海はどうして青いのかしら?
新巻へもん
先輩とお出かけ
「じゃあさ、ジョージ。海に行こう」
語尾のイントネーションは上がっていない。
つまりこれは意向確認ではなく決定事項ということになる。
まあ、僕に異存はない。
ただ、それまでの会話からのつながりがまったく理解ができなかった。
そしてその目的も。
「別にいいですけど、何しに行くんです? まだ海に入るには寒いですよ」
「んー。先ほどの君の質問の答えがそこにあるから、かな」
なんかドヤ顔を決めているけど、会社の先輩であるマチルダさんの言っていることは僕にはさっぱりである。
「えーと、脈絡がなさ過ぎて何の話題だったのか思い出すのに時間がかかっちゃいましたよ。仏教における真理とは何かでしたよね」
「そうそう、それそれ」
それっきり口を噤んでしまった。
「で、今から?」
「何か支障でも? 我が社はフレックスタイム制だから」
そんなわけで、はるばる三崎口まで出かける。
電車の中ではマチルダさんはスマートフォンで英語の難しいサイトを熟読していた。
さすがは我が社の敏腕エンジニア。
ちなみに本人はマッドサイエンティストを自称しているし、何がとは言わないが色々と凄い。
ついでに言えば我が社は悪の秘密結社で、僕の月給は35万円だった。
マチルダさんがスマートフォンと睨めっこをしている間、僕は放置されるわけだが別に構わない。
僕もちょっと調べ事をする必要がある。
電車を降りてバスに乗り換え、港まで歩いていった。
「よっ!」
掛け声と共にマチルダさんは防波堤に飛び乗る。
そのまま突堤の先端まで歩いていった。
マチルダさんは僕を振り返る。
「海はどうして青いのかしら?」
僕の目を上から覗き込み、ちょっと小首を傾げていた。
目の前の海の色は言うほど青くはない。
よっぽど僕を見下ろすマチルダさんの目の色の方が青く見えた。
とっさに返事ができないでいると、ピョンと飛び降りる。
「この質問に正解はないんだよ。光の屈折と拡散の話をしてもいいし、空の青さに焦がれたでもいい。世界の創造主が塗料を誤発注したでもね。彼女に問いかけられたら何かを答えなきゃ」
「はあ」
「2人がそうだと認めれば、それが海の青さの原因さ。ジョージには少し難しかったかい?」
「それはいいのですけど、仏教の真理とどう関係があるんです?」
「色即是空。この世の色、つまりリアルな現象は因果によって形を変え、ときに形がなくなるのさ。それと同じだと思わないかい?」
「ちょっと無理がある気がしますけど」
まあ、そもそも見事なブロンドの持ち主が、純粋日本人の僕に仏教の教えを講義しているという時点であべこべな気はした。
「さてと。ジョージの蒙が開けたところで何か食べて行かないかい?」
「はいはい。つまりはまぐろが食べたいと。それでわざわざ出かけてきたんですね」
マチルダさんはそっぽを向いて口笛を吹き始める。
「ちゃんとお店は調べてあります」
にっと笑って近づいてきたマチルダさんは、僕の頬に素早くキスをすると腕を絡めてきた。
海はどうして青いのかしら? 新巻へもん @shakesama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
新巻へもんのチラシのウラに書いとけよ/新巻へもん
★106 エッセイ・ノンフィクション 連載中 261話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます