パレット・レッド

凪風ゆられ

鮮やかな景色をあなたたちに

 人の心は「パレット」みたいなものだと思う。

 

 様々な経験を通して「色」を手に入れて、自分を作り出す要素を溜めて混ぜて──やがてそれは、唯一無二の絵画を描き出す材料となる。


 じゃあ、今の僕はどんな色を蓄えているのか。

 見返してみれば、驚くほど真っ白だった。ところどころ、他人に付けられた黒や紫などの跡が残っているものの、おおよそは白である。


 毎日洗い流しているから、それは当たり前なんだけど、なんだか今までの自分を否定、あるいはなかったことにしているようで、さすがに寂しさを覚えてしまう。

  

 でも、そんな感覚も今日で最後だ。


 何色も生み出せないと嘆いていたあの頃とは違う。

 自分じゃない誰かに色を塗りつけられる日々はもうやってこない。


 ゆっくりと、しかし力強く階段を上り、鉄の扉を開ける。

 学校の屋上に来るのはこれが初めてだったけれど、金曜の放課後であるからか人は誰もいなかった。

 

 空を焦がす夕陽が、転落防止の金網を撫でるように照らしている。

 

 無機物たちの色はこんなにキレイに混ざれるのに、どうして人はきっちりと区別しようとするのか。ここ数年何度も思い悩んだ。

 他人との関係の構築は困難なのに対して、ひどく脆いことは分かっていたが、それでも一線を引きたがる気持ちはついには理解できなかった。


 細い金網を上り、これまた小さな面積の段差に足をつける。

 先程まで心地よく感じていた春風が、いつの間にか緊張を与えるものになりかわっていた。


 準備は万端。

 遺書も書いて、部屋の片付けもしたし、SNSのアカウントも全部消した──クラスメイトだって呼び出した。場所は丁度僕がいるほぼ真下。


 これからすることを考えれば恐怖による震えなどあってもいいはずなのだが、それよりも一世一代の大見せ場が生み出す未来が勝って興奮すらしている。


 真下を確認した後、金網から手を離し、空中に踊り出た。

 浮遊感、そして落下。


 さあ! みんなを鮮やかな『色』で塗りつぶそうじゃないか!

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パレット・レッド 凪風ゆられ @yugara24

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