三原色の心情

亜夷舞モコ/えず

三原色の心情

「色を売ります」


 路地裏に黒いマスクをした女が一人立って、目の前を通り過ぎていくものにぼそりと声をかけている。小柄で、若くキレイな女だった。通り過ぎる者たちが、一様にギョッとして立ち止まって振り返って、女を見る。

 だが、誰もそれを通り過ぎていく。

 女の雰囲気が、どこか暗かったからだ。

 顔にはわざとらしい涙袋と、その下に深く痛々しい隈が刻まれている。服装もピンク一色な――いわゆる地雷というタイプのように見えた。


「色売ります」


 黒いマスクの下から、か細い声が聞こえる。

 声はキレイで澄んだものだ。



 

 男が一人、彼女の方へと近づいていく。


「あんた、いくらだ」

「アタシ?」


 女は、首を傾げる。


「アタシは、売り物じゃないの……色を売っているの」


 どこか狂ったような言い方に、様々な意味で男は萎えたようで、無言で去っていった。


「色を売ってるって――」


 違う男が話しながら近づいていく。


「――どういうことだ?」

「色を売っているのよ。……あなた、疲れている?」

「ああ、疲れているならどうなんだ?」


 女は、肩から下げている小さな鞄から、二つのビニール袋を取り出した。カードサイズくらいのジップ付きビニール袋、通称で言うならばパケというものだ。

 だが、その中には白い粉や変な色の錠剤が入っているわけではなく、真っ赤な色と真っ青な色が詰まっている。


「こっちが赤。疲れを吹っ飛ばすくらい熱くなれる。んで、こっちは青。冷静に、心を落ち着かせる。これ使ったら、すっきりするかなって思うの」

「はあ? 薬ってことか?」

「いいえ。色だって。何言っているの?」


 男は、袋に手を伸ばす。

 だが、取られる前に女は手を引っ込める。


「先に、金」

「いくらだよ」


 女が言う金額は、確かに同量のクスリよりは安い金額だった。


「本当に使えば、気分が向上するのか?」

「ええ、それはもちろん」


 ただ……

 女は、言う。


「絶対に、二つ同時には使わないでくださいね。違う色を使うなら、一日以上開けること、絶対に」

 そう呟いた。

 



 数日後、男は路地裏で死んでいるのが見つかった。自分の首を、ナイフで掻っ切っている状態で見つかったのだという。

 自殺とみられ、そのように処分された。

 死体の周りには、袋が三つ散らばっていたという噂がある。赤い袋、青い袋、どこから手に入れたのか黄色い袋が。

 色に心が支配されるなら、自殺と言う結末は誰もが納得できる死であった。

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三原色の心情 亜夷舞モコ/えず @ezu_yoryo

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