第2話

今日も今日とてネルフューア領は平和である。3歳になった僕は少しずつ読み書きの勉強を始めていた。簡単な勉強は学園を卒業しているラインハルトが教えてくれている。兄様も姉様も最初はラインハルトに教わったらしい。とても丁寧でわかりやすく教えてくれる。若いのに優秀な限りだ。

学園と言えば、数か月後には姉さんの入学試験がある。学園とは、王都にあるハイルムベルク国立学園のことだ。その年に8歳になる子供が入学する。そこで勉強をしたり、剣術や魔法を学んだりするみたいだ。


「姉さんは入学できるのかな。」


いつも授業から逃げようとしている姉さんを思い浮かべながらクラウス兄さんに話しかけた。


「大丈夫じゃないかな。入学試験と言っても実力をみるだけで基本的にはみんな合格になるらしいから。どちらかというと学園でやっていけるかの方が心配だよ。」


クラウス兄さんからは思いもよらない答えが返ってきた。なにに驚いたって、兄さんも姉さんの実力を信用していないってことだ。

たしかに学園には3年間通い、一週間に4日間も朝から授業がある。姉さんなら逃げ出してもおかしくない。


「無理して、王都の学園に通わないといけないの?ネルフューア領にも学校があるよね?」


ネルフューア領にも8歳の子供が通う学校がある。2年間で基本的な読み書きや算術、歴史を学ぶ。王都の学園に比べ授業が少なかったり、簡単なことしか学ばないが家業を継いだり、商会で働くには十分な教育を受けられる。


「そうだね。でも、僕たち貴族は王都の学園に通った方がいいんだ。他の貴族と仲良くなったり、領内では学べないことを学んだりね。」


どうやら貴族の事情というのがあるらしい。

領地にある学園では魔法や剣術を学べないため、王都の学園には騎士団や魔法師団を目指す子供が通ったりすることも多いらしい。とはいえ、日常生活で使うような魔法は親から教わるし、学費の面からも多くの平民は王都の学園には通わない。

こんなことをすぐに答えてくれる兄さんは姉さんより賢いのではないだろうか。


「マティ、考えていることが顔に出ているよ。」


「えっ…。」


どうやら顔に出ていたらしい。クラウス兄さんに注意されてしまった。あまり失礼なことを考えるのはやめよう。


「クラウス兄さんも学園に通うの?」


「そうだよ。僕は来年受験してその次の年に入学かな。」


「そっか。じゃあ僕一人になるのか。寂しくなるね。」


カルラ姉さんに続いてクラウス兄さんも王都に行くとなると寂しくなる。思わず口に出してしまった。


「ここから王都まではどのくらいかかるの?」


「うーん。馬車で5日くらいかな。長い休みの時はネルフューア領に帰ってくるから大丈夫だよ。」


ネルフューア領から王都までは結構距離があるみたいだ。僕が寂しいと言ったから、ずっと王都にいるわけではないことを教えてくれた。


「馬車で5日もかかるのか。馬車は乗ったことないけど大変そうだね。僕は領内の学校でいいよ。」


今度は顔だけでなく思ったことが口から出てしまった。僕の言葉にクラウス兄さんは思わず笑っていた。でも、僕は次男だし領内の学校でいいよね。



カルラ姉さんの入学試験が数週間後に迫ったある日の昼食、


「カルラ、数週間後には学園の入学試験だね。準備は進んでいるかな?」


「は、はい。じゅじゅじゅ順調です。」


父さんの質問に姉さんは動揺を隠せていなかった。きっと全然進んでいないんだと思う。やはり兄さんの方が兄さんなのではないだろうか。


「マティ、何か失礼なことを考えていないかしら?」


はっ、姉さんは心が読めるのだろうか。


「はぁ、あなたねぇ、全部顔に出てるわよ。」


しまった、顔に出てしまっていたのか。気をつけないと。


「カルラは入学試験の10日前には出発するからそのつもりでいてね。王都に行くときは僕もついていくからね。」


「はい。準備しておきます。」



そんなこんなでカルラ姉さんの出発の日になった。姉さんは結局一昨日までニーナとラインハルトの授業を受けていた。ほとんど毎日姉さんの部屋からは不満のこもった声が漏れ出ていた。

王都に向かうのは姉さんと父さん、メイドのニーナの3人だ。それに加えてネルフューア領の兵士が数名護衛として同行する。


「クラウス、マティアス、僕がいない間は母さんたちのいうことをよく聞くんだよ。」


「「はい。わかりました。」」


「アレクシア、ラインハルト後のことは任せたよ。」


父さんはいない間のことを母さんと執事であるラインハルトに託していた。父さんたちがいないのは20日間くらい。そんなに長い間いなくなるわけでもないし、領地のことはきっと大丈夫だろう。どちらかというと姉さんの試験の方が心配だ。


「ハインツ、カルラ、ニーナあなたたちも気を付けて行くのよ。」


護衛もついているし、父さんもかなりの実力者だが、母さんが心配そうに声をかける。

挨拶を済ませて3人は出発した。



姉さんたちが出発した次の日、屋敷の庭からラインハルトの声が聞こえていた。


「クラウス様、踏み込みが甘いです。」

「体がぶれています。」

「剣がぶれています。」


庭ではクラウス兄さんが剣の素振りをしていた。どうやらラインハルトが稽古をつけているみたいだ。

クラウスは6歳になり、最近、剣の稽古を始めていた。


「はぁ、はぁ、姉さんはこんなことずっとやっていたと思うとびっくりだね。もう動けそうにないや。」


「お疲れ様です、クラウス様。カルラ様も最初から動けたわけではございません。継続は力なり、でございます。」


クラウスも自身に対して悲観してこんなことを言ったわけではないということはわかっていたがラインハルトはフォローをする。ラインハルトは学生時代、学園ではそれなりに知られる実力者であった。しかし、ラインハルト自身も努力の人間であった。


「兄さんお疲れ様。飲み物をどうぞ。」


「ありがとう。」


起き上がったクラウス兄さんに飲み物を渡した。飲み物を飲む兄さんを見ながら、三年もないうちには自分も稽古が始まるのかと考えていた。


「ねぇラインハルト、父さんって強いの?」


何となく思ったことをラインハルトに聞いてみた。冒険者をしていたことは知っているけど、父さんの昔の話はあまり聞かない。父さんのいない機会に聞けるといいな。


「旦那様ですか、それはとても強いですよ。私程度では100回戦っても一度も勝てないでしょう。一撃与えるのがやっと、といったところでしょうか。」


ラインハルトも相当強いはずだけど父さんはそれよりもっと強いのか。


「ご存知かと思いますが、男爵の爵位も旦那様の冒険者時代の功績によって与えられたものですよ。冒険者の功績によって叙爵されることは旦那様の前には1度しかなかったことです。これだけでも旦那様のすごさがわかるかと思います。」


ラインハルトが父さんのすごさを教えてくれた。思ったよりだいぶすごい人で驚いた。


「ちなみにですが、」


ラインハルトが続けて口を開いた。


「いえ、なんでもありません。」


と思ったら、冷や汗をかき、苦笑いをしながらすぐに口を閉ざした。何か言えないことがあるらしい。

ラインハルトがしゃべろうとしたとき少し寒くなった気がした。もう11月だし、冷えてきたのだろう。

兄さんの汗が冷えて風を引かないうちに僕たちは屋敷内に戻ることにした。

夕食になるまですることもない僕は本を読んで時間をつぶすことにした。



姉さんたちは今頃どのあたりにいるのだろうか。姉さんたちが出発してから二回目の夕食を食べながら僕はそんなことを考えていた。

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