そして誰もいらなくなった
henopon
わたしは何度も賞を経験した敏腕編集者である。人からは、わたしを指して「作家を死においやってでも、逸品を創らせる鬼」と言われていることも承知している。それがどうした。執筆活動とは生きるか死ぬかだろう。作品は命だ。現にわたしは数多くの作家のクライアントを抱え、多くの出版社への売り込みもできているし、結果を出してきた。
鬼でも蛇にでもなるさ。
今夜も深夜に原稿を待つ。
ウィスキーをボトル半分ほど飲んだところで、ソファの座面にもたれて寝ていた。もはやソファは洗濯置き場だ。座るところすらない。
暗くなっていたノートパソコンの画面が輝いて、「へのぽん」からの着信を告げた。ようやく来た。酔も眠気も覚めるとはこのことだ。
登場人物
間崎新一(66)…間崎製薬会長
妙子(62)…新一の妻
英一(48)…新一の長男
英二…(43)新一の次男
間崎琴子(45)…英一の妻
礼子(22)…会長の孫娘
神尾秀子…礼子の家庭教師
泉屋与平…会長付運転手
留吉…丁稚
定吉…丁稚
キンジー・ミルホーン…探偵
V.Iヴォーショスキー…探偵
コーデリア・グレイ…探偵見習い
ジェームス・ボンド…スパイ
ガラハット…スパイ
イーサン・ハント…スパイ
「ん…?」
登場人物の名前を考えるのは意外に面倒で、とてつもなく時間と労力を弄するのだが、わたしの「これで間に合った」という気持ちが薄れていく。メールにはこの登場人物一覧しかない。しかし30枚分スクロールすると、
「終」
参考文献
小説…夏樹静子『Wの悲劇』/横溝正史『女王蜂』/スー・グラフトン『アリバイのA』/サラ・パレツキー『サマータイムブルース』/P・D・ジェイムス『女には向かない職業』
落語…『帯久』/『蛸芝居』
映画…『007』/『ギングストン』/『ミッション・インポシブル』
わたしは氷の溶けたグラスを煽るやいなや、折り返し電話をした。
相手はすぐ出た。
「先生、依頼は短編です」
『ダメかな』
「何人出てくるんですか。こんなに出てきたら訳わからないです」
『ボツ?』
少し嬉しそうな声で、あのニヤついた表情も目に浮かんだ。
「残念ですが…」スマホを握り締めた手が白くなる。「これでは…」
『二時間もかかったんだけど』
まさか深夜まで人を待たせておいて、こんなことのために「奴」はキーボードを打っていたのか。
『そして誰もいらなくなっただね』
「ふざけんなぁっ!」 わたしはスマホを向かいのソファにぶん投げた。
そして誰もいらなくなった henopon @henopon
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