人殺しの色

佐倉満月

 世の中には共感覚を持つ人達がいる。共感覚の持ち主は視覚、聴覚などに外部からの刺激を受けた際、同時に別の感覚野も刺激されるそうだ。例えば文字や数字、音に色を見たり、味を感じたりするのだとか。

 私の妹も共感覚の持ち主だ。妹の場合、他人を色で判別する。相手の声の周波数を妹は色として認識するらしい。妹のように音に色を感じる人々は色聴と呼ばれている。決して多くはない友人達は、妹が好きないろをしているのだろう。

 私は一度、興味本位で妹に質問したことがある。

「ねえ、この人は何色?」

 指差したテレビの画面に映っていたのは、死刑が確定した殺人犯だった。この死刑囚はゲーム感覚で何人も殺害し、逮捕されるとメディアの取材に応じて好き勝手に自論を語っていたイカれた人物だ。その人が判決前にインタビューに答えた際の映像が流れていたため、試しに聞いてみた。妹は露骨に顔を顰めた。

「何でそんなこと聞くの」

「気になったんだもん。ね、教えてよ」

 好奇心が強い私が簡単に引き下がらないことは、一緒に育った妹だからこそよく知っている。渋々口を開いた。

「……絵の具ってさ、全部混ぜるとすごい汚い色になるじゃん。黒とも茶色とも呼べない気持ち悪い色。あれと同じ」

 妹は吐き捨てるように言うと、一度もテレビを見ずに逃げるようにリビングから出て行った。変なことを聞いてしまった、と遅まきながら後悔した。

 時が経ち、大学に進学した私に春が来た。歳上の彼は優しくて、将来はこの人と結婚したいと密かに考えていた。

 ある日、部屋で彼と通話をしていると妹が足音荒く乗り込んできた。

「お姉ちゃん、誰と話してんの!?」

 妹が血相を変えて詰め寄ってきた。私は慌てて通話を切り、照れ笑いを浮かべる。

「誰、って決まってるじゃん。うるさかった?」

「違う。電話越しに聞こえた声、だった。その彼氏、別れた方がいいよ」

 浮ついた夢見心地から一気に現実に引き戻された気分だった。

 私は他に好きな人が出来た、と適当な理由をでっちあげてすぐに彼と別れた。彼は強く引き止める真似はしなかった。それほど私のことを好きではなかったのだ、と思い知らされ、僅かにあった未練もそこで断ち切られた。

 別れてしばらくも経たない内に、彼の顔を何度もニュースで見ることになった。彼は付き合った女性を次々に惨殺していた殺人鬼だと報道されていた。妹が彼の声を聞かなければ、私も被害者の一人に名を連ねていただろう。

「だから言ったじゃん。別れて正解だったね」

 ニュースを見て淡々と述べた妹を見て、私は恐ろしくなった。彼女には私と違う世界が見えているのだと今更ながら理解した。

「ねえ、私は何色に見える?」

「知りたいの?」

 私は首を横に振った。妹は私から離れない。それが答えだ、と自分に言い聞かせた。

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人殺しの色 佐倉満月 @skr_mzk

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