もう一度、何度でも、いつまでも

目々

目が明く赤色

 昔から花とかよく分かんなかったんですよね。

 や、ジャンルとか物体としての花は分かりますよ。正しく言うと花を飾る必要性が分からない、って感じなんですけど。母親がそういうのに凝る人で、よく玄関先とか窓辺の空きスペースなんかに季節の花を飾って喜んでたんですけど、俺としては全然嬉しくなかったんですよね。だって時間が経つと水は腐るし花は枯れるし、生活に潤いったってすぐ痛むじゃないですか。ちょっと色があって香りなんかして生っぽいってだけで、何がそんなに面白いのかって。


 そんな感じで思ってたんですけど、あれですね、葬式の花見て空間に彩りがあると違うなってのを実感しました。


 ほら、こないだ俺サークルの飲み会ドタキャンしたじゃないですか。あれ葬式行ってたんですよ。急だったんでこう、事情の説明とか全然できなくって。一応幹事のナカヤマさんには代金と一緒に伝えたしいいかなって。何で今先輩に話したのかってのはなんつうか、会話の流れみたいなやつです。雑談の手持ちがないんですよ。

 あれだ、先輩がわざわざ帰り道で俺なんか見つけるから。天気の話で誤魔化そうにも、今日曇りじゃないですか。春の曇りとか全然話題の膨らませようがないやつですよ。中途半端でいらいらするし、何もかも色合いボケてて頭痛くなってくる。好きな季節とか別にないですけど、春は明確に嫌いですね。そんなん言われたって、話は弾まないでしょう。気使ったんですよ。だから合わせて続けてください。話しかけた先輩の責任ですから。


 そうなんですよ、色合いなんですよね、結局。

 葬式、基本が白黒じゃないですか。鯨幕もですけど、人間も軒並み白黒っていうか。精々坊主の衣装に差し色みたいに金色とか紫が混じってるくらいで。

 そういう中に花っつうか植物の色、みたいなのがあると、確かに彩りみたいなものが感じられるんですよね。生き物感っていうか。勿論葬式の花なんでそこまで派手なやつはないんですけど、淡めの黄色とか桃色とか、そういうのがやけにありがたかったですね。あとは単純に目立つ。あんな小さい花なのに、ここにいるぞってのを存分に主張してくるんですよ。色があるってだけでそういう芸当ができるんだなって……あれだ、感心しましたね。


 誰の葬式だって、従兄です。父の兄の、次男。俺の七つぐらい上なんで、社会人やってたんですよ。過去形ですね、死んだから。

 そうですね、血の繋がった身内ですね。……ああ、ありがとうございます。大丈夫ですよ、気まずい話だったら最初からこうやって喋ってませんし。自分で話振っといて返されたら傷ついたみたいなこと言い出したら、面倒くさいにも程があるじゃないですか。


 お棺の蓋、開けてくんなかったんですよね。

 その辺でまあ、雑に察してもらって大丈夫なやつです。そういうことなんだろうなーって俺も思ってるし、伯父さんたち随分憔悴してたし。まあ、自慢の息子に先立たれたら死因がなんでもしんどいでしょうけど……どうなんですかね、俺はそういうのよく分かんないんで。

 一応ね、に色々あったっぽいですけどね。話してもらえないんですよね。そういう視点で見ると、微妙な位置の親族ですから、従兄弟って。一割ぐらいしか一致しないんですっけ? なんかこう、血の濃さみたいなやつが。身内っていうには薄いし、他人っていうには濃すぎる。


 仲、それなりに良かったんですよ。多分、世間的な基準からすれば親しい方に入る、と思うんですけどね。関係の客観的な評価って難しくないですか?

 住んでるとこが遠いのもあって、会うのはお盆と年末年始みたいな具合ではありましたけど。大人連中が忙しい間に二人してコンビニまで出かけたり、飲み会の最中に人の来ない洋間でつまんない映画観たりとかしました。

 ──今年の夏に帰省したとき、なんですけど。あんまり暑くて、夜中に水飲みに一階に降りたんですよ。そしたら台所で煙草吸ってる従兄とかち合って、寝らんないねとか明日墓参りだけど天気持つかねとかそういう話をした、はずです。や、あんまり覚えてないんですよ。そのくらいにありきたりな雑談しかしてないんで。

 前兆とかね、あったかもしれないんですけどね、今思えば。タイミング的には寸前ってぐらいですし。けど何にも分かんないです。そもそも俺、従兄が吸ってた煙草の銘柄も知りませんし。焼けた骨の白さは知ってるのに、そんな些細なことは知らないままってのも、何かしらの不具合っぽい。そういう関係だってことなのかもしれませんけど。


 中途半端ですよね。だから、先輩がそういう顔するのも分かります。何を聞かされてるんだってのは正しい疑問です。俺も何話してんのか分かんないですし。

 反応に困りますよね。すみません。どこまで話していいのか分かんないから、とりあえず全部喋っちゃってるだけなんで。気にしないでください。もうちょっとで駅着きますから、それまでってことで。


 そんで、葬式の後に化けて出たんですよね、従兄。俺んところに。

 マジっていうか、そういう感じの……夢でもいいんですけど。証明とかできないんで、見たってことだけ話してます。いいですよ、信じなくても。聞いててくれれば。

 やけに寝付けない日で、どうにか寝ようとしてベッドに転がってたんですけど、全然眠くならないし体勢が悪かったのか首ダルくなってきたんで寝返り打って、何となく目開けたら添い寝するみたいに目の前に従兄がいたんです。

 びっくりしましたよ。いきなり至近距離に人の顔ですからね。泣きぼくろとか唇の薄さとか、その辺の特徴で従兄だってのは分かりましたけど。表情が全然なくって、認識に時間かかったんですよね。証明写真みたいな顔だなって思いました。こう、無表情でいようとしているみたいな。あとは寝そびれて脳がボケてた。寝込みを襲われるとね、判断力ってめっちゃ落ちます。


 ただ、アロハだったんですよね。しかもめっちゃ赤い。

 地色が明るめの赤で、そこに大きめの白かったり青かったりする花が散らしてあるみたいな花柄、そういうアロハシャツを着てたんです。


 なんで、ってのが最初の感想でしたね。寝て起きたら死んだ従兄がアロハ着て転がってるわけですから。すげえ浮かれた格好してんなって眺めてたんですけど。

 いきなり目の前の顔がべこっとへこんでなくなっちゃって、びっくりして起き上がったらもういませんでした。

 こう……真ん中に顔の部品が寄ってって、そのまま真ん中に穴が開いて顔が削れてって全部穴、みたいな。あ、嫌そうですね。すみません。余計なこと言いました。


 その後どうしたかったら、慌てて部屋の明かり点けて、時計見たら夜中の三時半とかだったんで微妙にタイミングずれてんなとか思いながら、夜明けまで頑張りました。さすがにね、寝直せなくて。

 日が昇ったときにめちゃくちゃ安心しましたね。何の保証もないのに。


 で、最近なんですけど、昼間でもその夢枕に立ったアロハを見かけるようになっちゃってるんですよ。


 最初に気付いたのは朝の電車でしたね。俺、今期は結構一限入れてるんで、乗る電車が通勤通学のタイミングと被るんですよ。ピークは避けてるんですけど、それでもそれなりに混雑してます。すし詰めのおしくらまんじゅうってほどじゃないんで、ラッシュなんておこがましくて名乗れませんけど。

 そういう時間帯なんで、基本的に乗ってるのがリーマンと学生なんですよね。

 制服とかスーツって、基本黒とかベージュとか、そういう地味な色合いでしょ。


 そういう地味な白黒の風景の中に、赤いアロハがちらつくんです。


 背中とか、半袖の腕とか、ごきげんなサンダル履きの素足とか。

 そういうパーツばっかりで、顔とかは見せてくれないんですけどね。でも、従兄じゃないかなって思ってます。アロハ、赤くて馬鹿みたいな花柄で、あの夜に見たやつと同じっぽいんで。確証はないんですよ、やっぱり。俺の記憶しか根拠がない。あとサンダルは見てないんで、これは完全に予測です。でもアロハだったら革靴よりはサンダルの方がしっくりくるじゃないですか。今の時期にサンダル履いてんのが真っ当かどうかってのも、まあ。こないだ雪降りましたし、今日も朝方十度切りましたけど。


 なんなんですかね。何の話だったら、俺も全然分かんないで話してます。怖い話かったら微妙なとこだし、俺の頭がちょっとあれだって言われたら否定もできないし。全部ふわふわした前提で喋ってます。レポートだったら不可食らうやつですね。

 あれですかね、手堅くまとめると日常にいきなりアロハが出てくるとすげえびっくりしますねってことだと嘘はない感じになりますけど、そうじゃないよなって気配もあるんですよ。


 思うこと、ですか。

 まあ──会社勤めしてるときは絶対着なかった格好だろうし、俺の知ってる従兄のキャラ的にもまず着たことないだろうなって感じなんで、死んでからやっとそういう格好してるっていうのは、なんかね。痛ましいとかやるせないとか切ないとか、似たようなことを幾つか思い付きはするんですけど、失礼ですね、きっと。どれでも。

 本人としてはスーツ着なくて済むようになった、ってだけなのかもしれませんし。幽霊の服装事情ってよく分かりませんけど。あいつら白黒がコードだったりしないんですかね。心霊番組だとそんな感じじゃないですか。


 あ、そうですね。

 最近ね、頻度が増えてるんですよ。朝の車内だけだったのが、夕方の駅構内とか、街中でも見かけるようになったりしてます。


 人混みの中で一瞬、見えるだけなんですよ。

 ほら、今の服の流行りって結構淡かったり柔らかい系の色が多いじゃないですか。だから余計にアロハの赤が目立つっていうか……まあね、分かってますよ。可能性としては普通にアロハ着てるだけの人ってのもあるわけです。だとすると、こないだの雪の日に、駅の大階段上ってるのを見たのはどっちに振り分けた方がいいですかね。あのときはアロハの背中に雪が薄く張り付いてて、寒そうだなって思いました。幽霊にも雪って積もるんですかね。傘地蔵は積もりましたけど、あれは幽霊とは別ジャンルでしょうし。化け地蔵?


 あれですよね、今の季節だから目立つだけで、夏になったら馴染んだりするんですかね。でもな、夏まで出てきてくれんのかな。出てきてほしいかって言われたら、その辺は俺もよく分かってないんですけど。


 すみません、妙な話して。じゃあ電車来るんで──や、一緒に来ない方がいいですよ。路線一緒ですけど、止めた方がいい。

 だって、先輩にも見えたらどうします。

 ホームの人に紛れて、赤いアロハの背中なんかが見えちゃったら、困るでしょう。まだ冬寄りの春ですし、何より誤魔化せなくなっちゃうじゃないですか。俺だけじゃなくて、あんたにまで見えちゃったら、尚更。


 俺はいいですけど、先輩はほら、関係ないはずですし。

 だったらきっと、無闇に一緒にいなければ見えないままでいられるんじゃないですかね。今んとこ電車が一番遭遇率が高いんで……まあね、絶対安全みたいなのは言い切れないですけど。そう考えると今もちょっとは危なかったんですかね。でもほら、話しかけて来たのは先輩の方ですし。それは俺のせいじゃないんで、気に病まないです。


 とりあえず、そういうわけなんで。

 人の事情に巻き込まれるのも、巻き込むのも、ろくなことになりませんし。だから今日はここまで、ってことで。大事でしょう、そういう区切りみたいなの。

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もう一度、何度でも、いつまでも 目々 @meme2mason

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