第34回 ひたすら楽して自爆式群体型魔動人形

 推しからの返信はすぐに返ってきた。


 結論から言えば取材はOKである。イカれた配信をやっているとは思えない社会性の感じる文章で返ってきたので少々驚いたが、おかしなことを配信でやっている人間が配信以外では普通であるというのはよくあることだ。


 ただ一つ条件があり、取材はリモートにしてほしいとのことであった。配信者という性質上、配信でのキャラは大事なので、そのあたりは予測の範囲内だ。無論、直接取材できたらいいのは間違いないが、だからといってリモートじゃ無理というわけでもない。リモートじゃうまくできないというのであれば、はっきり言ってそいつは無能だ。リモートでできないようなヤツが直接できるはずもない。そのあたりはライターとしての私の腕にかかってくる。いまやれるだけのことをやっていくしかない。


 メールでのやり取りを何度かして、リモートでの取材は今週末に決まった。オンラインとはいえ推しと直接会話できる機会などそうそうあることではない。まさかこんなことになるとは。テーマパークに来たみたいだぜーテンション上がるなあ。


 一人の部屋で気持ちよくなっていたところで配信開始の通知が届く。取材するのが決まっているというのに、直近の配信を見逃すわけにいくはずもない。リンクをクリックして配信を開く。


 それどころか、取材までにいままでの配信を見返しておく必要もある。彼をたまたま見かけてからいままでずっと配信をリアタイしてきたが、ここはやはり解像度を上げるためにアーカイブを見直さなければならない。これは決定事項だ。私が決めた。寝る時間? そんなものは犬にでも食わせてしまえ。


 配信を開くと同時に画面に映るのはパン1頭陀袋の男と彼を見に来たコメント欄の変態ども。ここにいる変態どもの多くは彼と直接会話する機会などないはずである。そんな中、私は直接話す機会――しかも時間制限もなく話を訊くことができるというとんでもない幸運に見舞われている。これはマウントを取らざるを得ない。俺は直接あいつと話したことあるけどお前らは?


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 取材が決まっても、いつも通りの調子で配信を始めるトリヲ。メールをしたときの感じからすると、配信で勝手にこの話を漏らすとは思えなかった。もしかしたらついうっかりという可能性は捨てきれないが、それを意図的にやるほど社会性を喪失しているはずはないと思いたいところであるが――


 ここに関しては、彼を信じるしかない。ついうっかり漏らしてしまうこともないようにとお祈りする場面である。仕事ってのは祈禱力大事だからね。


 挨拶のあとにしばらく雑談をするトリヲであったが、別段その話について漏らすようなことはなかった。とりあえず一安心。


 とはいっても、何時間もやっていれば絶対にそうならないという保証がないというのもまた事実。疲れが見えてもリークやお漏らしをしないくらい社会性が維持できますように。頼むぞ私の推し。


『それじゃあ、そろそろいい時間ですし、始めましょうか。今日使う武器はコレです。自爆式群体型魔動人形です』


 そう言って虚空から現れたのは二十センチほどの人形である。


 魔動人形とは、魔力スキルを用いて操作する人形で、魔法攻撃以外の攻撃手段に乏しい魔法系ビルドが近接することなく、他の攻撃手段はできないものかというところから生み出された武器である。


 それなら、魔力を通すことで操作、強化した人形を操って殴ったりすればいいじゃないというわけだ。特に魔法系に特化したビルドは近づかれるのは危険である。人形を操作して近接戦闘をさせられれば、実質二対一なうえに離れてちょっかいも出せるというまさしく一石二鳥なのだが――


 そう簡単にうまくいかないのが現実というものである。人形を緻密に操作、維持しながら魔法を使用するというのは、とてつもなく困難――どころか人間の処理能力では完全に行うのは無理であるとわかったのだ。


 モンスターに対抗できるほどの強度で人形を戦わせるのは、とてつもなくリソースを必要とする。そのうえで魔法スキルを使用するとなると、出力や精度、あるいはその両方をある程度失わせなければ不可能なのだ。それをやろうとして脳が処理できずに焼き切れ、重大な後遺症を残してダンジョン探索から足を洗わざるを得ないという者も少なからずいるくらいである。


 とはいっても、人形を近づかせて戦わせて自分は遠距離から魔法スキルを使用するというコンセプトは言うまでもなく強力かつ有用なので、現在はオートとマニュアルを切り替えることができるようになっており、本来やろうとしていたことを疑似的に再現しているという状況だ。


 しかし、オートでは魔動人形のスペックを十全に発揮することは難しく、魔法スキルの使用を最低限にしつつ、人形操作に特化した探索者もそれなりの数がおり、人形使いがいればヘイトを稼げる相手が一人増えるので、強力なボスを相手にするときなどは重宝されている存在だ。


 それにしても自爆式の群体型とは。一番扱いづらいところを持ってくるのがこいつらしい。


 群体型とは言うまでもなく複数体の人形で構成されているタイプの魔動人形だ。様々なタイプがあり、中には百近いかずで構成されているものもある。同時に複数体操作する必要があるため、扱いにかなりの技術が必要とされる魔動人形の中でも特に扱いが難しく、リソースもまた必要とされる存在だ。


 自爆式とは魔動人形を特攻させ充填した魔力に応じて爆発させるというものだ。言ってしまえば魔力操作による誘導弾にようなものである。


 相手にぶつけるのが前提となる以上、操作スキルは最低限で済むのだが、当然のことながら飛ばして自爆させた人形が戻ってくることはなく、威力を出すために必要となる魔力も馬鹿にならず、しっかりと運用するとなると、とんでもなく金も魔力も消費する。


 しかも、現実的な運用のためにはただ魔力を充填すればいいというわけではなく、適切な量を見極める必要もあるのだ。少なすぎれば威力に欠け、多すぎれば器になる魔動人形の強度に影響が生じてちょっとした衝撃で誘爆することになりかねない。


 そのうえ、魔力での爆発のため、本来の目的である魔法以外の攻撃手段ではなくなってしまうということもあって、この自爆型はあまり使われることはなかったというのが現実である。


 だが、一切使われなかったというわけではなく、適切な量さえ充填できれば、それなりの期間その状態を維持できるため、あらかじめ準備しておいて最後の手段としていくつか残しておく、という使われ方をしている。


『とりあえず今日は百体タイプの自爆式を用意してきました。投げものはなんぼあってもいいですからね』


 いや、百体って。それを準備するだけでも普通に結構かかるぞ。一度の戦闘に百体全部使うとは思えないが。


『百体(王者の貫禄)』


『相変わらずやってることがイカれている件について』


『俺の推しの財布はボドボドダ』


 ミサイルを一発撃つのにとんでもない金がかかるなんてのはよく言われているが、自爆式の魔動人形というのはまさしくそれと同じである。一発でこの配信にしてている者の何人、あるいは何十人か分の年収が飛ぶレベルだ。これを狂気と言わずしてなんというのか。


『出費も、準備もかなりかかりましたが、それでこそやりがいがあるってものです。これを使って戦っていくのは、あそこにいるゲイザーくんです』


 そう言ってカメラに映るのはダンジョンに根を張るように座している巨大な目の怪物。その場から動かないかわりに多彩な魔法を仕掛けてくる大型のモンスターだ。特徴的な巨大な目に見られると、様々なマイナス効果が発生するという厄介な相手である。


 特徴的な巨大な目は弱点でもあるが、見られるだけで厄介な効果を受けてしまうため、特に近接戦闘でそこを狙うのはかなり難しい。


 そのうえで四方八方から魔法が飛んでくるため、防戦一方になることも珍しくない相手だ。


 だが、その目に見られてマイナス効果を受けてしまうのは生物に該当する存在だけで、魔力で稼働している魔動人形はその影響を受けないため、一般的には有利な相手とされているが――


 ただし、魔法に対する耐性が高いので、魔法攻撃とほとんど変わらない自爆式の魔動人形を使って有利なるかどうかは不明だ。


『というわけで、人形をひたすら自爆させてあいつをぶっ倒していこうと思います。オッスお願いしまーす。領域展開』


 両手を合わせると、虚空から無数の魔動人形が出現する。小型の、様々な形をした人形。人型や四足獣、鳥のような形状をしているものもいる。


 それらは一気に、ダンジョン内に根をあるように座いているゲイザーへと向かっていく。近づいてくる気配にゲイザーが気づく。巨大な目が向けられる。


 先行させた魔動人形で壁を作って己に向けられたゲイザーの視線を遮った。魔力で動いているだけの魔動人形はゲイザーの視線を受けても影響はまったくない。衝撃も加わらないため、誘爆することもないので障壁としては最適であろう。


 そのまま突き進んで、視線の死角となる位置に入り込んだトリヲは魔動人形を操作。先ほどまで障壁となっていた魔動人形たちを弱点である巨大な目をぶつけ、自爆させる。


 手榴弾ほどの爆発が無数に発生。普通のモンスターであれば、これで終わるほどの威力。


 だが、巨大かつ魔法への耐性が高いゲイザーはまったく動じなかった。もしかしたら、なんらかの魔法であの爆発を防いだのかもしれなかった。


 目の死角に入り込んでも、魔法は使ってくる。光の矢がトリヲを取り囲むように展開。視線は魔動人形の障壁で防げるが、魔法攻撃はそうはいかない。爆弾に等しい自爆式の場合、充填された魔力と魔法が干渉して簡単に誘爆を起こす。ガソリンタンクに銃弾を撃ち込むようなものだ。


 しかし、嵐のように飛んでくる光の矢を一切躊躇することなく回避していくトリヲ。人間が板野サーカスを実践しているとしか言いようのない動き。


 飛び、走り、空を駆って、トリヲは光の矢を回避してゲイザーへと飛び乗る。


 ゲイザーの上には光の矢を遮るものはどこにもない。無数の矢が一気に狙いをつける。


 展開しつつあった無数の矢に魔動人形を飛ばして、矢を放つ前に破壊して発射を阻止。


 そのままぎりぎり視線の中に入らない位置から魔動人形を取り出して――


 ゲイザーの目に魔動人形を押し込んで――


 一気に自爆させる。


 多彩な魔法を使えるゲイザーと言えども、身体の中に押し込まれた爆弾を防御する術はなく、内部から破壊されてそのまま爆散し、消滅。


『やはり、有利と言われている武器だけあってかなり楽できましたね。今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 いつもの口上とともに配信は終了。


 配信が終わってすぐ、私は取材でどのようなことを訊くべきだろうかと考えつつ、アーカイブを見ることにした。

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