ふくよかな色を知っているか

三屋城衣智子

ふくよかな色を知っているか

 私の世界は白い。


 白い、と言ってもみんなが見ている色とは違うかもしれない。

 これは、なんていうかまぶしい、のかな?って言った時に教えてもらった色だから。


 もしかしたら、違うのかもしれない。


 私の目は見えない。


 気づいたら見えなくて、聞こえるのは音だけだったから、周りのみんなもそうなんだって思っていた。

 でも違うらしい。


 世界は見える人であふれていて、私のように見えない人の方が、珍しいらしい。


 変なの。


 最初に思ったのは、それだった。

 私には聞こえる音の変化が、友達にはわからない。

 そんなことはザラだった。


 私にわからないこともあった。


 人には表情っていうのがあるっていうのは、後から知ったことだ。

 私は声の調子が違うなぁって思っても、表情っていう、顔の表面が変化するってことはよく分からなかった。

 意識するようになって、自分にもその変化があるらしいことはわかったけれど。

 見たこともない自分の顔や相手の顔の、その目の凹凸おうとつ具合とか、鼻がどの位置についていて、だから綺麗だとか、整ってるとかっていうのは、考える前の段階だった。


 けれど。


 今私はきっと、桃色の世界をただよっている。


 本当の桃のことは知っている。

 瑞々みずみずしくて、柔らかく、口に含むと鼻を通っていく爽やかな甘い匂い。

 舌の上でとろけていくその果肉。

 初夏の訪れを知らせるその芳香ほうこうは、色を知らなくても世界を鮮やかにしてくれる。

 だからきっと、桃のような色をしているんだろうと思う。

 実際友達には顔が赤いとか、桃みたいになってるよとか、揶揄からかわれることが多いから。


 そう、私は今、ある人の気配を見つけては。

 その存在の匂いをかぎわけては、一声かけてみようかと思案したり、迷惑じゃないかと思い悩んだり。

 とにかく、心臓がせわしなくて仕方がない。

 ドクンドクンと血潮ちしおの音が耳元でしているかのように、頭の中で脳みそがサンバを踊っているかのように。


 自分の造形が、相手に好ましいといいななんて思って。

 恋を、している。

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ふくよかな色を知っているか 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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