悪逆組

裏道昇

悪逆組

 とある一室で、三人が集まっていた。中心でこそこそと声を潜めて話をしている。

「そういうときは無理やり言うことを聞かせるんだ」

「当然。でも、いつでも出来るわけじゃないわ」

「……馬鹿だな、餌をちらつかせるんだよ」

「なるほどね……」

 そこに、一人の男が飛び込んだ。

「さっき、拾ったんだが……」

 一枚の紙をひらひらさせながら輪の中に入っていく。

「おお――!」

「はじめて見たわ」

「ふむ」

 闖入者は誇らしげに胸を張り、

「すげえだろ! 一万円だ!」

 使われなくなった一年四組の教室で四人は密かに活動している。

 活動内容は、悪いこと。決め台詞は、ざまあみろ。

 神善小学校悪逆組と名乗っている。


「何の話してたんだよ?」

 闖入者、正太郎が訊ねる。スポーツ刈りが似合う好少年だ。

「我が家の番犬、大吉の話よ」

「ああ、あのうるさい犬か」

「可愛いところもあるのよ?」

 この教室唯一の少女が口を尖らせた。名前は良子。女の子にしては活発な性格と言えるだろう。

「そんなことより! どうしたんだよ、その一万円!」

 坊主頭の少年が興奮した様子で話の方向を変えた。

「だから、さっき拾ったんだって。とりあえず持ってきたけどさ……」

「いいなあ! 少し分けてくれよ」

「違う、そうじゃないだろ。俺らは……」

 そこで今まで口を閉ざして、静観していた小柄な少年が声を上げた。

「使い方、が問題だね」

 坊主頭が太助、小柄が阿久津、と呼ばれていた。

「そう! そうなんだ! 俺が言いたいのは」

 そこで正太郎は息を継ぎ、

「この一万円で……悪いこと、出来ないかな?」

 悪逆組とは、とにかく悪いことをする小学一年生の集まりだ。リーダーは正太郎で、目的は理由のない反抗である。

 だから正太郎の発言は当然のものだった。

「……確かに! 俺らは悪逆組だもんな!」

「うん、そうね。考えてみましょう」

「そうだね……何が出来るかな」

 三人とも、似たような反応で同意した。

「こんなのどうだ! 街の物資を買い占めるんだ! みんな困るはずだろ」

「でも、一万円じゃ足りないわよ」

「そうかぁ」

「いや、方向性は悪くないかもしれない」

「どういう意味だ?」

 落ち込む太助に正太郎は言う。

「お金が足りない。なら、まずはお金を増やそうじゃないか」

「方法は?」

「そうだな……」

 正太郎は少し考えて、

「銀行に預けよう」

 良子が驚愕に目を見開く。

「それで、お金が増えるの……?」

「ああ、利子が付くらしい。お母さんに聞いた」

「すごいわね、完璧じゃない」

 二人が盛り上がる。しかしそこに太助が割って入った。

「いや、駄目だ……!」

「何でだよ、太助」

「利率がある!」

 利率? と二人が首を傾げる。

「ああ、利子の割合のことだよ。今の利率じゃ、一年かけて倍にも増えない」

 なんてことだ、と絶望が広がる。

 そこに、

「僕に考えがあるんだけど」

 阿久津がにぃやり、と笑って言った。

「このお金を元に株を買おう、インサイダー取引だ。コネがある」

「株? いんさいだー? 何のこと?」

「それはね……」

「そうだ!」

 太助が何か思いついたらしかった。

「誰かにこのお金を貸そう! そして利子をもらうんだ!」

「なるほど。自分たちで利率を決めるんだな」

「でも、高い利率で借りる人なんているかな……?」

 良子が不安そうな声を上げる。

「確かに。俺らだって損したくないもんなぁ」

 話し合いが暗礁に乗り上げたかのように見えた。

「……待って! 私たちらしくなかったんじゃない!?」

「? 何が言いたいんだ、良子」

「悪いことをするんでしょ? お金を増やすのも一緒よ!」

「そうか! 悪い方法で増やせばいいんだ!」

 そこで阿久津が左頬を吊り上げて、

「コピーして使おう。なに、婆さんなら気付かないさ。僕らの年齢を利用するんだ」

「コピー機なんて使えないわよ」

 また阿久津がにぃやぁり、と笑い、

「じゃあ、このお金でケータイを買おう。それで振り込め詐欺を……」

「小学生がケータイを買えるわけないじゃないか」

 ここで、正太郎が考え込み、重そうに口を開いた。

「……いや、違う。俺らはお金という概念に囚われすぎていた」

「どういうことだ? 正太郎」

「つまり、お金ではなく、一枚の紙として見るんだ! この紙はこれから先も人の目にさらされ続ける。そうだとしたら! たくさんの人を不快にする方法がある!」

 結果、鉛筆で大変面白く落書きされた諭吉をコンビニで使おうとした。

「こら、お金に落書きしちゃ駄目でしょ! ちょっと待ってなさい」

 店員が店長を呼びに行く。

 よく分からないが、四人は逃げた。


 日が傾きかけた公園でもう一度、四人は相談をしていた。だが、しばらく誰も口を開かなかった。コンビニの店員が恐かったらしい。

「考え直そう。何をすれば、悪いことになる?」

 滑り台の上から正太郎が切り込んだ。

 どうにか一万円は持っていかれずに済んだ。チャンスはある。……落書きも消した。

「そうね。人が嫌がることをすれば、悪いのかも」

「具体的じゃないな」

 阿久津がキヒヒと笑って言う。

「このお金で脱法ハーブを転売すれば……」

「何のことか分からないけど、売ってる場所が分からないから駄目よ」

 珍しく黙っていた太助が、思いついた顔をする。

「待てよ、持ち主が嫌がる使い方をすれば悪いんじゃないのかな?」

「だから具体的には?」

「つまり、持ち主の利益にならなければ悪い、かもしれない」

 おお、と。三人のざわめきが起こる。

 続いて、拍手喝采が巻き起こった。


 そして、四人は成功した。

 持ち主の利益にならない……つまり、還元されない使い方だ。税金だって自分に戻ってくる。物を買っても同じ。

 ならば。

「ありがとうございましたー!」

 正太郎は思う。

 ――ハハハ、持ち主よ。お前の利益とは全く逆の方向に一万円を使ってやったぞ。お前には一円たりとも還元されまい!


 つまり、一万円は募金してやった。

 ざまあみろ!

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悪逆組 裏道昇 @BackStreetRise

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