第3話
姉さんたちが王都に出発して6日目、そろそろ王都についたころだろうか。
マティアスはそんなことを考えながらぼんやり窓から庭を覗いていた。庭には兄さんと母さんがいた。時々庭で一緒にいるのを見かけるが、何をしているのかさっぱりわからない。剣の稽古をしているわけではなさそうだが…。
そろそろラインハルトの授業の時間がある。そう思って部屋に向き直ったとき、
「うわぁ!」
庭の方から兄さんの叫び声が聞こえた。
なにがあったのかとすぐに振り返り、兄さんに目をやると、兄さんがずぶ濡れになっていた。隣にいる母さんはなぜか笑っている。何が起こっているのか驚いてると、次は兄さんの周りに火が着いた。かと思えば急に兄さんが風に吹かれ始めた。
(コン、コン、コン)
驚いていると部屋のドアがノックされた。
「ラインハルトです。」
「どうぞ!というか早く来て!」
ちょうどいいところにラインハルトが来た。何が起きているか、きっとラインハルトならわかるだろう。
あまりにも焦っているマティアスの声に、ラインハルトが少し慌てて入ってきた。
「何事ですか?」
入ってきたラインハルトは部屋を見まわして何も異変がないことに少し安心し、マティアスに駆け寄りながら声をかけた。
「窓の外!兄さんが急にずぶ濡れになったり、兄さんのまわりが燃えたりしたんだ。」
ラインハルトの心配などよそにマティアスは自分の聞きたいことだけを問いただした。それを聞いてラインハルトはあぁ、なるほど、と現状を理解した。
「それは魔法ですね。クラウス様は今、奥様に教わりながら魔法の練習をしているのです。」
「魔法ってなに?」
マティアスは実際に目の前で魔法を見るのは初めてだった。それどころか、読み書きも最近習い始めたマティアスが今読んでいる本は騎士の物語だったため、魔法自体初めて目にした。
「魔法とは、魔力という不思議な力を使って、火をつけたり、水を出したりすることです。魔法を見るのは初めてでしたか?」
なんだかわかったような、わからないような説明を受けたマティアスは「ふぅん」と言って納得した。とにかく不思議なことができることだけは理解した。
ラインハルトに言われて思い返してみると、メイドのミアが花壇に水やりをしているときに水汲みをしているところを見たことはないかもしれない。あれは魔法だったのかもしれない。
「じゃあ、僕も魔法を使えるの?」
自分にも魔法という不思議な力が使えるかもしれないと目を輝かせながらきいた。
「わかりません。」
ラインハルトはきっぱり答え、そのあとに続けて答えた。
「マティアス様の年齢では体ができておらず、おそらく魔法を使えません。無理に魔法を使おうとすると最悪の場合この先一生魔法が使えなくなります。」
魔法を使えないことにがっかりしたが、ラインハルトの真剣な物言いについ息を呑むマティアス。今は使えないだけでこれから使えるようになるなら少し安心だ。そう思った矢先、
「しかし、魔力がない、極端に魔力が少ない、という方も稀にですが居ます。こういった場合は、自身で魔法を使うことはできないと思ってください。」
ラインハルトは期待させて落とすタイプか。もし自分が魔法を使えなかったらと思うと悲しくなってきたぞ。
マティアスはラインハルトの少し引っかかる物言いを気にしつつ肩を落とした。
「マティアス様も5歳になりましたら魔法の適性検査がございます。クラウス様も昨年適性検査を受けております。その頃から少しずつ魔法の練習を始めておられます。クラウス様は今、水魔法の練習をなさっていたのではないかと。」
「適性検査ってなに?」
初めて聞くことだらけでついラインハルトを質問攻めにしてしまうが、嫌な顔一つせず答えてくれる。
「適性検査とは、その人がどの属性の魔法を得意とするのかを調べる者です。属性とは四大属性の火、水、土、風、そして稀少属性の光、闇があります。適正は基本的には一つですが、複数持つ人もいます。アレクシア様は二属性の適性がありますよ。」
「兄さんは水属性が適性属性ってこと?母さんは火を着けていたから適性は火属性?」
「それは一概にそうとは言えません。四大属性は適性がなくても訓練次第で使えるようになりますが、稀少属性は適性がない人には使うことができません。アレクシア様は四大属性すべての魔法を扱うことができます。あと、お二人の適性属性についてはご本人に直接お聞きください。」
特に秘密にすることでもないが、人同士の戦いになったとき、こういった情報が結果を分けることがある。また、こういった情報が洩れると危険にさらされることもあるため、伏せておくと説明された。
「わかったよ。ありがとう。」
もしかして母さんは魔法のすごい人なのか?父さんに引き続き母さんも人並み外れた力を持っていて正直驚いている。
「マティアス様、そろそろ本日の授業を始めてもよろしいでしょうか。」
すっかり忘れていたがラインハルトは授業をしに来たんだった。魔法のことを聞けて勝手に満足していた。
「母さんと兄さんは魔法の適性属性は何なの?」
今日の練習を見ていたことやラインハルトに魔法のことを少し教えてもらったことを伝えて、昼間気になっていたことを聞いた。
「私は水属性と風属性の適性があるわよ。といっても他の属性も練習したから四大属性は全部使えるけれど。」
先に答えてくれたのは母さんだった。つまり昼間なんでもない顔をして使っていた火属性の魔法は単に母さんの努力によるものということだ。自分の母ながらすごいと思う。
「僕は水属性だよ。それにしても恥ずかしいところを見られてしまったな。」
マティアスが見たのは、魔法に失敗してずぶ濡れになった兄さんが風邪をひかないように、火属性と風属性の魔法を使って暖かい風で乾かしていたところだったらしい。
やはり母さんはすごい魔法使いなのか?
「マティアスの適性検査はまだ1年以上あるものね。気になるわね。マティアスも魔法は私が教えますからね。」
心なしか母さんがいつもより笑顔な気がする。全属性使えるようになるまで魔法の練習をしたり、兄さんにも自分で魔法を教えたりするくらいだ、よほど魔法が好きなんだろう。
「クラウスは真面目に魔法の練習をしてくれるから覚えも早いし助かるわ。カルラときたら、魔法は性に合わないといって、すぐに剣を振ろうとするんだから。」
母さんがため息をつきながら姉さんへの不満を漏らす。
姉さんは騎士を目指しているらしく、剣にしか興味がないらしい。母さんが言うには魔法の勉強もしないと魔法使いと戦うときに後手に回ってしまうらしい。
「学園で少しでも魔法への考えてくれることを願うばかりね。」
再び母さんがため息をついた。
夕食が終わった後、兄さんと一緒に魔法について少し教えてもらった。
人のほとんどは四大属性の適性で、複数適性を持つ人は50人に1人くらいの割合で生まれてくるらしい。稀少属性の適性もちはハイルムベルク王国では1年に2人も生まれれば多い方らしい。そして、稀少属性は年に一人程度は生まれているため、そんなに少なくないのだが、稀少属性の魔法は四大属性に比べ膨大魔力を消費するため、適性を持っていても魔力量が足りず、実践レベル使える人はかなり少ないらしい。冒険者や騎士を目指す人の多くは練習して四大属性を使う人が多いのが現状だ。とはいえ、まったく使えないわけではなく、実践レベルでは到底意味をなさない小規模な魔法を使うことができる者がほとんどだ。そのため、魔法師団へは入団しやすくなっている。また、王都の学園では、特別枠として入学金や学費免除、試験時の交通費支給によって平民でも入学しやすい体制をとっているみたいだ。
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