或る大学生による“色”の考察

佐倉伸哉

本編

 物事を突き詰めて考えるる大学生と友人の酒場談義は止まる事なく続いていく。日本人の文化である“取り敢えずビール”から始まり、話題はあちこちに飛ぶ。大学生が自論を展開し、友人が聞き役に徹する構図はずっと変わらない。理屈っぽい話は「酒が不味まずくなる」と嫌厭けんえんされがちだが、友人はむしろ“万人受けしない癖のかなり強いさかな”と捉えて面白がっていた。

 友人の酔いも程よく回ってきた頃、大学生は何気ない風に言った。

「そういえば、情欲とか性的な意味でも“色”って使われているよな。あれ、何でだろうな?」

「……確かに」

 レモンサワーを片手に、友人も小首をかしげる。

 一般的に“色”と聞けば“色彩・カラー”を連想するかと思うが、色気やしき欲など別の意味を持つ単語も存在する。一見すると繋がりがないように感じるのも無理はない。

 言うなり、大学生はスマホを取り出してポチポチと調べ物を始める。思い立ったら即行動に移すのは美点だよなと友人は思いながら、真剣な表情で画面と睨めっこする大学生を眺める。

 このお題はなかなかな難問だったみたいで、友人がグラスをける頃にようやく画面から目を離した。

「さっきの話。どうやら仏教に関連するらしい」

 大学生の言葉に、友人は思わず「ほぉ」と漏らす。まさか宗教が出て来るとは全く考えていなかった。

 さらに大学生は続ける。

「インド語の一種で“色彩”を表す『ルーパ』という単語は“形”という意味もあるみたいだ」

「成る程、『色即是空しきそくぜくう』と一緒な訳か」

 般若心経はんにゃしんぎょうなどに用いられている言葉で、“シューニャ”とは形が存在しないものを指す。『色即是空 空即是色くうそくぜしき』とついで用いられ、『色(形のあるもの)は刻一刻と変化し、空(変わらないもの)は存在しない』という意味である。

「それから、“色”という漢字の成り立ちが人がひざまずく人の上に人がいる、情事じょうじから派生された説がある、らしい」

 セクシャリティな際どい話も平然と述べる大学生。その内容に対し、友人の方が疑問を抱く。

「それがどうして色彩になるんだ?」

「顔や体つき・容姿などが美しいから派生して、彩りなどを表す際にも使われるようになったようだ」

 その説明に、「成る程な」と友人はうなずく。人間の歴史は繁殖の積み重ね、という訳か。

「お待たせしましたー、当店自慢の“海地獄”になりまーす」

 ある程度の着地点に達したのと同時に、大学生が注文した品が届く。それを目にした瞬間、友人が思わず声を上げる。

「――おい!? 何だソレ!?」

「? カレーだけど?」

「いや、色だよ色!」

 友人が驚くのはその筈。カレールゥの色がコバルトブルーだったのだ! その到底食べ物とは思えないおどろおどろしい色をした物体にも顔色一つ変えず大学生はパクパクと口へ運んでいく。

「……美味しいのか?」

「あぁ。一口食べてみる?」

 大学生の勧めに、友人は恐る恐る一口食べてみる。

「――からっ!! メッチャ辛いんだけど!!」

 食欲減退色の見た目に反して、味はかなり激辛げきから。辛いのが苦手な友人には一口食べただけで全身から汗が噴き出し、火が出そうなくらいだ。

「流石は店自慢の品だ。十数種類のスパイスや香辛料を利かせていて、辛さの中に旨味や甘味を感じる」

 冷静な分析で称賛する大学生へ、友人が一言。

と味覚があまりにかけ離れていて、脳がバグる!」

 視認される情報と他の感覚とのギャップに、困惑しきりな友人だった。

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或る大学生による“色”の考察 佐倉伸哉 @fourrami

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