第33回 ひたすら楽してリスキーカード

 正式に決まった別メディアとの打ち合わせを終えて一息ついたところで配信開始の通知が届く。


 そろそろいい時間なので仕事は切り上げ、リンクをクリックして配信を開いた。


 別メディアとはどういう初回ということでどういう方向性でやるのかのすり合わせと契約についての話だ。今回の記事でそれなりの数字が取れたのであれば次もやらせてもらえる可能性はあるだろう。ここで鳴かず飛ばずであれば、一度きりで終わってしまう可能性もあるが、そうならないようできるだけ最善を尽くすつもりである。


 話をいただけたとはいえ、私の身分はいつでも切れるバイトのような人員に等しい。どこも厳しい状況である以上、バイトと大してかわらない身分の相手に温情を聞かせてくれるとは思えない。企業というのは、義務が生じない相手に対してはどこまでも冷淡なものなのだ。そこに個も悪意も陰謀もなく、そうなっているシステムがあるだけである。


 私としてもいまの仕事に不満はないし、やめるつもりもまったくないが、寝て起きたら次の日会社が地割れに飲み込まれてなくなっていたり、隕石がぶつかって消滅している可能性は捨てきれない。なにが起こるかわからない事態が起こった時への対策として副業はあっていいだろう。地割れも隕石もあり得ない? なにを言っている。この世界はダンジョンが生えてきてるんだから、突然の地割れや隕石くらいあったっておかしくないだろう。ダンジョンが生えてくるよりもよっぽど起こり得ることだ。


 そんなことを考えながら、配信を開くと、いつもの通り画面に映るのはパン1頭陀袋の男と彼を見に来た変態どものコメント。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきます』


 彼は取材を受けてくれるのだろうか? 先方からはそのメディアの名前を出してもいいと言われている。完全なフリーとしてよりも、その名前を出したほうが受けてくれる可能性が高くなるはずだ。配信での言動を考えると、取材を断る風には思えなかったが、あくまでもそういうキャラ付けでやっているのであって、実際はそうではないという可能性は捨てきれない。


 とはいっても、話を出さなければなにも始まらないのもまた事実。だが、それをやるのは配信が終わってからだ。推しの配信中に他のことをやるなど言語道断だ。そんなことをやるヤツは推しへの冒涜をしているに等しい。推しだというのなら、配信は全裸で正座して視聴するものである。靴下とネクタイは忘れるなよ。正装には必ず必要だからな。


『というわけで今日もさっそくやっていきましょう。今日使っていく武器は、博徒の星さんのリスキーカードです』


 そう言って虚空から取り出されたのはトランプの倍くらいのサイズの大きなカードの束だ。そんなものが武器なのかとも思うが、立派な武器である。


 博徒の星という工房はその名の通り、ギャンブル性のある武器を専門に造っているところだ。ギャンブル好きというのはどこにでもいるもので、武器工房という界隈も例外ではないらしい。


 無論、ダンジョン探索者の中でもギャンブル好きなものというのも珍しくない。というか、ダンジョン探索がそもそもギャンブルみたいなものなのだから、それも当然なのだが。中でもダンジョン配信者など配信者というギャンブル要素がさらに乗っかっている存在だ。なので、無類のギャンブル好きなダンジョン配信者というのはわりとありふれている。


 この男があまりギャンブル好きとは思えないが――いや、パン1で危険なモンスターと戦うなんていうとてつもなくリスクしかないギャンブルを常にやっている異常者なので、ギャンブル狂いであったとしてもおかしくはないだろう。


 それで今回使うリスキーカードというのは、全部で五十五枚のカードで構成されたもので、起動してカードを引くと、引いたカードに応じて武器やスキルが使われるというものだ。


 通常カード五十二枚と特殊カード三枚で構成されている。通常カードは引くと武器が出てきたり、スキルが発動するというもので、無数にあるパターンから五十二種類ランダムで自動で選択される。選ばれた五十二種類のカードは引いてみるまで絶対にわからない。強いものからおかしなもの、明らかに弱い外れなど様々なものがあり、元になるパターンは膨大なので、同じものを引くことが稀だ。


 三枚の特殊カードだけは常に固定されていて、ジャックポット、ファンブル、インヴァースの三つである。


 ジャックポットは言うまでもなく大当たりのことで、これを引くと奇跡のような幸運が起こるというカードだ。モンスターとの戦闘でこれを引けたのであれば、ほぼ確実に勝利できる。普通ならあり得ない幸運がこのカードを引いた時にだけ都合よく起こってくれるのだ。


 逆にファンブルを引くと、奇跡のような不幸が振りかかる。簡単に説明すると、これを引いたらあり得ないような不幸が襲い掛かってほぼ確実に死ぬ。ギャンブル好きのダンジョン配信者が愛用していたこの武器を使っていた時に、初手でこのカードを引いて即死したことは有名な話だ。


 ほぼというのは、ファンブルを引いてもその不幸によって死ぬことを避けられるパターンがあるからだ。


 ひとつは、ファンブルのカードを引いて不幸が襲い掛かってくる前にジャックポットのカードを引くこと。同レベルのもの合わせることでの相殺だ。


 もう一つはインヴァースのカードを引くことだ。このカードは、直前に引いたカードの効果を逆転するという効果を持っている。ファンブルを引いたあとにこのカードを引けば、あり得ない不幸が反転してジャックポットのカードを引いたのと同じになる。


 当然、ジャックポットを引いたあとにこのカードを引くことになったら、逆転してファンブルを引いたとの同じことになる。あり得ない幸運が反転して不幸となり、死ぬ。


 いかにしてファンブルのカードを引かないようにしつつ、ランダムで決定される武器やスキルのカードを使っていくかがカギになる。


 またこの武器を使うと四つの制約が課せられる。


 引いたカードの武器やスキルは使わなければならないこと。


 引いたカードの武器やスキルを使わなかった場合はペナルティが課せられること。


 不正な手段でカードを引くと、ペナルティが課せられること。


 この武器を起動して敵を倒すまでにペナルティが三回累積すると死亡すること。


 これらはこの武器を使用するにあたって絶対に避けることができない強制規定で、念能力でいうところの制約と誓約のようなものだ。


 リスクを負いながら何が出るかわからないカードをどう使っていくかが大事になるという狂ったギャンブル好きにはたまらない武器でもある。


 なにより特徴的なのは、絶対に引いてはいけないカードであるファンブルのカードは、他のカードを引けば引くほどそれを引いてしまう確率が高くなるということだろう。


 引いて使用されたカードは自動的にトラッシュされ、その戦闘が終わるか、すべてのカードを使い切るかをしないと補充されない。すべてのカードには当然ファンブルも含まれているので、最終的には確実にファンブルを引くことになる。


 なので、無数にある武器やスキルを使いこなせないと、カードを引く枚数が必然的に多くなり、ファンブルを引く確率が高くなる。


 ただでさえ危険なモンスターを相手にそんなリスキーなギャンブルをしながら戦うものなどほとんどいるはずもなく、一部の熱狂的なギャンブル狂いの探索者以外使おうとしないのがこの武器だ。


『狂気の沙汰ほど面白い武器来たな』


『……倍プッシュだ』


『死んじゃうツモー!』


 急に三点リーダ多めになるコメント欄の変態ども。まあ、気持ちはわかる。ギャンブルをしながら危険なモンスターと戦うのだ。これが狂気の沙汰でなかったらなんだというのだろう。


 この武器を使った際に発生する死は、戦闘力でどうにかできるものではない。言ってしまえば因果の強制のようなもので、因果を捻じ曲げることができなければどうにかできないのだ。


『というわけで今日これを使って戦っていくのは、あそこにいるダイスギャンブラーくんです』


 カメラに映るのは怪しげな覆面を被った人型の存在だ。この敵はその名の通り、三つのダイスを振ってその出目に応じて攻撃を仕掛けてくる。基本的に出目の強さはチンチロだ。一が弱く六が強い。四五六やぞろ目といった目はさらに強い。


 ただし一二三を引いたら、勝手に即死する。まさに命をかけてギャンブルをして戦ってくるというギャンブラーの鑑である。


『どっちの運が強いか……勝負開始だ……デュエルッ!』


 そう言って何歩か近づいてカードを引くトリヲ。


『あ』


 カードを引くなり驚きを見せるトリヲ。まさか、と思ったが、彼が引いたカードは……。


 あろうことか、ジャックポット。奇跡のごとき幸運が彼を襲う。


 謎の光によってダイスギャンブラーは一切何もすることなく消滅。そしてなぜか残る大量の札束。普通の人間なら、到底持ち運ぶことができない量だ。ダンジョン探索者には標準スキルの一つとしてストレージスキルがあるので、あれくらいなら持ち運ぶことはできるだろうが。


『持ってんねえ!』


『この変態……運良すぎ……』


『変態の賜物だな』


まさかの初手ジャックポットというウルトラCで盛り上がるコメント欄。


『いやあ、色んな武器やスキルが使えるからどんなの引けるかなーと思ってたら、まさかのジャックポットがいきなり出てしまうとは。これはこれで配信として面白いので、今日はこの辺にしておきましょう。いつかまたリベンジしたいと思います。今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 いつもの口上とともに配信は終了。


 まさかこんなあっさり終わるとはこの海のリハクの目をもってしても見抜けなかったが、この変態ならそれくらいはやってのけるだろう。あっさりと終わったのに、大きな充実感に包まれながら、私は彼に送る取材の申し込みの文面を考え始めたのだった。

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