色を持たないあたしの慟哭

守次 奏

色を持たないあたしの慟哭

 青い鳥の尻尾を追いかけ続けていたのは、今から何年前だろうか。

 しとしとと降り注ぐ雨の中、墓前に花を添えながら私はぼんやりと考える。

 もう、片手じゃ数えきれなくなって、そろそろ両手でも足りなくなるぐらいの時間が経った。夢を追いかけることを許してくれた時間さえ、今は遠い思い出の中だ。


「今でもアオちゃんが死んだって、実感湧かないや」


 記憶の中で歌っているアオちゃん──今はこのお墓の下で眠っている女の子だ──は、昔から歌が得意だった。

 いつも明るくて笑顔を絶やさない、ムードメーカー。それは小学校から中学校、そして高校、大学とライフステージが移っても、変わることはなかったように思える。

 まるで、アオちゃんの周りだけ時間が止まってるみたいに。


 だから、そんなアオちゃんが突然息を引き取ったと聞いたときは、バンドのメンバー皆が信じられないような顔をしていたことを思い出す。

 あたしと一緒に武道館行こうね、と言って憚らなかったアオちゃんが。売れなくて、新曲も書けなくてギスギスしていたときも、笑って周りを宥めてくれたアオちゃんが。

 事故だったとは聞いている。相手も轢き逃げしたりせずに誠意を尽くして救命措置を施してくれたとも。


 でも、どれだけ相手の人が誠実だったとしてもアオちゃんはもう帰ってこないし、逆に私が相手の人を恨んでもそれは同じだった。

 あたしたちは、薄々わかっていたのかもしれない。

 アオちゃんが死んじゃってから、まずドラムスをやってたアカリがバンドを抜けた。


 代わりのメンバーを補充するかどうかで大揉めして、リードギターのキイが次に抜けていった。

 そして残されたキーボードのミドリとベーシストのあたしは話し合うことすらなくライブハウスをあとにして、インディーズバンド「カラフルパステル」は解散したのである。

 どこにでもあるような話だ。中核を担っていたフロントマンがいなくなったら、そのバンドがやっていけなくなることなんて自明の理だ。


 だけど、それより「カラフルパステル」がダメになったのはやっぱりアオちゃんがいなくなっちゃったからだと、そう思う。

 お墓の下で眠っているアオちゃんを責めるつもりはない。

 でも結局のところ、あたしたちが売れなくても夢を見続けられていたのは、アオちゃんが「武道館に行こう」って本気で言い続けてたからじゃないかな。どうなんだろう。


 なんて聞いても、答えてくれるはずもないんだけどさ。

 苦笑しながら、墓石に水をかけて綺麗にしてあげる。

 楽しかった音楽の世界は、あたしたちが「カラフルパステル」だった頃はいつだって、世界が七色に輝いていた。


 笑ってるときも、悲しんでるときも、怒ってるときも、全部が全部輝いて、色彩を帯びてあたしの目には映っていた。誰がなんと言おうとも、これだけは揺らぐことはない。


「アカリもキイも、ミドリもさ。もうアオちゃんのこと、忘れちゃったのかな」


 疎遠になってからは、バンドメンバーともろくに連絡が取れてないから確かめようはないんだけど、少なくともあたしがお彼岸やお盆の頃にアオちゃんのお墓を訪れるときは、いつも決まって汚れていたから、多分お墓参りには来てないんだと思う。

 薄情だなあ、と思う反面、数年間だけ過ごしただけの関係性に、一体なにを求めているんだろう、とも思う。

 数年間。子供の頃は遠かった一年を何個か積み重ねた時間は、十分に重たいはずなのに、過ぎ去ってしまえば不思議と軽くなって、他人事みたいに思えてくるのが自分でも少し、嫌だった。


 元バンドメンバーたちは薄情なのかもしれない。

 でも、あたしだけは違う。

 アオちゃんと子供の頃から過ごしてきたあたしには、アオちゃんを失うことの重さが、その夢が、「たった数年」と「カラフルパステル」にかけてきた情熱が、今も燃え残って心の奥に溜まっているのだ。


 今も悲しみ続けている。忘れることなく苦しみ続けている。


 ──そう、思いたかったんだけどな。


 お墓にぶっきらぼうに備えてある瓶ラムネを、アオちゃんの好物だったそれを見て、あたしはただ苦笑する他になかった。

 誰も忘れてなんかいなかったし、忘れられるはずがないじゃん、って。

 でも、皆きっと、折り合いをつけて生きている。


 テレビを見れば、もしかしたら音楽番組のバックバンドでドラムスを叩いているアカリが映るかもしれない。

 もしかしたら、喧嘩別れしたキイとミドリはヨリを戻して二人で音楽をまだ続けているのかもしれない。

 死を悼むことと、死に引きずられることは違うとばかりに、あたしだけがまだ、地に伏し倒れ、動かなくなった青い鳥の死骸を胸に抱き続けている。


 そうしていれば、いつしかあたたかさを取り戻すと自分へ言い聞かせるように。

 朱に交われば赤くなると人はいう。

 それはきっと間違いじゃなくて、アカリも、キイも、ミドリも、皆それぞれ違う場所で違う色と交わりながら、ちゃんと生きている。


 なのに、あたしだけが、なににも交わることなく、ただ色が抜け落ちた涙をこぼすばっかりだ。


「……さよならってさ、ちゃんとお別れしにきたつもりなのにね」


 でもさ、お別れできるわけないじゃん。

 したくないんだもん。認めたくないんだもん。

 あたしは、今も、今でも。


 いつものバンドメンバーで武道館に行く夢を、潰えて砕けた、色の抜け落ちたその夢を抱き続けてここを訪れているんだから。

 ただただ、泣き崩れる。

 どうして自分から死んじゃったの、と。どうして悩みがあるなら最期まで言ってくれなかったの、と。


 抜け殻になったあたしは叫び続ける。

 色を混ぜ合わせすぎれば黒くくすんでしまうことにも気づかなかったあたしは、涙がくすんだ黒を洗い落として色を失った今、ただただ青い鳥の死骸を胸に泣きじゃくることしかできなかった。

 そんな愚かなあたしの名前は。


 最初から何者にもなれなかった「透」だった。

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