第30回 ひたすら楽して爆裂とうもろこし

 最近の日課となったお祈りを済ませたところで配信開始の通知が届く。日課であっても、配信は何よりも優先されなければならないのでリンクをクリックして配信へ飛ぶ。


 そろそろ企画会議の結果が出てもいいころであるが、どうなるかはまだわからない。なるようにしかならないので、その結果を出てどう動くか決めればいいだろう。


 仮に駄目だったとしても、今回のことで得られたものはそれなりだ。リターンとしては充分であろう。次に生かせればそれでいい。どうせ、一生うまく生き続けるなんてことはあり得ないのだ。なので、大抵の失敗なんて引きずっても仕方ないし、死にも詰んだりもしないので、そういうもんと考えておくくらいでいいのである。確かに、うまくいくことに越したことはないのだが。


 そんなことよりも配信である。せっかく私の夢がひとつ叶いそうなところまで来たのだ。なにがあったとしても配信を見逃すわけにはいくまい。配信を見に来れないなど、古参視聴者として示しがつかぬ。仮に寝ていたとしても見に行けるくらいにならなくては務まらない。私って、古参だから。


 画面に映るのはパン1頭陀袋の男と彼を見に来た変態どものコメントである。いつも通り、衰える勢いがまったく見られない盛況ぶりだ。私が見始めたころが遠い昔のようだが、実はまだ初視聴から半年も経過していないのだから驚きである。もしかして、時空歪んでない? まあ、ダンジョンが生えてくるくらいだし、時空が歪むことくらいあり得るだろう。ダンジョンが生えてくるのはファンタジーだが、時空の歪みはれっきとした物理学の現象だしな。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 どういう文面で接触すれば彼に断られる可能性が低くなるだろう? パン1姿をインターネットでさらすという異常者そのものとしか思えない彼であるが、配信を見ている限り、完全に社会性ゼロというわけでもない。


 破天荒なキャラで売っている配信者が、配信以外ではまともであるなんてことはよくあることだ。彼もそういうキャラである可能性は非常に高い。


 なので、変に奇をてらうことなく、社会人として一般的な文面で話をするというのが丸いだろう。というか、変なことして喜ばれることのほうが稀である。


 とはいっても、本当にただ普通な文面というのはあまりよろしくない。何しろ彼は私の推しなのだ。せっかく推しと関われるかもしれないというのに、ただ事務的な挨拶だけというのはいただけない。社会性は確保しつつ私の推し力が伝わる文面がベストであろう。気合い入れて考えておかないとな。


『では、さっそく今日使っていく武器を紹介しましょう。食材工房さんの爆裂とうもろこしです』


 そう言って虚空から現れたのはかなりリアルな見た目のとうもろこしである。リアルであるが、普段私たちが目にするものよりもはるかに大きい。


 見た目こそファンシーであるが、なかなか凶悪な代物である。起動させると、一般的に可食部となっている実の部分が破裂して広範囲を引き裂くというものである。簡単に言ってしまえば、見た目がとうもろこしみたいになっている、対モンスター用のクレイモアだ。


 ピンを引いて使用する手動式、タイマーを使用する時限式、遠隔操作で任意起爆ができるリモコン式とあり、かわいらしい見た目に反して極めて殺意が高く、実用的な代物だ。現に、草場の多い森林エリアなどで設置されると意外に発見しづらいため、罠として多用されているものでもある。当然のことながら、対モンスター用なので、通常のクレイモアよりもはるかに威力が高く、人間が巻き込まれて直撃を受けたら大変なことになるが。


 基本的には設置してワイヤーと組み合わせてブービートラップとして使用したり、特定の場所に仕掛けてそこにおびき出し、リモコンで起動するなどという使い方が一般的だ。罠の一種として仕掛けるものであるが――


『罠として使われてるコレですが、他の使い方もできないかなと思って今回使ってみることにしました。モンスターも殺傷できるものですし、武器と言っても過言ではないですからね。投擲武器の一種として使ってみることにします』


 確かにそう言われてみればできそうな気もするが――爆裂とうもろこしは基本的に罠として使うものである。そのため、携行できる通常の武器よりも遥かに威力が高い。変な使い方をすれば自分自身も巻き込まれることになるだろう。扱いはかなり難しそうであるが――


『今日は手動式もリモコン式も時限式も全部使っていくつもりです。せっかく使うならちゃんと全部使うってのが筋だと思いますからね。なので結構な数を用意してきました。足りなくなったら困りますからね』


 相変わらず、配信に命かけすぎだろと思うが、そうでもなければダンジョン配信者になどならないし、そもそも裸で配信なんてしないだろう。だが、それを言わないのが玄人というもの。楽しみ方をわきまえてこその古参玄人である。


『というわけで今日戦っていくのはあそこにいるフロストギガンテスくんです。強靭な肉体に、氷の膜に覆われていて非常に硬くで厄介な相手ですが、これくらいじゃないとせっかくの爆裂とうもろこしが輝きませんから、やっぱりこれくらいじゃないとね』


 そう言って画面に映るのは、周囲に白い冷気を放つ青白い巨人だ。冷気を纏い、冷気を操る巨人フロストギガンテス。巨人種のパワーと冷気を操る細やかな技巧を併せ持った難敵だ。特に常時強い冷気を周囲に放っているので、接近するだけでも体力が奪われるという厄介な相手である。


 なによりの特徴は冷気を纏うことで、全身を鎧で固めているに等しい状態になっていることであろう。特に、弾丸などに対しての防御能力が高く、これをなんとか引きはがせないと、有効打を与えられない。


 基本的にクレイモアである爆裂とうもろこしとは相性が悪いどころか最悪と言ってもいいレベルだ。纏っている氷を引きはがせない限り、爆裂とうもろこしだけでダメージを与えるのは難しい。


 氷なので、言うまでもなく炎が有効なのは言うまでもない。なので、基本的には炎の武器や魔法やアイテムを駆使して氷を引きはがしてから攻撃というのが普通だ。だが、そんな一般的なことをこの男がするはずもない。


 爆裂とうもろこしだけを使って、フロストギガンテスを打ち倒すつもりのはずだ。有効ではない武器を使ってどうやって倒すのか。


『一般的に銃器系とは相性が悪いとされているフロストギガンテスくんですが、爆裂とうもろこしをうまく使えば楽に倒せます。それでは実践に移っていきましょうか。オッスお願いしまーす』


 そう言って何歩か助走をつけたのち、虚空から爆裂とうもろこしを取り出して放り投げる。投げられた爆裂とうもろこしは放物線上に飛んでいき、ちょうど下降するあたりのところで破裂。広範囲に降り注ぐ、とうもろこしの嵐。無数の破片がフロストギガンテスを襲う。


 しかし、フロストギガンテスは冷気では防御しきれない目を腕で覆い、迫りくる破片をなんなく受け止める。全身に纏っている氷により、まき散らされた破片によって傷つくことはなかった。


 攻撃を受けたフロストギガンテスはうなり声をあげてトリヲに接近。小型のプレハブ小屋みたいなサイズの巨人が冷気をまき散らしながら迫ってくる。


 迫ってくるフロストギガンテスに合わせてトリオは己の足元に爆裂とうもろこしを設置。同時に後ろに飛びつつ、ワイヤーアームを利用してピンを引き抜いた。ピンを抜かれた爆裂とうもろこしが破裂し、前方に恐ろしい暴力の嵐を巻き起こした。


 それでも、フロストギガンテスはしっかりとそれを防ぎつつ、前へと繰り出してくる。氷によって破片による直接的なダメージは防げても、同時に生じる衝撃までは防ぎ切れていないはずであるが、ダメージを食らっている素振りはまったく見せていなかった。


 やはり、爆裂とうもろこしだけで纏っている氷を引きはがすのは簡単ではない。拡散する分、どうしても点での威力が下がってしまうのは避けられないのだ。どこかに集中させられれば、はがすこともできるかもしれないが、いまここでそのような改造をしている余裕などあるはずもなかった。


 トリヲは向かってくるフロストギガンテスに恐れることなく、前へと飛び込んでいく。前に出てくる巨人の股を通り抜けつつ、爆裂とうもろこしを仕掛けてワイヤーアームでピンを引き抜く、無数の破片が股下から襲いかかる。


 それを受けてもなおフロストギガンテスは止まらない。振り向きながら股下を抜けていったトリヲに対して拳を振り下ろした。


 だが、反撃をしてくることはトリヲも読んでいたのだろう。横に飛び、壁を走ってフロストギガンテスの拳を避ける。


 そこから壁を蹴ってフロストギガンテスの背後を取った。そこに爆裂とうもろこしを投擲。投げられたそれは破裂せず、フロストギガンテスの背中に張り付いて――


 リモコンで起動。背中に張り付いた爆裂とうもろこしがゼロ距離で破裂。さすがにフロストギガンテスもこれには耐えきれず、背中を殴られときのようにバランスを崩した。


 その隙をトリヲが逃すはずもなく、爆裂とうもろこしを投げつける。それは見事正確に顔面のところへと飛んでいき――


 防御される前に狙いすましたかのようなタイミングで、顔面のすぐそこで破裂。顔は他の部分とは違って、どうあっても防御を固めきることができない場所だ。だからこそフロストギガンテスも顔面だけは防御をしていたのである。


 至近距離からまき散らされる想像を絶する暴力の嵐をまともに受けたフロストギガンテスは頭部を無残に破壊され――


 そのまま仰向けに倒れこんで冷気を放出しながら消滅。本来であれば罠として使うものしか使わずに勝ったとは思えないほど華麗な勝利であった。


『というわけで、爆裂とうもろこしを使えばフロストギガンテスも楽に倒せます。それでは今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします』


 いつもの口上とともに配信は終了。


 配信が終わった後、今回も見れた見事な勝利をかみしめつつ、どうやって私の推し力が十全に伝わる文章が書けるだろうかというのを考え始めたのであった。

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