第35回 ひたすら楽して返報の盾
この間の取材の音声を聞き返しながら記事を書き連ねていたところで配信開始の通知が届く。
やはり、直接会話してはじめて見えることというのはとてつもなく多い。話を聞いたのは二時間程度もなかったが、ただ配信を見ていただけでは見えなかった彼の姿を知ることができたように思える。
そこで直接見聞きした彼の実像をどこまで伝えられるかは私の手にかかっているのは間違いない。もし、うまくいかなかったのだとしたら、それは確実に私がうまく伝えられなかったからである。そう考えると、かなり責任重大だ。なにより、今回はいままでと違って推しの記事なのだ。推しの記事を直接書くことができる機会などそうはないし、なにより推しの記事で失敗するなど言語道断である。
そう考えると少し怖いが、同時にここで退いてはならぬとも思う。ここで逃げたら、私の心の中の炭治郎が『逃げるな! 卑怯者!』と言うことは間違いない。逃げるは恥だが役に立つなんて言われているが、推しから逃げたら、もう二度と誰かを推すことなどできなくなってしまう。逃げることは必要だ。だが、逃げてはならないときも確実に存在するのだ。それは、私にとっていまこの時に他ならない。
記事を書く手を止めて、リンクをクリックして配信を開く。この間、私は普段配信で目にしている相手と直接言葉を交わしたと思うと、これは本当に現実なのかと思ってしまうほどだ。この配信をいつも見に来ている数万の視聴者を出し抜いてそんなことができたと思うと、身体の穴という穴から汁が出てきそうなほどの多幸感にと優越感に支配される。私は切り抜き動画をバズらせて直接取材もしたけど、お前らはなんかやったの?
画面に映るのはいつも通りのパン1頭陀袋の男と彼を見に来たコメント欄の変態である。改めてこうしてみると、直接彼と会話をできたのは夢のようだ。ここにいる有象無象の視聴者どもよ。私の記事を震えて待つがいい。
『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきます』
そんな彼だが、いつも通り変わる様子はない。頭陀袋をつけているので、その表情は一切見えないのだが、顔は隠れていてもそこにそわそわしたものがあればなんとなく察せるものだ。しかし、そんなものは微塵も見当たらない。一応、公開が決まるまでは情報を伏せておいてくださいと言ってあるが、直接会話したときの所感からすると、安易にお漏らしをするような人間とは思えなかった。なんだインターネットって見るからに変なことやってるヤツのほうが社会性があったりするんだろうね。これってトリビアになりませんか?
いつも通り、適当な雑談をするトリヲであるが、つい先日、取材を受けたことを滑らす様子はまるでなかった。こうやって喋ることを仕事にしていると、どうしても口を滑らせてしまうことはある。そうならないかは彼を信じるよりほかにない。たぶん大丈夫なはずだ。なんて言っても私の推しだからな。
『それじゃあ、今日使っていく武器はコレです。返報の盾です。これ自体は割と使われているので知っている方は多いと思いますが、今日はこれだけを使っていい感じのモンスターを倒していこうかと思います』
そう言って虚空から取り出したのは青みがかった銀色の盾である。
返報の盾とは魔法攻撃を打ち払って無効化しつつ、無効化にした魔法の威力に応じて剣を作り出してそれを撃ち返すというものだ。
それだけ言われるとかなり強いように思えるが、魔法というものは基本的に銃弾のような速度で飛んでくる。この盾の魔法の無効化はタイミングを合わせてスキルを発動して打ち払わなければ発動しない。銃弾のような速度で飛んでくるそれに合わせて打ち払うというのは、相当の修練と反応速度を必要とする。いきなりこの盾を渡されてできるものではないのだ。上級の探索者でも、これを苦手としている者も珍しくないと言われている。
そのうえ、魔法に対しての能力を強化した分、通常の盾としては性能はかなり低く、とりあえずこれを使っていればいいというようなものでもないのだ。それでも直撃するよりはマシであるが、物理攻撃を受けるつもりなら、ちゃんと別の盾を用意したほうがいいというのは言うまでもない。
『盾だけ使うってなると、一つだけじゃやはり心もとないので、二つ使います。盾使いなら当然ですね。両手に装備すれば、なんていっても倍になりますからね。これでいつもの二倍のパワーでスキルを発動して、二倍の力で回転すれば八倍。そこからさらになんやかんややって二倍にすれば十六倍ですからね。最強なのでは?』
ゆでたまご理論やめてね。それがうまくいくのはキン肉マンの世界だけである。だが、いままで異常さしか見せてこなかったこの変態が言うと、ゆでたまご理論も馬鹿にならないのでは? と思えてくるのが怖いところだ。まあ、盾使って二倍の回転するって意味不明だけど。
『今日戦っていくのは、あそこにいるクリスタルドラゴンくんです。多才な魔法攻撃を使ってくるのでこれだけを使って戦うには手ごろな相手ですね』
そう言ってカメラに映るのは、身体中が結晶化しているドラゴンだ。
彼が言った通り、ドラゴン種の中でも特に魔法攻撃に長けているのがクリスタルドラゴンである。確かに返報の盾が有効的な相手であることは間違いないが、どう考えても手ごろな相手ではない。なんと言ってもドラゴン種である。下級の種であっても、一人で討伐するのは難しいと言われている存在だ。クリスタルドラゴンは、決して下級種ではない。通常であれば、かなりのレベルの探索者がパーティーを組み、しっかりと対策をして臨む相手だ。
『こっちは両手に盾を装備してますので、相手の魔法も二倍防ぎやすいのでなんとかなるでしょう。これを使えばたとえドラゴン種であっても楽に倒せるということを示していきたいと思います。というわけでやっていきましょう。オッスお願いしまーす』
そう言って両手に盾を装着した変態が小さなビルほどもあるドラゴンへと向かっていく。
しばらく進んだところで、クリスタルドラゴンが近づいてくるトリヲに気づき、臨戦態勢を取り、その直後、空中に魔法陣が出現。輝石のような無数の魔法弾が一気に放たれる。
ドラゴン種が持つ圧倒的な魔力によって展開された理外の弾幕が襲い掛かるが、トリヲは恐れる様子はまったくない。大量に向かってくる魔法弾を的確なタイミングで打ち払って次々と無効化していく。
魔法弾を打ち払うたびに無効化した魔法から生成された剣が出現し、それが打ち返される。一切被弾することなく打ち返していく様は見事というより他にない。打ち返されていった魔法剣は次々とクリスタルドラゴンへと命中。
だが、魔法を多用するクリスタルドラゴンは、極めて魔法に対する耐性が高い。返報の盾による魔法攻撃の無効化をトリガーとするカウンターは魔法攻撃である。小技を無効化して返しても、あまり有効ではない。現に、トリヲが弾き返した魔法剣はクリスタルドラゴンの身体の至るところを覆っている結晶に貫けずにいた。
返報の盾による魔法の無効化は、当然のことながら己のリソースを必要とするので、いつまでもできるというわけでもない。考えなしに返し続けていれば、いずれは自分のリソースが尽きるのは避けられないのだ。
無数の魔法弾を弾き返しながら進んでトリヲはクリスタルドラゴンへとさらに接近。
魔法攻撃を得意としているからと言っても、相手はドラゴンである。人間よりもはるかに強大で力強いということは言うまでもない。人間などいともたやすく潰すことができる巨大な腕を振り下ろしてくる。
一撃で絶命させうる攻撃に一切恐れることなく、トリヲは振り下ろされたクリスタルドラゴンの腕を飛び込んで回避。とはいっても、彼は盾以外なにも持ってない状況だ。盾で殴ったところで、大したダメージになるはずもない。一体どうするつもりなのか。
振り下ろされた腕を回避してさらに前へと飛び出るトリヲ。そこを狙っていたかのようにクリスタルドラゴンの口もとから力はこぼれる。ドラゴン種が放つ、ブレス攻撃。こんな距離で受ければ、最高レベルの防具で固めていても痛手は避けられない。最悪の場合、遺体すらも残らないだろう。
そんな圧倒的エネルギーの暴力が放たれ――
しかしそれが、飛び込んだトリヲを焼き尽くすことはなかった。
ブレスを吐いたクリスタルドラゴンの頭部が巨大な剣に貫かれていた。それは間違いなく返報の盾によって生成された魔法剣。
返報の盾には、どれほど強力な魔法攻撃であっても発動のタイミングさえ合っていれば無効化ができるという特徴がある。そして、無効化さえできれば、反動もゼロだ。
そのうえ、強力な攻撃であればあるほど、返したときの威力が高まる。ドラゴン種のブレスというのはとてつもなく強力なものだ。それを至近距離で無効化し、的確に頭部を射抜くことができれば、簡単に倒すことも可能である――
こうやって口で言うのは簡単であるが、実践するのが困難であるというのは言うまでもない。簡単にできることだったのなら、他の探索者がやっているはずだし、情報化が進んだいま、そんなものはすぐに共有されるのだ。
巨大な剣で頭部を貫かれたクリスタルドラゴンは大きなうめき声を上げたのち、そのまま消滅。本当にドラゴンを盾のカウンターしか使わずに倒しやがった。もはや芸術といってもいい技である。
『というわけで、楽に倒すことができましたね。クリスタルドラゴンに限らず、強力な魔法攻撃を使ってくる相手にはかなり有効かと思いますので、みなさんも機会があったらやってみてくださいね。それでは、今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします』
いつもの口上とともに配信は終了。
私の推しに、盾だけ使ってドラゴンを倒すという誉れが刻まれたことに満足しつつ、再び記事を書き始めたのであった。
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