第32回 ひたすら楽して爆発手袋

 結論から言うと、企画は通らなかった。至らなかったのは残念であるが、嘆いていたところで現実が変わるわけでもない。


 なにより、今回は他メディアでの話もいただけてる状況だ。そういうことはあることはそれとなく上司に伝えてはあるものの、その旨を正式に上司に伝え、許可をもらったのちに他メディアに連絡。


 しばらく空いてしまったのでどうなるかはわからないが、悪いようにはならないだろう。交換していたアドレスにメールを送ったところで配信開始の通知が届く。


 仕事のメールなので、すぐに返ってくるとは限らない。向こうにも都合というものがある。別のことで手が離せなくて、メールの確認もできないなんてことはままあるものだ。こちらとしても配信が始まってしまった以上、すぐに返してこられてもこまるところである。推しの配信というのは、なによりも優先されるべきものなのだ。


 送ったメールのことはいったん忘れて、リンクをクリックし、配信ページへと飛ぶ。


 いつものように画面に映るのはパン1頭陀袋の男と彼を見に来た変態どものコメント。今日も今日とて始まってすぐに盛り上がっている。推しの配信が盛り上がっていることほど、嬉しいことはない。このきっかけを作ったのが私であると思うと、脳が溶けそうなくらい最高の気分だ。こんなものを味わってしまったら、他のことでハイになることなどそうそうあるまい。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 取材を受け、自分の記事が書かれるかもしれないなど思ってもいない様子だ。色々と調査をしているものの、いまだに彼に関する記事は確認できていない。普通、ここまで盛り上がっている配信者であれば記事の一つや二つ、書かれていてしかるべきなのだが――そうなっていないのはやはりパン1で配信しているというコンプラ違反を体現したような人間だからだろうか。


 よくわからないが、あの動画でやったのと似たようなことををもう一度できるというのは非常に光栄だ。どうだコメント欄の変態ども。私は切り抜き動画を投稿してバズるきっかけを作って、今度は取材して記事を書く予定だけどお前らはなに? なんかやってんの?


 とにかく、彼のファンとしての私にマウントを取れるヤツなんてのはそうそういないってこと。アンダスタン? お前らの大半は私以下でしかないのだ。理解しろオラァ。


『この間まで寒かったのに、最近は結構暑くなってきましたね。季節の移り変わりってのは早いっすね』


 常にパン1で配信している季節感ゼロの男が言っても説得力に欠けるが、季節の移り変わりが早いってのは事実である。きっと、そんな風に季節の移り変わりが早くなったのもダンジョンのせいかもしれない。世の中の大抵のことはダンジョンのせいにしておけばなんとかなる。もしくは月島さんのおかげだな。ダンジョンができたのも、全部月島さんのおかげだったじゃないか!


『暖かくなってきたということで、熱い武器を今日は使っていこうと思います。今日使っていくのはコレ。爆発手袋です』


 そう言って両手に装着されるのは赤黒い色の手袋である。


 爆発手袋とは、彼が愛してやまないという工房のひとつである火薬庫の有名な武器だ。これをつけて殴ると爆発を起こせるという、ボマーなりきり武器である。


 とてつもなく有名な武器であるが、利用者はとてつもなく少ない。その理由は滅茶苦茶扱いが難しいからだ。


 殴ると爆発が発生するというのは、手元に爆発が発生することでもある。手元に爆発が発生する以上、爆発の際に発生する反動も同時に襲い掛かる。手元に発生する爆発の力を逃したり、反動を逃すのにとてつもなく高度な技術が必要とされるのだ。


 制御できずに体勢を崩してしまったり、反動を殺しきれずに腕が大変になるなんてことも珍しいことではない。殴ると爆発が発生するというロマンにあふれているが、そのあふれるロマンを実用的に扱うには、とてつもなく繊細かつ高度な技術が不可欠で、そんな高度な技術を使いながら強力なモンスターと戦うことなどできないというのがほとんどなのだ。


 そんな理由で滅茶苦茶有名なのに使っている者がろくにいないという悲しみを背負った武器でもある。私も何度かこの武器を使ってみようした配信者を見たことがあるが、大抵はこの武器に振り回されてしまって、扱いきれていなかったものしかいなかった。それほどまでに難しい武器なのだ。


『この武器使えるヤツいるんか?』


『いるぜ! ここに!』


『ヒュー!』


 コブラが現れた時のように盛り上がるコメント欄。いままでの配信を見てきたら、それでもこいつなら……と思う気持ちは当然である。


『有名なのに全然使われてない武器なので、今回はこのロマンあふれる武器を使って格好いい感じに戦っていこうかと思います。こんな姿見せたら俺もモテちゃうなー』


 たぶん、パン1で配信してなかったらそうなってたかもしれないが、そうはならなかったんだよロック。そうなる可能性は非常に高いが、言わないのが花である。知らなきゃよかった現実なんていくらでもあるからね。


『これを使って戦っていくのは、あそこにいるアーマードボアくんです』


 そう言ってカメラに映るのは全身を鎧で固められた巨大な猪。顔の牙だけで人間くらいのサイズがある。ダンジョン内の広範囲に出現する強敵だ。


 特徴は強靭な身体をいかしたタフさと突進力であろう。生半可な攻撃では突進を止めることはできず、まともにぶつかればいともたやすくひき潰されてしまう。巨大でありながら動きも機敏で、強靭さタフさを活かしてひたすら悪質タックルを仕掛けてくる。


 先方はシンプルであるが、それゆえに対処がしづらい。シンプルであることは対処がしづらくなることは往々にしてある。アーマードボアはその最たる敵のひとつといってもいい存在だ。


 もともと強靭なうえに鎧で身を守っているため、物理は有効に攻撃できる打撃系武器以外ろくに通らず、鎧を破壊できないと、魔法攻撃も通りづらい。


 防御を固めたうえでひたすら突撃というワンパターンというだけでは済ませることができない難敵である。


 なにより、ダンジョンは閉鎖された空間だ。そんな場所でひたすら巨大な存在に突撃を仕掛けられるのは厄介なことこのうえない。状況によっては詰む可能性さえもある。


『まともに戦うと結構厄介なアーマードボアですが、この格好いい武器を使えば格好よく楽に倒せちゃうんですね。これを格好よくやっていこうかと思います。それじゃあオッスお願いしまーす』


 そう言ってアーマードボアへと近づいていくトリヲ。アーマードボアは近づいてくるトリヲにすぐさま気づき、うなり声をあげて躊躇することなく突進を仕掛けてくる。


 圧倒的な質量の差がある以上、まともにぶつかり合ったら勝てるはずもない。防具の加護があっても痛手を受けるのがアーマードボアの突進である。


 しかし、トリヲは一切恐れる様子もなく突進してくるアーマードボアへと向かっていく。アーマードボアと接触する直前で身体を翻して突進を見事にいなす。これだけの質量の差がありながら、こうも容易く受け流していなすというのは相当の技術と度胸がなければなしえない技だ。


 突進していったアーマードボアの弱点の一つとして、突進したらすぐに止まって切り返すことができないということであろう。突進を凌げれば、確実に隙が生じるが――


 そこでネックになってくるのは、アーマードボアの身を包んでいる鎧だ。これは極めて強固で破壊はかなり難しい。ただ強固な素材でできているというわけでなく、鎧そのものがなんらかの加護を持っているらしく、その加護を上回ることができなければろくにダメージを与えることができないのだ。


 魔法系に攻撃にも耐性が高いのはこのせいであると言われている。防御を固めてひたすら突進。一度でもミスれば死に直結。ひたすら博打を強いられるというのは、非常にやりづらい。探索者というのは、基本的にリスクを避けるように動くものなのだ。強制的に賭けを強いられるというのをなによりも嫌う。


 通り過ぎて行ったアーマードボアに接近し、背後から拳を叩き込む。同時に爆発が発生。己の手元に爆発が発生してもまったく崩れることはなかった。すさまじいほどのバランス力。あれだけの大きな爆発を起こしても平然としていられるのは決して簡単なことではない。


 しかし、加護を持つ鎧に固められたアーマードボアは一切ひるむことなく牙を振り回しながらこちらへと振り向いてくる。


 振り回される牙を身体を翻して受け流すトリヲ。これだけ質量の差があるというのにここまで平然と敵の攻撃を受け流すことができるのは異常だと言ってもいい。


 攻撃を受け流して横に回り込んだトリヲは拳を叩き込む。


 受け止められて反撃される――と思ったがそうはならなかった。あの強靭な身体と強固な鎧に守られているはずのアーマードボアが怯んだのだ。


『このアーマードボアですが、人間でいうと首のあたりのところに、装甲の薄い部分があって、そこを的確かつ強く撃ち抜けば怯ませつつ、ダメージも通すことができます』


 アーマードボアが怯んだすきに、さらにもう一歩前へと踏み出して同じ個所に拳を振り上げるトリヲ。薄い部分を再び突かれ、その直後に爆発が発生。指向性をもって発生した爆発の熱と衝撃は鎧の隙間を通ってアーマードボアの頭部を蹂躙し――


 ひっくり返って、そのまま動かなくなり、すぐさま消滅。見ていた側からでは容易く倒したと思えるほどの鮮やかな勝利。


『アーマードボアは実はところどころに弱い部分があるので、そこをうまく突くことができればダメージを通せるので、そこから崩すことが可能です。もし、アーマードボアに困っている人がいたらやってみるといいでしょう。それでは今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします』


 いつもの口上とともに配信は終了。


 配信が終了してしばらくすると、メールが届いた。


 送り先は以前、営業をかけた別メディアからである。その内容は是非ともお願いいたしますというものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る