赤信号でも止まらない
みすたぁ・ゆー
赤信号でも止まらない
高校生の
というのも、遅刻回数が多すぎて生活指導の先生からとうとうイエローカードを突きつけられてしまったからだ。
レッドカードで一発処分とならなかった点は不幸中の幸いだが、状況が悪いことに変わりはない。もし次に遅刻をすると、生徒指導室へ呼び出されて何らかの処分が下されてしまう。
もちろん、彼自身も遅刻をしないように努力はしている。ただ、就寝時間を早くして充分な睡眠をとったとしても、起きる段階となるとなぜか体が重くてなかなか動かないのだ。
病院で診察を受けても心身に異常はなく、原因は不明。何か悪いモノでも
こうなると、もしかしたらこれは遺伝子に組み込まれた本能のようなものによる影響なのかもしれない。動物には夜行性や昼行性といった性質だってあるのだから、否定はできない。事実、暗闇や夜の方が皆蒼は活き活きとしている。
そんな彼が不満を募らせているのが、通学路の途中にある信号機だった。
彼は自転車で通学をしているのだが、いつも数箇所で赤信号に引っかかる。しかもその多くが大通りとの交差点のため、彼の通る細い道側は待たされる時間が長い。ゆえにそのタイムロスはかなり大きいものとなっている。
「くそぉ……赤信号さえなければ……」
皆蒼は闇夜に溶けた自室内で、頭を抱えながら歯ぎしりをしていた。
確かに彼が思う通り、もし赤信号に一度も引っかからずに進めていたら遅刻回数が半分ほどになっているのは事実。苦々しい気持ちになるのも無理はない。
「そもそもなぜ赤では止まらなければならないんだ? だから赤は嫌いなんだ! 赤点も赤字も明るい朝も! 赤なんてロクなことがありゃしない! せめて信号くらいはずっと青だったら――って、そうかっ! その手があったか!」
不意に何かを閃いた皆蒼は目を見開き、ポンと手を打った。
そしてすぐにタンスの奥から黒装束や頭巾、マスク、鎖かたびらなどを引っ張り出し、それらに着替えていく。そのあとはクナイやマキビシ、手裏剣、忍刀などを装備する。
言うまでもないが、忍者の家系である彼にとってそうした品々を持っていることには何の不自然さもない。微塵もあるはずがない。ないはずだ。
さらに机の引き出しから美術の授業で使う水性の青色絵の具を取り出し、それを持って通学路の途中にある信号機へと向かう。
「ククク、この絵の具で信号機の赤色部分を青色に塗ってやる。そうすれば黄信号になったとしても、すぐにまた青信号だ! はーっはっは! 俺って天才!」
全力で自転車のペダルを漕ぎながら、高笑いをする皆蒼。
それから程なく彼は信号機のところへ到着し、軽い身のこなしで電柱をよじ登っていく。さすが忍者の血を引いているだけのことはある。
「では、赤を青に染めてやるとするか。――ん? 今、何か冷たいモノが顔に当たったような……」
皆蒼が懐から青色の絵の具を取り出し、赤色に点灯する部分にそれを塗り込もうとした時のことだった。なんとポツポツと雨粒が落ちてきて、たちまち周囲は荒れ模様の天気となる。
暗くて分かりづらかったが、よく見ると空は灰色の雲に包まれている。
「しまったぁ! これでは絵の具がすぐに流れてしまう! くそっ、こうなったら赤信号のLEDを破壊するしかない!」
即座に計画を切り替えた皆蒼は、クナイを両手で握り締めて大きく振り上げた。
だが、その瞬間――!
「信号機の上にいるそこのキミッ、すぐに降りてきなさいっ!」
周囲に怒気が混じった強い口調の声が響き渡った。
しかも彼に懐中電灯の眩い光が当てられ、おのずと闇夜にその姿が浮かび上がる。こうなってしまっては、もはや黒装束も意味がない。
そして皆蒼が眩しさに目を細めながら声のした方を眺めてみると、そこには白と黒のツートンカラーをした何かがある。
「まさか新種のパンダかっ? いや、天井部分に赤色の物体や漢字と数字を組み合わせた文字が書かれているから、その可能性はないか……」
「早く降りなさいっ!」
「そうかっ、分かったぞ! あれはパトカーだ! まさか公の捜査機関に見付かってしまうとは、忍者に連なる者として一生の不覚! ぐぬぬ……あと少しのところで……」
皆蒼はその場に留まり、徹底抗戦の構えを見せようかとも考えた。
だが、そんなことを続けても最終的には拳銃で射殺されてしまったり警棒で撲殺されてしまったりするだけなので、大人しく指示に従って信号機から降りることにする。
なお、現場は雨が降っているということもあり、投降後はパトカーの中で所持品検査や事情を聞かれることとなったのだった。
そして早速、警察官が皆蒼の忍刀などを発見して目を丸くする。
「キミ、なんで刀とか
「俺は忍者の末裔だ。持っていてもおかしくないだろう。釘バットやチェーンソーを持っていたというなら、疑問に思うのも理解できるが」
「いや、そういうことじゃなくて。こういう危険物を持ち歩いちゃいけないこと、分かるよね?」
「分かるが、納得はしていない」
「あのねぇ、キミ……。まぁ、いいや。詳しい話は警察署でゆっくりたっぷり聞くから。0時53分、銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕ね」
警察官は隣に座る皆蒼の両手に金属製のブレスレットを付けた。そのままパトカーは近くの警察署へ向かって走り始める。
そしてとある交差点に差し掛かったところで、皆蒼は警察官に声をかける。
「おいっ、目の前の信号は赤だぞっ!? 止まらなくて良いのかっ?」
「うん、いいんだよ。赤色灯を点けて、サイレンも鳴らしてるから」
「なんだとっ!? 赤でも進んで良い場合があったとは! そうか、目には目を歯には歯を、赤には赤を……か……」
皆蒼は初めて知った事実に驚きを隠せなかった。愕然としたまま全身から力が抜けていく。
赤色は妨害をする存在だと信じていた彼にとって、常識が覆された瞬間だった。
――ちなみに紆余曲折の末、釈放された数日後に彼は再び公道上で逮捕されることとなる。
その
〈了〉
赤信号でも止まらない みすたぁ・ゆー @mister_u
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