第31回 ひたすら楽してミステリースター

 待って祈っていることしかできないというのは、なんとももどかしい。だが、生きていれば時にはそういうこともある言い聞かせておく以外のことはできなかった。


 なるようにしかならないというのはわかっているのだが、それでも待っているだけというのは退屈なものである。


 とはいっても、本当に待っているだけというわけにもいかないし、やらなければならないこともあるので、完全に暇を持て余しているわけではないのだが、日常を過ごしながら、いい結果が来ることを期待していよう。そう改めて思ったところで配信開始の通知が届く。


 配信が始まったのなら、待っていることも、他のことをしている余裕などありはしない。すぐさまリンクをクリックして配信へと飛ぶ。


 いつもの通り、画面に映るのはパン1頭陀袋の男と彼を見に来た変態のコメント。本当にいつ見ても雰囲気が変わらない。まるでステータス固定の効果がある魔法がかかっているみたいである。ダンジョンがある世の中なので、魔法くらいあってもおかしくないのが現代だ。どんな意味不明なことが起こっても、ダンジョンがあるしな……片付けられてしまう世の中である。ダンジョンによってあらゆる超常現象の類がチープ化したというか、日常になってしまったのだろう。もはや、ダンジョンができる前はどうだったのかよくわからないくらいである。私なんて、ダンジョンができる前は幼稚園児とかだったので、知らないに等しいのであるが。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきます』


 相変わらずの調子で配信を始めるトリヲ。彼の配信以外での姿がどのようなものなのか気になるところであるが、それを知るのは記事を書く時に取っておくことにしよう。私は、好きなものは最後に取っておくタイプである。小学生の時から七月中に宿題をできる限り終わらせて八月は遊ぶというスタイルでやってきたのだ。ここで変に調べて楽しみを損なわせるようなことはあってはならない。いまはまだ対してうまくないお通しを食っている段階である。


『集まってきたみたいですし、さっそくやっていきましょうか。今日の武器はコレです。ミステリースターです』


 そう言って虚空から取り出したのは、神秘的な装飾がされた杖である。先についている玉が宙に浮かんでいるのが特徴だ。どうしてそうなっているのかはわからないが、ダンジョンがあるくらいなので玉くらい浮きもするだろう。ダンジョンパワーってやつだよたぶん。


『そう言えばいままで魔法を使って戦ってこなかったなと思いましたので、今日は魔法をメインに戦っていこうと思ってこの武器をチョイスしました。この武器の特徴としては、魔法の威力が魔力スキルではなく、神秘力スキルで高まるってことですね』


 基本的に魔法を使うなら魔力スキルに振るのが一般的であるが、魔法を使うために必要な杖の中には魔力スキル以外で魔法の威力が高まるものがある。このミステリースターもそういう武器の一つだ。


 てっきり、魔法を使って戦うなんてしないものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。言われてみれば、魔法を使うための杖も武器の一種である。もしかしたら、魔法を使わずに物理で殴るという可能性もなくはないが、変な武器は使っても、武器を変な使い方をしないのがこの男だ。変な武器をまともな使い方をして強敵を打ち倒すというのが基本である。そもそも、普通の杖で殴ったところでダンジョンのモンスターにはろくにダメージを与えられないのだが。


 それにしても神秘力か。神秘力が必要になる魔法系スキルは数が少ないうえ、高レベルの魔法系スキルを使うために魔力スキルに振ったら、そのまま魔力スキルで威力が高まる普通の杖を使えばよくなってしまうのである。どうしても神秘力を要求する魔法を使うなら、神秘力スキルを振るのは最低限にとどめて、魔力スキルに振るか、もしくはその逆のどちらかになるが――基本的には前者のほうが効率がいいのでそちらがほとんどだ。


 とはいっても、神秘力スキルでは魔力系の武器やスキルでは苦手とする相手と相性が良かったりするので、マイナーではあるものの、それなりに実用的であったりする。


 それなりに実用的であっても、やはり組み合わせとしては相性がいいとは言えないので、それを使っている探索者は数が少ないというのが現状であるが。


 さらに言うと、神秘力スキルで使える魔法はクセが強いので、あまり使い勝手がいいとは言えないというのもいまいちなポイントである。やはり、扱いづらいものというのは好まれない傾向にある。なにより、ダンジョン探索は下手を撃てば命に係わるのだ。変なことをして危険な目に遭うよりも安定を取るのは必然と言えるだろう。


『神秘杖か……虚をついてきたな……』


『てっきり魔法は邪道とか思ってるもんだと』


『変な武器ばっかり使ってるんだから、変な魔法を使うこともあるだろ。それが予想できないとは、まだまだ甘いな。変態レベルが足りん』


 魔法を使うことを意外と思っている人間と、知ったかぶって玄人気取りをする人間に分かれるコメント欄。いつも通りの雰囲気である。


『というわけなので今日はどうせ魔法を使うなら、あまり使われていない神秘系魔法を使って戦っていこうかと思っています。クセが強くて使い勝手が悪いと言われている神秘系魔法ですが、うまく使えば楽に倒せるってことを証明していきたいと思います。やっぱり、作り出された以上、使ってやらなければなりませんからね』


 そう言ってもう一本同じ杖を取り出すトリヲ。まさかの杖二刀流。本当に杖だけで戦うつもりらしい。


 杖を二本使えば、同時に魔法系スキルを発動することが可能であるが、それを使いこなすのはかなりの技量がいるうえ、消費する魔力も倍になるので、高レベルの魔法使いですら、あまりやっていないという芸当である。


 なにより、魔力消費が倍増し、燃費が悪いので、安全が確保できていない未踏破のエリアの探索をするには極めて向いていないということもある。エリアボスや、一気に片をつける必要があるときに、ごく一部の使い手が使用するというものであるが――


『で、今回相手をしてもらうのは、あそこにいるダークウィザードくんです』


 カメラに映るのは黒いマントに身を包み、わずかに空中に浮いている人型の存在だ。


 魔術師系の中でも高位種であるダークウィザードは、多彩な魔法で攻め立ててくる、近接戦闘を主体をする相手泣かせの存在である。


 かといって、遠距離なら楽なのかというと、そういうわけでもなく、特に魔法系スキルには極めて高い耐性を持っているため、真っ向からの魔法勝負をすると、近接戦闘オンリー以上に勝つのが難しい。


 なので対策としては銃をはじめとした物理系の遠距離武器での対策が一般的だが、多彩な魔法でそれも防いでくる難敵だ。銃を使えば簡単に仕留められる相手というわけでもない。


 それを魔法攻撃で挑むというのはかなりに無茶であるが――そんな無茶を幾度となくやってきたのがこの男である。今回はどういう見せ方をしてくれるのだろうか。


『魔法攻撃で挑むとかなり厄介な相手ですが、今回主体で使っていく神秘系魔法を使えば実は楽に戦るんですね。それではやっていきましょう。オッスお願いしまーす』


 そう言って何歩か近づいたのち、二本の杖で魔法弾を放つ。


 魔法系スキルの初歩ではあるものの、これをうまく使えるかどうで格が決まってくるとさえ言われる魔力のつぶて。一番最初の魔法であるが、魔法力を高めれば初歩の魔法とはいえ侮れない威力となる。なにより、魔力消費が少なく、連発も可能なのでガンガン使っていけるのが特徴だ。


 放たれた魔法弾に気づいたダークウィザードはぬるりとした動きで己に飛んでくる二発の弾を回避。宙へと浮き上がって詠唱を始める。


 ダークウィザーの詠唱は次の魔法を放つ前に終了し、周囲に魔法陣が展開される。暗いインクで書かれたような魔法陣。ダークウィザードの得意魔法である暗黒円陣だ。


 己の周囲に展開することで、近づいてきた相手に対する暗闇の弾での自動迎撃を行う魔法である。暗闇の弾の威力自体はそれほど高くないが、食らうと一時的に視界が暗闇に阻まれてしまうという厄介な魔法だ。


 外界の情報取得を視覚に頼っている人間にとって、視界を防がれるというのはかなり致命的である。ダークウィザードと渡り合えるくらいのダンジョン探索者であれば視界を塞がれてもある程度は戦えるが、それでも厄介なことに変わりはない。


 そのうえ、この魔法陣は場所に仕掛けているわけではなく、ダークウィザードの位置を基準としているため、ダークウィザードが動けば魔法陣も追従する。なので、魔法陣の外におびき出して暗黒弾での自動迎撃を防ぐということもできない。


 暗黒円陣を展開されても、トリヲに変わった様子はなかった。恐らく、展開されるのは織り込み済みだったのだろう。展開された状態でどこまで戦うかを考えているのだ。


 トリヲは展開された暗黒円陣からギリギリのところで青白く光る粉のようなものを設置。


 神秘力スキルで使うことができる魔法の一つである、ミステリーミスト。基本的にはその上にいる敵の体力を奪う魔法の霧を地面に近いところに設置するものであるが、効果が消える前に魔力を注ぎ込むと一気に誘爆させられるというものである。起爆のために使う魔力の分を入れても消費の割に威力は優れているが――


 目に見えて設置されている場所にわざわざ近づいてくれる相手などいるはずもない。うまいこと誘導できないと、高威力の爆発に巻き込むことは不可能だ。


 当然、ダークウィザードはばら撒かれた魔力の霧を避ける。ダークウィザードは浮遊しているので地面に仕掛けられたものを回避するのはたやすい。浮遊して移動をしつつ、魔法を唱える。


 放たれるのは黒い火球。闇の炎は極めて重く、巨大な盾でも受け止められないほどだ。ダークウィザードが得意とする魔法である。


 黒い火球は加速しながらトリヲへと向かってくる。変速しながら飛んでくるため、絶妙に距離感が測りづらい。


 加速しながら飛んでくる黒い火球は、トリヲが正面に展開した黒い歪みによって吸い込まれる。


 神秘系魔法の一つである、吸い込む歪みである。これは魔法攻撃を吸引し、無効化できるというものであるが、維持するのに魔力を消費し続けるため、少しでも長く使用すると簡単に魔力切れを起こしてしまう魔法だ。


 黒い火球を吸い込んで無力化したのち、それを魔力を込めた杖の先でついて飛ばす。魔力を消費して維持し続ける必要はあるが、設置した当人のみこれを弾き飛ばして攻撃に転じることが可能なのだ。


 魔法を吸い込む黒い歪みはゆっくりと飛んでいく。当然、飛ばしても魔法無力化の効果は失われることはない。


 ゆっくりと飛んでいくそれは自分を中心にして展開している暗黒円陣を削り取っていく。


 多少暗黒円陣を削り取ったところで、さすがに維持できなくなったのかゆっくりと動いていた黒い歪みは消滅。


 そこに再び魔力の霧を設置。暗黒円陣の迎撃はあくまでも敵対する相手に対してのみだけで、相手が発動したスキルには反応しないのだ。


 だが、設置された魔力の霧から逃れるダークウィザード。その程度のことなど受けるはずもないと言いたげであったが――


 ダークウィザードが逃げた先を狙いすましたかのように、その頭部を撃ち抜いたのだ。


 ダークウィザードの頭部を貫いたのは先ほどまでトリヲが持っていたはずの杖の一本。杖そのものを矢として投擲する幻影槍である。


 杖を手放せば魔法を発動できなくなってしまうので、一度きりの奇襲にしか使えない魔法だ。一応、しばらくすれば戻ってくるものの、使ったあとしばらく使えなくなってしまうというのが足かせになるというのは言うまでもない。


 この幻影槍の特徴は魔法でありながら、物理系の攻撃であることだ。なので、うまくいきさえすれば、魔法に対して耐性を持つ魔術師系の敵に対して有効となり得るのだ。


 ヘッドショットさながらの攻撃を食らったダークウィザードはそのまま地面に落ちていき消滅。使い勝手が悪いとされている神秘系魔法を使った鮮やかな勝利であった。


『というわけで、神秘系魔法を使えばダークウィザードも楽に倒せますね。それでは今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それじゃあまた』


 いつもの口上とともに配信は終了。今回もこちらの期待に応えて予想を裏切る見事な勝利であった。


 嬉しくなっていたところで、電源を落とすのを忘れていた仕事用PCに上司からのチャットが届き、内容を確認すると――


 それは私が待ちに待っていたものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る