[KAC20247]灰色の世界に響く幻聴

上谷レイジ

本編

「はぁ……」


 何にも思いつかない。何を書いてもうまくいかない。

 出るのはため息ばかりだ。


「何をどう書けばいいんだよ……」


 現在進行形で頭を抱える私は、何を隠そうWeb小説家だ。会社員の副業としてWeb小説を手掛けている。

 私が最初に書いたWeb小説は異世界転生もので、ブックマーク数などが相当の数を超え、多くの読者に愛された。

 自らの作品の書籍化を果たした。

 コミック化も果たした。

 深夜アニメ化も果たした。

 そして、妻と一人の男の子を授かった。

 すべては順風満帆だったが、今ではスランプに悩んでいる。

 分かっているはずの小説の書き方が全く分からない。

 というか、まったく思い出せないのだ。


 これはひょっとして、あの天才的なギャグ漫画を生み出した漫画家も罹患したかかったうつ病に私自身も罹患したかかったのか? もしそうだとしたら、月曜日に精神科クリニックへ向かわねばならない。


「まずいぞ……。うつ病は再発しやすく、完治したと思ってもぶり返す病気だとは聞いたことがある。せっかく今の生活を手に入れたのに……」


 何を隠そう、私は一九九〇年代の東南アジアを舞台にしたガンアクション漫画が好きだ。アニメはサブスクリプション制の動画配信サイトで何度も見た。

 しかし、その作品を描いた漫画家はうつ病が完全に寛解していない治っていないと聞く。そして、あのギャグ漫画家は閉鎖病棟に入院してもうつ病をぶり返したと聞く。

 事実、私も今そうなりそうだ。

 世界が灰色に塗りつぶされそうだ。

 このままだと、私もあの漫画家と同じように希死念慮に駆られるかもしれない……。

 

「……は、……だ」


 なんだ、今の声は。幻聴まで聞こえてきたのか?


「……れは、……れだ」


 今度ははっきりと聞こえてきたぞ。一体何なんだ。


「俺は、俺だ」


 ……俺は、俺?

 そうか。そうだよな。


 私がよく聞いているロックバンドで、主題タイトル通りの曲がある。いじめと陰口、ハラスメントのことについて歌っている曲だった。

 私は小説を書いていて書籍を出しているが、企画書などのやり取りをしていると担当によく𠮟られる。

 何度も「なんで年下のお前の意見に従わなければいけないんだ!」と怒りをぶつけたことか。

 何度もSNSで「お前の作品は古い」などと言われたことか。

 そのたびごとにこの曲を聴いて、私は自分を奮い立たせる。


 私は私だ。それは決して変わらない。

 貴方達が何を言っても、なんで他人のために私が変わらなければならないのだろうか?


「私は私で、やっていけばいい。……ようし、いっちょ良い企画書を書きますか」


 そう思って私はカーテンを開けて陽の光を取り入れ、それから部屋の窓を開けて新鮮な空気を取り入れた。

 さっきまで灰色だった世界は色づき、輝きを見せた。

 街の景色、鳥のさえずり、全てが愛おしい。

 そして、先ほど淹れたばかりのコーヒーから漂う芳香アロマも――。


 ああ、世界はこんなに色づいているのか。

 私は気持ちの良い空気を吸うと、パソコンに向かって企画書を書き始めるのだった。

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