タブレットと美術【KAC20247・色】

カイ艦長

タブレットと美術

 色には二種類あります。

 「加色混合」と「減色混合」です。


 まず「減色混合」から説明します。


 「減色混合」は絵の具の色です。色を混ぜるとどんどん暗く・黒くなっていきます。

 たとえば赤と黄色を混ぜると橙色になりますし、青と黄色を混ぜると緑になります。

 白を加えて淡くすることもできますが、基本的には暗くなっていくのです。


 「加色混合」はコンピュータの発色です。色を混ぜるとどんどん明るく・白くなっていきます。

 たとえば赤と青を混ぜると紫になりますし、赤と緑を混ぜると黄色になります。

 コンピュータの発色では光の強さを押さえることで暗くすることもできますが、基本的には明るくなっていくのです。




 美術の先生がそんな説明をしているが、それが美術となんの関係があるのか。


 色は適当に混ぜて目的の色が作れればそれでいいじゃないか。

 そもそも、今はタブレットPCに絵を描く授業なのだから、色はスライダーを滑らせて作ればいい。加色だ減色だは関係ない。

 俺はそう思ったのだが、隣の倉本さんは熱心に聞き入っている。


 先生の説明がひととおり終わったら、いよいよタブレットPCでのお絵描きタイムである。

 なにを描いてもいいらしいので、俺は国民的猫型ロボットにするつもりだ。

 あれはデザインがシンプルだから、それほどテクニックも要らないしな。


 俺はカラーパレットから黒を選んで、鉛筆モードで輪郭を描いていく。

 最初の頃は自由に線が引けることに驚いて感動したものだが、毎週やっていると飽きてくる。

 とりあえず絵が描ければいいだけだ。


「操作でわからないことがあったら教え合ってかまいませんよ。授業中なら私に聞いてもいいですよ」

 美術の行方なめかた先生は美術室内をまわって生徒たちの絵を確認しているようだ。

 誘われるようにこちらへと近寄ってくる。


「三船くん、ずいぶんと手を抜いているわね。デッサン力とか色彩感覚とか、成績評価のポイントがあるから、できるだけ難しいものを選んで彩色にも凝りなさいね」

 行方先生は事もなげだ。


 そう言われると、やはり国民的猫型ロボットという題材はやめたほうがいいか。

 ではどうするか。コロッケ大好きネギ坊主ロボットとか、頭のてっぺんに毛が三本のお化けとか。

 いや、なんでF先生とA先生の作品ばかり思い浮かぶんだよと。


 今風の絵柄でデッサン力が求められるのはなんだろう。

 やはりリアルロボットの雄といわれる試作型ロボットか戦闘機からの変形ロボットあたりか。

 いや、そもそも無機物を書いたところで色塗りが単調になりやすい。

 なら人物画が最もよいはずだ。その背景に無機物があれば対比で映えるかもしれない。


 こういうとき、マンガやアニメにしか触れていないことが裏目に出てしまう。

 では韓流ドラマ好きやK−POP好きは韓国人の顔でも描くのだろうか。

 それも考えられないか。


 お題がない美術ほど、なにを描けばよいのかわからないものだ。

 やはり生徒にはお題を与えたほうがよいのではないか。


 それにしてもさっきから倉本さんがこちらをにらみつけてくる。俺は彼女の親の仇なのかな。


「行方先生、なにかお題を決めていただけますか。まったくの自由だと、なにを描けばよいのか思い浮かばないのですが」


 その声に行方先生は腕組みをして目を閉じた。

 お題になりそうなものを考えてくれるようだ。


「それじゃあ、なにも描けない人はあと三十分で隣の人を描いてください。顔のアップでも全身を入れてもかまいません。描く努力をしましょう」


 隣の人、ねえ。倉本さんはお絵描きが始まってから黙々と描き進めているようだしな。

 とりあえず断っておくか。


「倉本さん、描くものが思い浮かばないからモデルになってよ」

 その声を聞いて彼女は手を止めずにこちらを見た。

「かまわないわよ。どうせ私もあなたを描いているから」

「えっ、だからさっきからこちらをにらんでいたのかよ」


「描き終わった人は先生のところに来てください。通信機能で作品を受け取りますので」

 行方先生がそう言うと、二、三人席を立って教卓へと向かっていく。もう描き終えたやつがいるのかよ。

 これはうかうかできないぞ。


「じゃあ倉本さん、モデル頼みます」

「いいけど、私はもう完成したから先に提出してきます」

 さすが美術部。時間を半分残してすでに描き終えていたとは。

 席を立って前にいる行方先生のところまで行き、タブレットのファイル共有機能を使って作品を提出していた。そのままこちらへ戻ってくる。


「倉本さん、どんな作品か、見せてもらっていいかな」

「た、たいしたものじゃないわよ。そんな時間があるのなら、一筆一筆ペンを走らせることね」

 若干頬に赤みが差したように見えたが、窓から射し込む日光のせいだろうか。


「えっと、まずは顔を描いてっと。それから体を描いていけばいいんだよな」

「それじゃあバランスが悪くなるわよ。まず全体のバランスを見て、アタリを描かないと」

「アタリっていうと、昔有名映画原作のゲームを作って大損した会社だよな」

「それは知らないわ。アタリっていうのは全体のバランスをとるために行うことよ。デフォルメされた二頭身キャラにしたいのか、モデル体形の八頭身キャラにしたいのかで、アタリのとり方も異なるわ」

「へえ、デフォルメしてもいいんだ」

「今回は自由に描いていいんだから、二頭身でもいいんだろうけど」

「まあ難しいから顔だけ描けばいいか」


 倉本さんは目を眇めた。

「結局三船くんって短絡思考よね。楽することしか考えていない」

「俺らしくていいだろう。まあ美術の点数なんて受験には関係ないんだから、お遊びでいいじゃないか」

「わかったわ。それならなるべくかわいく描いてよね」


 人間の顔って難しいな。

 バランスをとりながらだとなおさらだ。

 どれだけ倉本さんに似せられるのか。描いていてわからなくなってくる。

 とりあえず顔は描いてみたけど、残り五分を切っている。着色に時間をかけられないが。


 そうだ。あれを試してみるか。


 俺はカラーパレットから黒を選ぶと、絵に塗り重ねていった。



「で、出来たのがこの絵というわけか。まあ顔は似ていると思うからデッサンは及第点。色彩感覚だけど、影を黒く塗りつぶしただけだからどうとも言えないわね。アメコミのようなベタ影で表現しているから、妙なリアル感はあるんだけど」

 そう、あまりに時間がなかったため、影になりそうなところをベタで仕上げたのだ。


「来週は別の絵で、今度は色味をつけた作品を描いてね。そうしないと色彩感覚で及第点は出せないわよ」


「モノトーンにも味はあると思うのですが」

「そりゃ味があるに決まっているわ。プロでもモノトーンで描く人はいますから。でもね三船くん。今は美術の時間なの。売れる絵じゃなくて表現力を見たいのよ。来週までにアプリの使い方をマスターして、きちんと色を着けること。そうしたら今回の絵と合わせて合格点をつけてあげるわ」


 ということは、今回のも案外悪い作品だったわけでもなさそうだ。

「わかりました。いろいろと試してきます。その代わり、次回はきちんと査定してください」


「ちなみに、お題がないと描けないんじゃないかしら」

 彼女の鋭い指摘に思わずドキリとしてしまった。



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