男と罪と影法師

@tsutanai_kouta

第1話


高層ビル最上階にあるラウンジで男女が向き合って座っていた。女は険しい顔をしており、男はうつむいている。


女は男が突然切り出した別れ話に納得がいかず、理由を問いただしていた。男は言い逃れは出来ないと覚ったのか重い口を開く。


話は男が二週間ほど前に『電車の中で背中に鼻糞をつけられた』事件から始まった。

女の顔に怒気が浮かんだが、男は構わず話を続ける。


それから会社で自分のデスクだけが『誰かに蹴られたような衝撃を受ける』という現象が頻発するようになり、自分が購入した『弁当やサンドイッチに異物が混入する』ようになったと語った。

女の眉間に皺が寄り、何か言おうとしたが、男はそれを制するように「別に会社で迫害されてる訳じゃない」と告げた。


それから腕や胸に激痛を感じるようになり、その部分を見てみたら『煙草を押し当てたような小さな火傷』が出来ていたこと、火傷は痛みを感じる度に増えていったことを明かした。女の顔から険しさが抜け怪訝な表情になった。


そして男が先週『地下鉄の階段で突き落とされた』と話すに至っては、堪えきれず「警察に相談した!?」と口を挟んだ。


男は両手でクールダウンを促すようなジェスチャーをしながら、昨夜帰路で『殴り倒され』て『“虫並みに弱え”と捨て台詞を吐かれた』ことを語った。


驚きの表情を浮かべる女に男は淡々と、これら一連の被害と同じことを自分は高校時代に同級生にやっていた─と告白した。

更に地下鉄で突き落とされた時の防犯カメラ映像には自分以外は映ってなかったこと、自分を殴り倒した相手には顔が無かったことを矢継ぎ早に告げた。


そしてうつむきながら

「これ以上は、お前に被害が及ぶ…」

とつぶやいた。


女は少しの間、男を見つめ

「あなた他に何やったの…?」

と問うた。


男はビー玉のような眼を女に向けると

「彼氏ノ見テル前デ、ソイツノ彼女ヲ犯シテヤッタ!」

と叫んだ。


店内の客が驚いて此方を見てる。

男は構わず泣きながら笑い出した。

女は震える声で

「わかった」「別れる」「もう無関係」

と告げると逃げるように席を離れた。


ラウンジを出る前、一瞬だけ振り返ると、泣きじゃくる男の周囲を顔の無い影法師が取り囲んでいるのが見えた。





 ─了─

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