第36回 ひたすら楽して樹霊の回転刃
記事を書き上げ、先方に送信してひと息ついたところで配信開始の通知が届く。
いま自分できることはすべてやったつもりだ。だからと言って先方がこれでいいと言ってくれるかは不明である。だが、いままで書いてきた記事の中でも最高のものになったはずだ。ない胸を張ってそう言い切ることができる。
なんといってもこれは私の推しの記事なのだ。ここで没を食らうなど、ファンの風上にもおけん。半年ROMって出直してこいと言われても仕方ないだろう。
なので、最新の動向をチェックするためにも、即座にリンクをクリックして配信へと飛ぶ。いつもの通り画面に映るのはパン1頭陀袋の変態である。
私の記事でどれくらい私の推し力が伝わるだろうか? この変態そのものとしか言いようがない私の推しをもっと知ってほしい。目指せチャンネル登録者五千兆人。宇宙最強のダンジョン配信者になるのだ。
『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』
いつもの挨拶と一緒に流れるのは、私と同じくこの変態を愛してやまない変態どもである。滝のような勢いでコメントが流れていくのも見慣れたものだ。お母さん見ていますか? これが私が育てた私の推しです。これすごくないですか?
『配信を始める前に最近の話題を話しておきましょう。いやあすごいですね。まさか未知のエリアが行けるようになるなんて。こんなのをリアルタイムに味わえるなんてダンジョン配信やっててよかったって思いますよ』
彼の言っている未知のエリアとは、最近地層エリアの深層階から行けることが判明した未知の区画、影の狭間のことである。
東京ダンジョンは東京二十三区をそのまま飲み込んだというとんでもない規模のダンジョンである。それが天と地にどこまでも続いているのだから途方もない。行ってしまえば東京二十三区と同じ規模の迷宮が何百もの層になっているのだ。
なので、探索されつくしたと思われる階層であっても未知の場所が見つかるというのは珍しいことではない。現に、今年に入ってからでもいくつか未知のエリア、未知のアイテムが発見されている。
未知のエリアが発見されるというのはそれほど大きな話題になるようなものではないのだが――今回見つかったのは過去発見されたものの中でも最大の規模のものだったからである。
ダンジョンの中とは思えないオープンワールドゲーのような広大なフィールドが広がり、いままで目撃例のなかった新規のモンスターが毎日見つかるような場所。
こんなものが見つかったとなれば、沸き立つのは当然である。なにしろ、まだ誰も知らない広大な未知のエリアを探索するなど、仮にダンジョンがあったとしても経験できるものではないからだ。
この影の狭間というエリアがどこまで続いているのかはわからないが、発見されてまだひと月も経っていないが、その底はまったく見えてきていない。底どころかどんどん際限ないレベルで広がっているとすらいえる状況である。
そんなわけであらゆるダンジョン探索者たちは大手から個人までこの未知のエリアに心を奪われて出向き、四六時中探索配信が行われているという状況だ。
私としてもまさかこのような新規エリアが見つかるとは思っていなかったので、とてつもなくワクワクしながら見させてもらっている状況だ。
我が道を行く私の推しであるが、やはりこれほどの発見があったとあれば見に行くのも当然であろう。私としても彼がここでどのようなことをやってくれるのか楽しみである。彼好みの変な武器も見つかっているだろうし。
『というわけで今日は話題の新規エリア、影の狭間に来ています。こんなん見つかったらここでやるしかないっすよね。たぶんしばらくはここで配信するかと思うのでよろしく。テーマパークに来たみたいだぜーテンション上がるなぁ』
頭陀袋のせいで表情は見えなかかったが、いつもより声のテンションが明らかに高かった。きっと、過去にいた開拓者たちもこのような思いがあったのかもしれない。やっぱ、まったく知らない新しい場所に行くってなると怖さと嬉しさが入り混じった不思議な感覚になるし。
『せっかく新しいエリアですし、ここで手に入る新しい武器を使っていこうかと思っています。今日使うのはコレです。樹霊の回転刃です』
そう言って虚空から現れたのは巨大な真っ黒なひまわりである。
『この間、ここを探索していたら、暗黒デスひまわりこと影の樹霊を見かけたので戦って倒したら運よく魂アイテムを手に入れたので、フォルムがすごくイカしてたので思わず作ってしまいました』
影の樹霊とはこのエリアに点在する巨大で真っ黒なひまわりのようなオブジェクトに擬態しているモンスターである。
その名の通り、ビルのようなサイズの動き回る巨大なひまわりで、このエリアが見つかってすぐ、幾人かの探索者が擬態していたこいつを刺激して倒されて話題となったモンスターである。
ビルのような巨大さを感じさせないほどの素早さが動き回り、広範囲の容赦なく薙ぎ払うスキルを多用する、暗黒デスひまわりのあだ名に恥じない大型モンスターだ。
そして魂アイテムとは、エリアボスなどの強敵を倒すと低確率で手に入るレアアイテムで、そのモンスターが使ってきたスキルや使っていた武器、そのモンスターにちなんだ武具を生成できるというアイテムである。
当然、この影の狭間に出現するモンスターも例外ではない。だが、ここはまだ発見されてから日が経っていないせいか、誰が魂アイテムを落とすという情報がほとんど広まっていない状況である。
少なくとも、暗黒デスひまわりこと影の樹霊が魂アイテムを落としたという情報は私のところには入ってきていなかった。
『相変わらず配信外でも持ってるの草』
『どうして配信してなかったんですか?』
『配信外でのレアドロップ、ヨシッ!』
新発見の魂アイテム武器で沸き立つコメント欄。
この誰もが多くの情報にアクセスできるようになった現代において、まだ誰も発見していない情報を見つけたものというのはなかなかできることではない。
この男はそれをやったのだ。しかも配信をしていないところで。本当に、なんなんだろうな……。
『ほら、見てくださいコレ。神聖力スキルを使うと、このひまわりの部分がピザカッターみたいに回転するんですよ! こんなん使うしかないじゃないですか。最高っすね』
テンション高めにそう言ってひまわりの部分を高速回転させるトリヲ。確かに、彼が好きそうなフォルムではある。
『しかもこれ、人型の敵だったらこれを押し付けているだけで押し切れるくらいの威力があるってのも最高ですね。他のスキルを使ってブーストかければなかなかの威力になるでしょう。というわけで今日はこの武器を使って、あそこにいるこのエリアが発見されて幾人も病院送りにしてきた暗黒カバくんを仕留めたいと思います』
そう言ってカメラに映るのは影のように真っ黒な巨大なカバである。
こいつもこの影の狭間で新しく発見されたモンスターで、現実のカバと同じく極めて獰猛で、近づくと即座に襲いかかってくる強敵だ。
巨体を生かした体当たりや叩きつけ、人間を五人くらいまとめて飲み込めそうな巨大な顎によるかみつきなどでこのエリアが発見されてすぐ、コイツに襲われて帰らぬ人となった配信者も何名かいる。
『この素敵武器なら、凶暴な暗黒カバくんもいけるはずです。それを証明していきましょう。それではオッスお願いしまーす』
巨大ひまわり型の刃を高速回転させて一気に近づくトリヲ。
近づくてくる気配に暗黒カバもすぐさま気づく。暗黒カバはまともな人間だったらそれだけで死にかねない咆哮を上げ、向かってくるトリヲに恐れることなく体当たりを仕掛けてくる。
トリヲは向かってくる暗黒カバの体当たりをこれ以上にないタイミングで威力を反らして受け流し横から回転する刃を押し付ける。
電動ノコギリのように高速回転するひまわりが暗黒カバの身体の傷つけていくが、暗黒カバはそれを一切気に留めることなく、巨大な頭を振り回してくる。
この影の狭間に出現する敵は、現状最前線の階層の敵よりも強力であると言われている。防具をしっかり固めていても一撃で戦闘不能に追いやられることも珍しくない。
そんな敵の攻撃を裸同然で食らえばどうなるかなどは、言うまでもないだろう。
だが、この変態がそんなヘマをするはずもない。
ほとんどノーモーションで放たれた頭部による攻撃を、はじめからわかっていたかのように回避。暗黒カバの身体に飛び乗って、そのまま高速回転するひまわりを押し付ける。
がりがりと暗黒カバの身体が削られていくが、数秒経過したところで、変異が起こる。
暗黒カバの身体が蠢き、纏っていた暗黒が一気にはじけ飛ぶ。
はじけ飛んだ暗黒は全方位を破壊しつくす嵐のようであった。暗黒カバの周囲にあったものが見るも無残に破壊されるが――
その最も近い場所にいたはずのトリヲだけは何事もなかったかようにそこにたたずんでいた。
『いやあ、ちょっと危なかったですね。あと少しでも遅れていたら大変なことになっていたところでした』
別段気にしている様子もなさそうにそう言って、トリヲは樹霊の回転刃を構える。
『でも、当たらなければなんとかなるで特に問題はないっすね。忌憚のない意見ってヤツっス』
身に纏っていた暗黒がはじけ飛んだ暗黒カバは、確かにカバと言えなくもないが、誰がどう見てもカバとは思えない凶悪な姿に変わっていた。
暗黒カバは巨大な口を広げ、トリヲの向かって突進してくる。
『この攻撃は避けるのに失敗すると大変なことになるので避けたほうが安定するのですが、最大の攻撃チャンスでもあります。なにしろ口を大きく開けていますからね』
構えていた樹霊の回転刃のひまわりの部分が暗い光を放ちながら、さらに高速回転する。
『この武器は極限まで力を込めると、回転する刃を飛ばして攻撃ができるんですよね。それを口の中にぶち込んでやれば――』
暗い光を放ちながら回転する刃が射出され、それは暗黒カバの口の中に吸い込まれていって――
暗黒カバの体内を一瞬にして切り刻む。
身体の内部から切り刻まれた暗黒カバはたまらずそのまま倒れてすぐさま消滅。
『というわけでこの素敵武器を使えば、暗黒カバも楽に倒せます――あ、なんか落とした見たいっすね』
暗黒カバが消滅した地点になにかが残っているのを発見するトリヲ。
『これは――魂アイテムっすね。こいつも落とすんだ。運がよかったっすね。なにか作れるのかはわからないですが、いい感じのだったらいつか使ってみようかと思います』
やっぱこいつ持ってんなぁ。ダンジョンの神に愛されているヤツがいるとしたら、間違いなくコイツはそうだろう。
『今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』
いつもの口上とともに配信が終了する。
配信が終了してすぐ、先方から返信が来ていることに気づいた。
それは、内容に問題ないので、このままチェックをして進めていきましょうというものであった。
やったぜ。
パン1ダンジョン配信者の変態武器講座 あかさや @aksyaksy8870
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