食物連鎖

@ramia294

  命の色

 北極海。


 北の海に浮かぶ巨大な氷。

 灰色の雲に覆われた、黒い海に、白い氷山がひしめく世界。


 白と黒の世界。

 色の無いこの世界に訪れる貴重な晴れ間。

 この地にも、時には青空が広がる。


 空から海へと降る青。

 

 白い氷に、侵入して行く海の青。

  

 青は、白い氷の山にグラデーションを。


 青い海に、浮かぶ青い氷の山と

 その白い頂き。


 この星で、最も美しい青。

 美しく、静謐。

 晴れた日の穏やかな北極海。


 人の手の及ばない厳しい世界にも、海の中には生命に満ち溢れる。 

 豊富な海の幸を求めて、多くの生命が集まる。

  

 そして、あの巨大な影が海の中に、

 この世界の食物連鎖の頂点。

 青空を求める様に突き出した、巨大な背びれ。

 その白と黒の身体は、氷の上と下のあらゆる生命に、怖れられる。


 氷の上で、居眠りをしていたアザラシ。

 その世界が突然、揺れたかと思うと海に投げ出される。

 次の瞬間には、その身は二つに裂かれ、自身に起きた事実に気付かないまま、白と黒の巨体に飲み込まれた。


 そのアザラシが、この世界に存在していた確かな証は、白い氷に飛び散った血液の赤だけとなる。


 外洋を泳ぐシャチの群れ。

 この世界を気ままに泳ぐ海の王者。


 群れの中、最も巨大な背びれの彼が、まだ幼少の頃。


 彼の群れは、浅瀬に巨大なクジラを追い込む。

 まだ幼い彼に、浅瀬は危険なので、注ぎ込む川の流れで、深くえぐられる場所で待っている。

 その時、地上でも騒ぎが持ち上がった。


 まだ幼く、好奇心旺盛な彼は川を遡る。


 川から白い大地を覗いた彼の目に飛び込んで来たものは、世にも美しい白い獣たちだった。

 数頭の白い獣が、大きなジャコウウシたちに迫っていた。


 白い獣の何倍も大きい黒い獣たちが、円陣を組み、その身と中心の幼い子どもたちを守っていた。

 美しく白い獣は、余裕を持ち、ゆっくり迫っていく。


 円陣を組む一頭の動きか、僅かに遅れる。

 その瞬間、

 ひときわ大きな白い獣が、遅れた黒い獣の背中に跳び乗る。


 バランスを崩し、倒れる黒い巨体。

 白い大地が、あの見慣れた赤に染められる。


『そうか、あの白く美しい獣もハンターなんだ』


 近づく彼の母親。

 渡されたクジラの肉片を飲み込む。


『あれは狼、地上の獣。私たちが海の中でそうである様に、彼らは地上で最強のハンター』


 海と陸の強力な捕食者。

 食物連鎖の頂点。

 自分よりもはるかに大きな相手をも狩るという共通項がある。


 視線を感じたのだろう、先程大きな黒い獣に跳び乗った白い獣が、彼の方を向いた。


 海からの視線に応える様に、遠吠えをするその白い毛皮は、獣の血を受け、赤く染まっていた。

 赤は、命の色だ。

 血液の赤は、生命を繋ぐ。


 それから、彼は誰よりも狩りに積極的になった。

 幼い頃から、大人に混じり巨大なクジラを襲った。

 危険の中、幼い頃から身につけたその技術は、誰よりもハンティングの巧者になり、仲間の尊敬を集めた。


 成長して、群れの中で最も巨大なオスになった。


 ある時、海岸付近を泳いでいるとき、あの美しい獣の歌声が聞こえた。

 群れから離れた彼は、歌声の方向へと、

 川の上流へと遡る。


 その日もジャコウウシの群れの円陣と白い獣の攻防が見られた。

 黒い獣は、長い間耐えていたが、やはり動きの遅れたものがいた。

 白い獣は、それを見逃さなかった。

 バランスを崩し倒れる巨体。

 あの時と同じ光景が、繰り返される。


 その獣は、あの時と同じ狼だろうか。

 こちらを見て笑う狼が、遠吠えをする。


 その歌声は、あのときと同じだ。

 毛皮も血に染まっている。


 色の無い北の世界。

 全ての生命を拒絶する様な極寒の地。 


 そんな厳しい場所にも、熱い生命の営みは、たしかに存在する。

 そして、生命がある限り、鮮やかな赤が存在する。

 

 白い雪に吸い込まれる赤。

 海に浮かぶ白い氷を染める赤。


 ひとつの命の犠牲が、もうひとつの生命を支える。


 失われた命に流れていた赤い血液は、

 違う生命の中で、

 再び赤く巡り始める。


 この世界では、

 それを食物連鎖と呼ぶ。


 命の赤は、

 食物連鎖の色だ。

 

         終わり



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

食物連鎖 @ramia294

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ