カラフル

ハヤシダノリカズ

パワフル

「氷河期世代だとか、さとり世代なんていうくくりがあるじゃん」

 ミキオが唐突に言った。僕たちは二人で鴨川河川敷を歩いてる。

「ん。あるな。それがどうした?」

 僕は目をあちこちに動かしながら相槌を打つ。『なにか面白いものはないだろうか』と探しながら歩いているのはミキオも同じだろう。

「あれってさ。言い出したのはその世代の外にいる人間だったと思うんだけど、そのうちに、その世代の人が自分たちの事を自虐的にそう呼ぶようになるよな」

「あー。うん。そうかも」

 ミキオの指摘は僕が考えた事もなかった事なので、素直に感心する。

「オレ達は何て言われてるのかな。そして、それがしっくりきたら、それを自虐的に使うようになるのかな?」

「最近テレビも新聞も見ないからさ。僕たち世代がどう言われているかなんてまるで知らないな」

 日曜昼間の鴨川河川敷。三条大橋の下を通り過ぎ、僕たちはなおも北上し続けている。四条から三条の間は歩く人も座り込む人も多かったが、三条を超えると少しずつ人は減ってきた。

「うん。オレも知らない。くだらない大人がオレ達をどう括ろうがどうでもいいしな。でも、青春の一ページをコロナで真っ黒に塗りつぶされたオレ達世代って、割と特別なんじゃねーかと思うんだよ」

「修学旅行を奪われた中高生とか、新歓コンパを奪われた大学生とか。あぁ、黒いな。真っ黒だ」

 コロナと真っ黒で【コロクロ世代】とか言っちゃうんだろうか、ふざけた大人は。オレ達の事を。ふざけんな。ミキオの言葉は僕を妄想で憤らせる。

「怒りをどこにぶつけたらいいのか分からないんだけどさ。コロナの爪痕を思う時って。ただ、一つだけ、コロナ禍と呼ばれたあの時期があったからこそ生まれた素晴らしい文化があると思うんだ」

 ミキオは歩きながら僕の方を向いて微笑んだ。

「それはなんだよ」

 ミキオのその何かを慈しむような笑顔につられて、僕も微笑みながら問う。

「ザ・ファーストテイク、さ」

「あー!それは、そう!」

 ミキオの答えに僕は膝を打つ勢いで同意する。歩きながら膝を打つのは難しくってやらなかったけど。

「ま、ファーストテイクに限らず、動画配信者が増えたり、リモート会議だとかリモートワークなんてのもコロナ禍があったからこそ、かもしれないけど」

「まぁな。オレ達がユーチューバーやってるのも、コロナ禍キッカケみたいなもんだしな」

 御池通りの橋が見えて来た。今日はどこまで行く事になるかな。鴨川デルタに着くまでに撮れ高のいいナニカと出会えたらいい。


「ファーストテイクの何がいいって、真摯で丁寧なミュージシャンの姿勢と、そんな彼らの緊張感なんだよな」

「間違いないね。ライブでなら許されるって言ったら語弊があるかも知れないけど、ライブって観客がワー!って盛り上がってたら、歌詞を飛ばそうが声が掠れようが多少はいいじゃん。でも、ファーストテイクのあの一発撮りの緊張感は彼らのそれを許さない姿勢がゆえなんだよ」

 ミキオと僕は音楽の好みを異にしているけれど、音楽好きという点で一致している。僕はミキオのファーストテイクへの評価が嬉しくてつい熱く語ってしまう。

「サニーが最近見て良かったミュージシャンは?」

 ミキオは僕の事をサニーと呼ぶ。照哉てるやっていう自分の名を好きじゃないと言った僕に付けてくれたあだ名だ。『太陽が照らす晴れたいい天気ってことで、サニー』だそうだ。

「そうだな。女王蜂かな。メフィストはマジ痺れた」

「おー!いいね!アヴちゃんカッケーよな」

「そうだろ!あの怪しさと堂々としたパフォーマンスよ!素晴らしいぜ、アヴちゃん」

「あぁ、アレは痺れた」

「そういうミキオは?」

「そうだな。新しい学校のリーダーズとか、クリーピーナッツとか」

「見た見た!オトナブルー、ブリンバンバンボン!どっちもいいな!」

「お、分かってくれるか! うーれしーねぇ」

 ミキオは妙なトーンで喜んでいる。妙なトーンだが、そういうテンションになるのは分かる。自分が良いと思ったものを友達が素直に良いと認めてくれるというのは嬉しいものだ。


 いつの間にか丸太町通りの橋が見えて来た。僕たちは相変わらず並んでゆっくりと歩いている。

「さて、今日はいい出会いがあるかな」

「ちょっと前に居酒屋で喋ったオッサンが言ってたじゃん。『変人の数、絶対数で言えば、それは東京や大阪の方が多いに決まってる。でも、変人と出会える可能性は京都がダントツで高い』って。今日もステキな変人に出会えるさ」

 ミキオの呟きに僕は答える。散歩系ナンパ系ユーチューバーとして活動している僕たちは老若男女問わず気になった人に声をかけて世間話をしている。ミキオがインタビュアーで僕が撮影係だ。ミキオが声をかける様を少し離れた場所から僕は撮影する。『撮られてる、イヤだな』という嫌悪感を持たれない距離から、口説くミキオを撮る。ミキオが口説き落として撮影許可を得られたら、近寄って撮影開始だ。許可を得られなかったら撮影はせずにその人やグループと世間話をする。その世間話で仲良くなって撮影許可が下りる事もあるが、そういう場合はおもしろい動画になる事は少ない。おもしろい動画になるかどうかはミキオの口説きにかかっている。


 程なくして僕たちは一風変わったオッサンを見つけた。頭や顔や肩に花をくっつけているオッサンだ。そのオッサンの前にはふわっとしたワンピースを着た女性がそのオッサンを見つめている。手には色とりどりの花を持って。女性のその真剣なまなざしは生け花をしているのだと僕に思わせる。生け花?盆や花瓶に生けるんじゃなくて、オッサンに、花を、生ける?なんだそりゃ。

 ミキオが嬉しそうな顔を僕に向けた。

「じゃ、行ってくるぜ、サニー」

 意気揚々とミキオは彼らに近寄って行く。その背中には真摯な緊張感が漂っている。その事実を唯一知っている僕は、少し後ろに下がりながらミキオを撮り始める。


 僕は幼稚園の頃にやった遊びを思い出している。適当に赤や青や黄色のクレヨンで塗りつぶした画用紙を、さらに黒のクレヨンで真っ黒に塗り込めて、そこから黒のクレヨンを削り取って線画を描く遊びだ。黒の中に様々な色の線がどんどん浮かび上がっていくのが楽しかった。


 そうなんだよな。


 青春が真っ黒に塗りつぶされても、その黒を削り取って鮮やかな色の絵を描いていくのさ、僕たちは。ミキオが見せてくれるカラフルなインタビューで僕の世界は華やいでいく。


 そして、そんなカラフルが僕の世界だけじゃなく、多くの人の世界を華やがせるんだって僕は信じてる。


 真っ黒を知った後のカラフルは、パワフル。

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