第27話 狂気の神徒(5)

 碧白い光がヒースの黒き人影をつつみ呑み込むと人影は跡形もなく消えた。


 ほどなくペルギスという得体のしれないバケモノも消失した。

 鉄籠も消えた。

 眠りつづける村人たちだけが残った。


 呆然とたたずむカイトはしかし、すぐに我に返って私へと駆けよった。


「なあグレイ、彼らを救ってやれる方法はないか! 俺の魂でもなんでも使ってかまわない!」


 私が答えるまでもなくリリシアが怪訝に言う。


「愚問を口にするな。彼らを助けてどうなる?」

「なんでだリリシア! 彼らを救えるなら俺は何したって――」

「違うそうではない。仮に村民たちが元の場所、すなわち村ミトルスプヤに戻ったらどうなる? ローア教区内。それこそ証拠隠滅のためにあらためて消されるのがオチだ。その護衛人員は? 移送費用は? 支援をいつまで続ける?」

「……それは、その、すまないグレイ、無茶言った」

「課長の言うとおり棚上げし、どう彼らの安全を確保するのかが優先だろうが、なによりこの現状をどうするか」


 するとサフィアがカイトの足をぽんぽん叩き、村人たちに向かって煌々とした光を放った。まばゆい光に包まれた村人たちは姿を消し、一個の紅い玉石となって納まる。口にくわえたサフィアはカイトに向き直り、魔術光で文字を描いた。


『あのとき助けてくれてありがと、カイト!』

「……いや、ありがとう、こっちこそほんとにありがとなサフィア」


 カイトは石を受けとり、サフィアをそっと抱きあげる。そして気が済むまで繰り返し礼を言った。重なりあう二つの陰翳がとても美しく尊いものに私は感じられた。やがてカイトは私に向き合い言った。


「グレイ、本当にありがとう、お前に出会えてよかった」

「ああ、これからもよろしく」


 と、リリシアがおもむろに言う。


「さて、戻るぞ」

「それなんだがリリシア、実は俺、もう肉体がないんだ」

「グレイより報告を受けてある。だからこそサフィアはあの男の膨大な魔力を吸いつくし、その魔力を女神ローアに差し出した。すべて計画のうちだ」

「……まじ、か」

「肉体ならすでに現実世界に戻っている。だろ、サフィア?」

「にゃ!」


 サフィアは誇らしげに鳴き、私の胸に飛び乗った。

 新たな文字を宙に描き、私をじいと見つめる。


『ねえねえグレイ、しもふりお肉、何日分?』


 まったくサフィアは現金な猫である。

 だが、好きなだけ馳走してやろう。

 小さな額を撫で、私は思った。


 

 もう六日が経とうしますが一向にグレイとヒースが諜報課に顔を見せません。

 リリシアが期限を切らず、わたしの問いを一貫してはぐらかすのをみるに、のっぴきならない事案に巻き込まれているのは明らかです。


 かたや指導にあたっていた優秀な後輩アルにひとつ相談ごとをされていました。


 彼に告白し、ちゃんと振られ、ひとつの区切りとしたいと。


 アルがグレイを好いていることは傍から見て明らかでした。

 そしてうちは諜報課。

 誰がなにを言わずともその類いが大好物なキリィやセレン、メルあたりがやってきて「いやいや、振られるために告白とかないし」「絶対オーケーに決まってるって」「アルちゃん美人さんなんだからまず自信もたないと」と免疫のない彼女の肩に手をまわし男を落とすためのテク、化粧、お洒落に至るまで熱を入れて指導します。


 わたしは嘆息しました。バディであるからこそグレイがいかに周囲に気をまわし、立ち振る舞っているか理解しています。同じ諜報課として働く以上、イエスかノー、彼女に中途半端な気を持たすことなくき然として答えることでしょう。彼女らがいくら姑息な手段を講じようとその結果に変わりありません。


 その時は突然に訪れました。大通りでグレイを偶然発見。諜報課に向かってるとの一報。わたしは彼の無事に安堵しました。かたや同僚たちはその一挙手一投足を見届けようと互いに通信を介し、男女とわず諜報課に集まってグレイの話を口々にします。まったくあなた方は暇人ですか。というかグレイはいつからそんな人気者になったのですか。


「うわっ、なになにみんな、こんな大勢どしたの?」


 知らないふりしてマロンまできました。噓が下手すぎますね。


 グレイはドアを開けるなり我々を見て一瞬驚いたように応接室にむかいます。アルは皆に背中を押されるようにして同じ応接室に向かい、ドアが閉じられました。


 みな一様に索敵方陣を唱え、干渉ノイズでひどいなか、アルは意を決したように募り募った思いを口にします。


「あなたのことが好きでした、友人としても、異性としても好きでした。今も好きです。付き合ってください」


 まったく重くて、まっすぐな想い。

 みな悶え、固唾をのんで行く末を見守ります。

 彼は言いました。


「ほんとすまない、俺はヒース、いやカイトなんだ。後日あらためてくれ」

「「……」」


 意味不明。最低きわまる答えにアルは応接室を飛びだします。わたし含め同僚たちは唖然呆然となり、グレイの人気は一瞬にして地の底まで落ちました。


 その半刻後。カイト本人の謝罪行脚でようやく誤解が解け、みな驚き呆れるなか、当のアルはどこか晴れやかでした。まだ彼のことを好きなままでいいのだと安堵にも似た表情を浮かべていました。まったく可愛い後輩です。


 ちなみにグレイの同僚人気が元に戻ることはありませんでした。とりわけ女子同僚の人気は暴落したまま。「彼ならそれすら見越せてたはず、ホント最低ッ!」と唾棄するキリィ。いやいや、さすがに無理ですから。期待値が高すぎるのも考えもの。まったく世の中理不尽ですね。

 

 

 ここはローア教が聖地レイセントレア。


 大聖堂に隣接する協会本部施設。


 大司教コーネリスは、円卓につどう枢機卿らの前にひざまずき、頭をたれた。その額からは脂汗が止まらず、沙汰の下る直前の沈黙が永遠のように感じられた。


「してコーネリス。なんじの失態の数々、今一度ここに並べてみようぞ。

 カンテラ魔術倉庫の暴走における取引先喪失。

 コークスでのキメラによる対象者暗殺の失敗。

 カンテラ大聖堂建設計画の頓挫。

 司祭エテルの謀反。

 聖女候補筆頭アルエの失踪。

 ああ、なんたる失態の数々よ。

 なにより半世紀以上にわたり慎重に築いてきたカンテラとの関係の一切をなんじはすべて無に帰した。何か弁明はあるか」

「……いえ、なにもございません」

「とりわけ魔術倉庫の大失態は看過しがたい。なぜ独断でことを起こした」

「……はい、いつも通り司教ヒース=ルキアスの研究で不要になった実験体を魔核材としてカンテラ魔法省軍部に引き渡すことになっておりましたところ、反勢力に察知され、押収されそうになったため、信者の肉体を使って冷凍機能を停止し実験体を解凍、交戦に転じつつ証拠隠滅をはかっていたとき、強大な悪魔の力を見たのです」

「悪魔だと?」

「あれはまさしく聖書に記されし緋眼の大悪魔グアドラの魔力」

 

 枢機卿たちがざわつく。


「なんとしてもその場で滅せねばと急きょ方針転換し、実験体を庫内魔核と共鳴、自爆させ、大悪魔を跡形もなく滅すべく無我夢中で実行したところ、何者かの妨害にあい――」

「それはもうよい、なぜ、黙っていた」

「無断でことを起こし軍部との繋がりが絶たれた以上、貴族への接近と聖堂建設に専念し、私にとっても聖堂建設は長年の悲願でございましたゆえ、やり遂げたのち、追ってその責任をとるつもりでありましたが、今となっては言い訳のしようもございません。いかようの処分も受け入れます」


 枢機卿たちは目配せするも結論はとうにでてあり、ひとりの声がふる。


「では沙汰をくだす。コーネリスを司教に降格処分とす」

「……降格、ですか」

「そうだ。二度目はない。一層、主ローアのため使えよ」

「……は、主の深きご慈悲に心より感謝いたします」


 コーネリスは頭を垂れたまま一室をでた。死を覚悟し、それが家族、親類、部下にまで及ぶのではと恐々としていたにも関わらず処分はわずかに降格のみ。


 なぜ、かような経緯になったのか。逡巡していると廊下でふと声をかけられた。


「命拾いしたねコーネリス、感謝してよ?」

「……司教ヒース、わたしになんのようか」

「司教じゃない、もう大司教だよ。君が降りた席に僕がつくんだ。東部国境線は今日から僕の管轄。そんなわけで洗いざらい話してもらうよ。そのために君を生かすよう上申してあげたんだから。魔術都市カンテラ。彼ら相手じゃさぞ君には荷が重かったろう。魔核倉庫の一件はとくにね。あ、大悪魔のことじゃないよ。ま、君には関係ないことだけど。さあこっちだ。ついてきて。今日から君は僕の下僕。しっかり働いてよね。じゃなきゃ部下ともども即ペルギスかダストロアの餌箱行きだ」

「……」

「さあて、どう攻め込もうか。急所はどこか。にしても僕が死んだと騙せたかな。ちょっと演技安っぽかったしなあ。うーん、でもホント心躍るなー。こんなトキメキ初めて。はやく彼と逢ってみたいなー」


 死んだほうがはるか幸せだったかもしれない。


 コーネリスは無言のまま大司教ヒースの背を見つめ研究棟へ向かった。



 今日も今日とて、私は課長に呼びだされる。


「グレイ、体調はどうだ」

「とくに問題ありません」

「何よりだ。では本題に入るとしよう。あの男、生きていると思うか」

「確証はありませんが、可能性はあります」

「ほう、理由は?」

「サフィアに魔力を吸いつくされ、意識なしい魂が完全消失したのにも関わらず、ペルギスという合成獣は数秒間その姿を留めていました。瞬時に消えるわけでもなく、場に残りつづけるわけでもない。ならば彼の意思によるもの。あくまで可能性の話ですが」

「同感だな。カイト曰く、奴はいくつもの研究を並行して走らせていたそうだ。くわえ迂闊にもカンテラのことを口にしてしまったらしい。ならば、諸々を織り込んだうえで今後の方針を策定しなければならない。グレイ、カイト、サフィア、そしてアル。貴君らをここに置くことそれ自体が諜報課にとって、ひいては国にとってリスクとなる。場合によっては私も含まれる。違うか?」


 この展開。

 何だろうか。

 嫌な予感がしてならないのだが。


「……そこまではなんとも」

「なんだ急に答えが鈍るじゃないか。ところでグレイ。入省して以来ほとんど休みがなかったな。貴君の働きには目を見張るものがあった。よって長期休暇をあたえよう。これから夏真っ盛り。さぞ外壁に囲われたカンテラじゃ暑苦しいだろうと快適な避暑地も用意した。私もちょうど休暇がとれてな。一緒にバカンスを愉しもうじゃないか」

「……あの、それは休暇と呼べるのでしょうか」

「ここは魔法省外局諜報課、その本分はなんだろうな」

「……」

「むろん他国諜報、工作活動に決まっている。要人の亡命依頼だ。ついで白狼の件にも進展があった。グレイ=リースイシュ、バレト公国の潜入工作ならび同行の任をここに命ず。その減らず口と変わらぬ働きに、大いに期待する」


 私は堪らず言った。


「転属ねがいます」


 リリシア課長は酷薄な美形に笑みを浮かべ言った。


「そうか、来世に期待するといい」




 第一部、完。


――――――――――――――――――――

拙作ながら、ここまでお読みいただき本当にありがとうごさいます!

第二部の投稿にまだ時間がかかそうですので一旦、完結扱いとします。

くわしくは近況ノートにて。


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魔法省諜報課の文官はただ天下りたい わらびこもち @warabi_comoti

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