小森家の手芸教室【KAC 7】

関川 二尋

小森家の手芸教室

「どうしたの、サクヤ? そんな深刻な顔して」

「家庭科の課題、エコバッグをつくるんだってさ」

「あらいいじゃない」

「苦手なんだよね、お裁縫。そうだ、お母さん作ってくれる?」

「あー無理。あたしそういうの昔から苦手だから」

「やっぱし。そういえばウチにミシンってある?」

「お父さんが買ったのがあるはずだけど。聞いてみたら?」


 なんて妻と娘の会話が自然と聞こえてくる。

 桜が散った春も終わりの静かな日曜日。

 ベランダからはポカポカと暖かな光が差し込んでいる。

 私はシャラリと新聞をめくりながら、二人の会話に耳を澄ませる。


「だいたい家庭科なんてだと思うんだよね、エコバッグなんて買えばいいんだしさ、わざわざ縫う必要ある?」

「だよねー。調理実習もそうだったなぁ。やりたい人だけやればいいのに、っていっつも思ってた」

「そうそう! 裁縫とか料理とか、女の人がやるって時代じゃないのにね」

「今も男子は家庭科ないの?」

「一応あるよ、だと思うけど、一応ね」


 なんというか時代の移り変わりをヒシヒシと感じる。

 特にウチの女性陣は活発で進歩的な方だから。

 でも、男性女性に関係なく、裁縫も料理も楽しいんだけどなぁ、と思う。思うけど決して口には出さない。口じゃ勝てないの分かってるから。たぶん言い負かされちゃうから。


 そういえば最近は古文や漢文の授業なんていらない、なんて論調があるらしい。そんな授業より英語や投資の勉強した方がよっぽど役に立つらしい。最近の新聞にもそんなことが書いてあった。


『人はパンのみにて生きるにあらず』


 たしかキリストの言葉だったかな。自分なりに解釈するなら、人はパンを食べるために生きてるんじゃなくて、生きるためにパンを食べるのであって、生きる目的はその先にあるということだと思う。今ならパンを『カネ』に変えたらわかりやすい。

 なんてことも言いたいんだけど、きっとしらけた目で見られるんだろうな。


 と、玄関のチャイムが鳴り、北乃さんのところのカタリ君がやってきた。その手には一抱えほどの段ボールを持っている。


「あら、カタリ君、いらっしゃい! 今日はどうしたの? サクヤと約束?」

「カタリ君っ! どうしたの急に?」


 妻と娘は嬉しそうにカタリ君を出迎える。

 私が仕事から帰った時でも、こんな笑顔を浮かべてくれたことなんてないのに!

 でもまぁ、カタリ君は私から見ても美少年だから、なんかそうなる気持ちも分かる気がする。気がするが、今日のカタリ君は私のところにやってきたのだ。


「いいや、私が呼んだんだよ。カタリ君がミシンを使いたいっていうからね」

「そうなんです。お休み中にすいません、小森さん」

「まぁ上がっておいで、ミシンもってくるから」


 ちょっと不思議そうな顔をしている三奈とサクヤ。

 それにしてもミシンなんて久しぶりだな。

 昔はこれで簡単に洋服なんかも作っていたのだ。

 いつのまにかしまい込んじゃったんだけど。


 ミシンとアイロンを持って居間に戻ると、また話し声が聞こえてくる。


「家庭科の授業で、エコバックを作ることになったんです。サクヤちゃんもそうでしょ? でもウチ、ミシンがなくて。そしたら小森さんが持ってるから、一緒に作ろうってことになったんです」

「そうだったんだ!」

「よかったらサクヤちゃんも一緒に作らない?」

「えー、いいの?」

「もちろん」

「ねぇねぇ、だったらあたしの分も作ってよ!」

 ちゃっかり妻も参加すことになったようだ。


「三つ分か。生地は足りるかい?」

「はい。端切れをいっぱい持ってきましたから」


 結局、みんなで『お裁縫の時間』ということになったのだ。


 さて、カタリ君の持ってきた段ボール箱にはびっしりと端切れの生地が入っていた。おそらく捨てる生地をカットして、ずっと集めてきたものだろう。大きさはもちろん、模様ももばらばらの端切れが大量にある。


「まずはこれを組み合わせて、パッチワーク風の大きな生地にします。組み合わせは三奈さんとサクヤちゃんにお任せします。小森さんはカットをお願いします。僕は片っ端から縫っていきます」


 おお、カタリ君かっこいい。スッと腕まくりするのも決まってる。

 任された三奈とサクヤもグッと両手のこぶしを固めて気合ばっちり。

 となれば私も頑張らなくては!


「この黄色の隣に赤はおかしくない? 青はどうかな? それともオレンジ?」

「やっぱりオレンジかな。あ! その隣のガラがなんか合うんじゃない?」

「ほんとだ! 気づかなかったなぁ」

?」


 カタリ君、良いこと言うな。そう、選択肢がたくさんある方が、選べる幅も広がるのだ。そしてパッチワークの良さはそこにある。思いがけない組み合わせ、偶然から来る美しさ、だから端切れは多ければ多いほどいいのだ。にぎやかで、楽しい柄が出来上がってくる。


「それにしても、カタリ君、ミシン上手ねぇ」と、三奈。


 カタリ君は初めてのミシンにも関わらず、さっさと糸をかけてフットコントローラーを踏み込んで、ダーッとすごい勢いで生地をつないでゆく。わたしもかなりミシンを使っていた方だが、どうやら場数が違うようだ。


「僕、孤児院にいた時は年下の子たちのバックをよく作っていたんです。あと雑巾縫ったりとか。だからミシンは得意なんですよ」


 なんて顔面をさわやかにキラキラさせながら言うのがまたかっこいい。まだ中学生だというのに、すごいオーラが出ている。しかもその目はしっかりと針先を見つめ、テキパキと生地をミシンに送り込んでゆくのだ。


「これで生地は完成ですね。あとは型紙に合わせて切って、ほつれ止めに全体に接着芯を貼ります。小森さんお願いできますか?」

「ああ。それなら任せてよ。型紙はあるの?」

「はい、スーパーの袋を参考に作っておきました」


 じゃん。と、厚紙を開いて見せてくれた。

 さすが分かってる。裁縫において型紙づくりはすごく大事なのだ。特にいくつも作る場合はそう。それから型紙に沿ってチャコペンで輪郭をなぞり、縫う時の目印にする合印をつけ、マチをつけて裁断する。接着芯を同じ型紙で切り取ったら、次はペタッとアイロンで生地に接着。


「どれもきれいにできましたね。特に配色のセンスがさすがです! 小森さんの裁断もばっちりです。柄のいいところを上手に、無駄なくとってるのがすごいです」


 カタリ君はうちの女性陣を上手に喜ばせてくれる。どこでそんな技覚えたの? と聞きたいところだが、それを自然にできるというのがカタリ君なのだろう。


 最後に裏地をつけてひっくり返して、三つのエコバックが完成した。パッチワークなのにどれもが微妙に表情が違う。

 三奈のバックはすっきりとしたクールな感じ、サクヤのは明るくにぎやかな感じ、カタリ君のは男の子らしい少しダークな感じがあった。


「こうしてみると、パッチワークって面白いよね」

 とサクヤ。すっかり気に入ったみたいで、肩にかけたり手に持ったりしている。 


「だろう? いろんな色があって、柄があって、それが組み合わさって不思議な生地が出来上がるんだ。それはもう本当に偶然でしかないんだけど、いつだって世界でたった一つのオリジナル作品が出来上がるんだよ」

 なんだか饒舌だったかな。でもどのバックも本当によくできていたのだ。まぁ実際のところカタリ君の縫製技術によるところが大きいんだけど。

 と、そのカタリ君がちょっと鼻の頭を指先でかきながら付け加える。


「小森さんの言う通りです。この生地だって元は捨てられちゃうものだったんです。でもこういうの作るとしみじみ思うんです。、って。、って」


 分かるよ、カタリ君。私には何となくだけど分かる。

 君は孤児だったから、きっといろんなつらい思いをしてきたんだろう。自分の存在理由を考えたことが何度もあったんだろう。

 私もそうだよ。きっとみんなそうなんだよ。


 と、サクヤがしみじみとうなずいて付け加えた。


「そうだね。とにかくパッチワークはいろんな色があった方が面白い。いろんな柄があった方が楽しい。無駄な生地なんてなかったよね。いろんな色を組み合わせて、積み重ねて、そうやって素敵な生地が出来上がるんだよね! わたしなんだかもう一個作りたくなってきちゃった!」


「いいわね、それ。そろそろクッションカバーも変えたいと思ってたのよ。カタリ君、また来て手伝ってくれる?」


「もちろんです」


「いいね、来週もまた手芸教室と行こうじゃないか」


「じゃあお母さん、それまでに生地をたくさん集めておかなきゃ」


「それなら任せて。そろそろクローゼットの断捨離しようと思ってたとこなの……」

 

 そう。この世界にはたくさんの選択肢があるんだよ。

 いろいろ試してみたらいいんだよ。

 その選択肢はたくさんあった方がいい。

 いろんな世界を見て見たらいい。

 無駄なものなんて一つもない。

 人生だって同じ。

 気が付けば素敵なパッチワークが出来上がっているはずだから。


 ……と言おうと思ったけど、変な目で見られそうなので黙っておいた。

 

 でもきっとみんな感じてくれたんじゃないかな?

 そんな楽しい午後だった。



 ~終わり~

 

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