【短篇】精霊さんの大戦争

笠原久

あじさいを取り返せ!

「しょくん! いよいよ決戦けっせんのときがきたぞ!」


 と、言ったのは台のうえに立った精霊せいれいさんです。


 どんな姿すがたでしょうか? 二頭身にとうしんにデフォルメされた、フィギュアみたいなかわいらしい小さな人間にんげんさんを思い浮かべてみましょう。


 精霊さんは、人間さんをマネッコしているのです。べつに犬さんネコさんでもよかったのですが、精霊さんは人間さんの姿がお気にいりなのでした。


 そして、ここにいる精霊さんはみんな、兵隊へいたいさんの格好かっこうをしています。


 ヘルメットをかぶって、みどり色のふくを着て、手に手にライフルをもっているのです。いかつい戦車せんしゃに乗っている精霊さんもいました。


 なにせ、これから大戦争だいせんそうをおこなうところなのです。


 といっても、人間さんがするような、悲惨ひさんなものを想像そうぞうしちゃいけませんよ。精霊さんの戦争は、もっと牧歌的ぼっかてきなものです。


 そもそも精霊さんは不死ふし――つまり、死なないのですから。ケガをしてもあっという間になおります。


 とはいえ、たれたらいたいですし、痛いのはイヤですから、精霊さんもげます。あたりまえですね。


「さぁ、しょくん! しゅつげきだ!」


 と、台のうえの精霊さんは力強くあじさいを指さします。あじさい――漢字では「紫陽花あじさい」と書きます。


 低木ていぼく――あまり背が高くならない木で、とってもきれいな花を咲かせます。ただ、小さな精霊さんにとっては大木たいぼく同然どうぜんの大きさでしたが。


 精霊さんたちがたたかう理由は、うばわれた土地を取り返すことでした。もともと、あのあじさいはここにいる精霊さん――帝国軍ていこくぐんのものでした。


 ところが、数年前に共和国きょうわこくの精霊さんにうばわれてしまったのです。


 このままではいけない! 帝国の精霊さんたちは、うばわれた土地を取り返すために、がんばって今日まで準備じゅんびをととのえてきたのでした。


「しゅつげき」の号令ごうれいがかかりますと、帝国軍の精霊さんたちはいっせいにけだしまして、わがもの顔であじさいに集まる共和国の精霊さんにおそいかかります。


 ライフルが火をふき、戦車の大砲たいほうがうなりを上げます。


 一見いっけんすごそうにみえますが、実際じっさいはピンポン玉みたいなものが発射はっしゃされるだけですから、じつは当たってもそんなに痛くありません。


 とはいえ、音は派手派手はではでですから、びっくりした共和国の精霊さんは一目散いちもくさんに逃げていきます。


 これは、当然とうぜん結果けっかでした。


 なにせ帝国軍は、ずっとまえから準備をしてきたのです。戦う準備をしていなかった共和国があっさりけてしまうのは、予想よそうされたことです。


 とはいえ、これでわりではありません。


 帝国のあじさいをうばったのは、共和国なのですから。きっとまた、うばい返しに来るでしょう。帝国軍はあじさいに拠点きょてんきずきまして、共和国の逆襲ぎゃくしゅうにそなえます。


――――――――――――


 さて、そんなふうにして帝国軍と共和国の大戦争が起きていたときのことです。


「あら?」


 と、きれいな、わかい女の人がまどのそとを見て、声を上げました。


「どうしたんだい?」


 と、わかい男の人が、女の人のそばにやってきます。ふたりは夫婦ふうふで、何年もまえからこの家にんでいるのでした。


「見て、あなた……今年は青い花が咲いているわ」


 と、女の人があじさいを見て言います。そう、たしかに、きれいな青い花をさかせていました。


「ここに来たばかりのときを思い出すね」


 男の人がそう言います。そう、この夫婦がやってきたときは、あじさいは青い花をつけていたのです。


「でも、そのあとすぐに赤い花にわっちゃったのよね……たしか、土の性質せいしつで変わるんだったかしら?」


酸性さんせいだと青く、アルカリ性だと赤くなるって言われてるね。実際はもう少しこまかい条件じょうけんがあるみたいだけど」


「赤いあじさいもきれいだったけど、青いあじさいもいいわね。なにか土壌どじょうが変わることでもあったのかしら?」


「きれいならそれでいいじゃないか」


 ふたりはわらい合って、にわのあじさいをながめていました。


 精霊さんは人の目に見えませんから、なにがあったかは人間さんにはわからないのです。土はいろいろな条件で変わりますから、かならずしも精霊さんがあらそっているとはかぎりません。


 でも、いつもとちがう色の花が咲いていたら、もしかしたら土の精霊さんの仕業しわざかもしれません。精霊さんはどこにでもいますからね。(了)

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