぐして、溶かしていく。
「……私こそ、あの時はごめんなさい。ついカッとなってしまって……言いすぎたわ」
**は、++の首元に顔を埋めながら、消え入りそうな声で呟く。その小さな身体を優しく包み込み込み、彼女の言葉に耳を傾けた。
「ねえ、++」
「なんですか、**さん」
「……私の気が済むまで側に居てくれる?」
その質問に、彼は迷わず答えた。
「ええ、勿論」
「ああ、そうだわ。それからもう一つ約束して。私を子供扱いしないって」
「それは……どうでしょうね?」
「あら。それが出来ないなら、帰らないわよ?」
「……分かりました。善処します」
「ふふっ、よろしい」
**は、嬉しそうに微笑むと++の身体に回した腕に力を込める。
「……私の過去を見たのが、貴方で良かったわ」
「それは、つまりどういう意味だと捉えれば良いのでしょうか?」
「そうね。どう解釈するかは、貴方にお任せするわ」
悪戯っぽく笑う**に、++は困ったように眉を下げて笑う。
夢の世界が終わりを告げる。温もりを感じていたはずの夢の欠片が、指先から零れ落ちて跡形もなく消え去っていく。それでも、胸元にある確かな温度だけは無くならない。彼女の瞳は彼だけを映し出し、彼の視線もまた、彼女だけを捉え続ける。
心地の良い微睡みの中で最後に見たのは、愛しい人の優しい眼差しだった。
〜〜〜
「**! ++さん! 目を覚ましたんですね!」
見慣れた部屋の、見慣れた風景。どうやら、現実世界に戻って来たらしい。今にも泣きそうな友人の姿を目の前に、**は安堵と苦笑を浮かべる。
「□□……」
そっと彼女に手を伸ばし、少し痩せた体を抱きしめて伝わるのは、確かな温もり。
良かった、生きている。そう実感できたことで、ようやく**の中に余裕が生まれたようで。自然と頬を緩めて微笑むと、□□もホッとしたように表情を和らげる。
「……ただいま」
「お帰りなさい、**……!」
**は□□の温もりを確かめるように優しく背中を撫で、□□は**の存在を実感するように強く、その体を抱きしめた。そして互いの存在を確かめ合ったところで離れると、そっと手を握りあい、再会の喜びを分かち合った。
「目が覚めて、本当に良かった……! そうだ、みんなにも知らせないと……。△△さんを呼んできますから、お二人は安静に! 少し待っていて下さいね!」
感動の再会もそこそこに、□□は慌ただしく部屋を飛び出して行ってしまった。その背中を見送り、**と++は、互いの顔を見合わせた。
「……長い夢でしたね」
「そうね」
大きく伸びをし、欠伸を一つ零せば、++が控えめに笑みを見せた。
「もう暫くは、ゆっくり休むと良いですよ」
額にかかった髪をそっと払えば、**もまた微笑みを浮かべて彼を見る。
「ええ、そうさせて貰うわ」
触れていた++の手に自分の手を重ね、夢ではない温もりを確かめる。その指先が少し震えていることに、**は気が付かない振りをした。
「……ねえ。忘れないでよ、約束した事」
絡めた指先に力を込めて、小さな声で告げる。あの時、彼が口にしてくれた言葉。あの約束だけは、どうか忘れて欲しくないと願いを込めて。
「ええ、勿論。忘れませんよ」
++は、**の唇にそっと自身の唇を重ね合わせると、そのまま彼女の身体を抱き寄せた。
「側に居ますよ。貴女の気が済むまで……」
小説サンプル一覧 宮間。 @Mi__yama
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