第26話 狂気の神徒(4)

※前話を加筆修正

――――――――――――


「やあ久しぶりカイト、元気してた?」

「……本当に生きてたのかヒース」

「まあね。しっかし参ったよ。待てど暮らせど僕を助けに来ないんだから。いつからそんな薄情な友になったかと心配してみればとんだ横やりだったとはね。まったく見破られるとは計算外だった。君は精神世界の片隅に隠れちゃうし、捜すの大変だったんだよ? 数日、僕のあげた魔法で誰かと入れ替わったよね。過去改変したでしょ。あれ、誰だか教えてくれない?」

「……言うわけないだろ」

「ま、いいか。それより僕から提案がある」

「……提案だと?」

「そう提案。僕の元にきてよ。そしたら村のみんな救ってあげる」

「――!?」

「じつはね、村民たちの魂も肉体もすべて時が止まったままなんだ。コールドスリープって言ってそれもひとつの実験でね。君が要求をのむのなら救ってあげてもいい」

「……そんな口車にだまされるか」

「うーん、破格の取引だと思うんだけどなぁ」

「なぁヒース、なぜあんなことした、なぜ俺を騙した……いったい何が目的だっ!!」

「そんな矢継ぎ早に訊かないでよ。でも君になら特別教えてあげる。根本から勘違いしてると思うからまずそこから正すとしようかな。あの魔法ね、あれは僕がずっとしてきた研究テーマのひとつであって、僕から本部に願いでたことなんだよ」

「――!? そ、そんなの、うそ、だ」

「まあそうなるよね優しい君なら。どうも僕の頭のつくりは君たち凡人とは違うらしい。でも枢機卿たちは僕の言ってることをちゃんと理解してくたし支持もしてくれた。あの後すぐ司教にあげてくれて今や大司教目前だ」

「……お前が、そこまで腐ってたとはな」

「ひどいもの言いだね。善悪の基準なんてどこにあるんだろう。敬虔なる神徒の僕が間違ってるはずもな――」

「お前が信徒を名乗るなっ、ヒース!」

「まあま、落ち着いてよカイト。だっておかしな話じゃないか。なら僕がどうしてここまで神に愛されているのだろうか。神学校で誰ひとり僕に肩を並べるものはなかった。その説明はつくかい?」

「……ッ」

「主ローアはね、人間の善悪になんて興味がないんだ。人間のくだらない価値観で神を語り測ってもしょうがないんだよ。それこそ無礼極まりない行いだ。僕は分を弁えてる。神をけっして裏切らない。そんな僕はただの信徒じゃない。神につかえる徒と書いてなんだよ」

「……うぬぼれるな、そんなの詭弁だ、たんに才能に恵まれただけだろがっ!」

「まあ何とでも言えばいいさ。所詮は水掛け論。そんな話をしにきたんじゃないからね。で、どうする? 僕の提案を受けいれるの?」

「……なぁ、カンテラの件もお前がやったのか」

「ん、カンテラ? あーあれはコーネリスの管轄でしょ。僕は二番煎じのつまらない実験とか政治に興味なんてないし。いろいろモノは提供したけどね。他に聞きたいことは?」

「……ヒース、俺たち親友だったよな」

「そうだね。ちなみに僕は今も君を親友と思ってる。たがいの価値観は天と地ほど違うけれど、君は誰よりも信心深い。凄惨な過去をもってしてなお信仰をやめない忠実なる神のしもべだ。その一点に置いて僕は君を尊敬してやまないんだよ。だから君といて楽しかった。そんな君だからこそ神徒になる可能性をもつとの考えに至った。僕の思惑どおり君は肉体を捨てたようだね。あの肉体は脆すぎた。ちゃんと新たな器を用意してある。最高傑作なんだ。さあおいでカイト」

「……無理だ」

「そんなこと言わずにさ、村民も助かって君も助かる。何が不満なの?」

「……全部お前が仕組んだことだろがっ! いまさら信じられるかっ!」

「うーんたしかにね。こんな展開予定してなかったからなぁ。僕を助けようと捧げた魂を回収して新たな器に入れ替えるつもりでいたんだけど。どうしても無理?」

「無理だ」

「そうか、なら無理やり連れていく。村人も救わない」

「……」

「冗談じゃないし僕にはそれが可能だ、嘘じゃないのわかるよね、どうする?」

「……」

「これが最後のチャンス。ねえカイト、答えてよ」

「俺は……、俺は……」

「時間いっぱいだ、はい、か、いいえ、それだけで――」


 ――――――。


「当然ノーだな。ほう、これはなかなかに奇っ怪な世界だ」

「……だれさ。ていうか部外者はだまれよ、どうやってここに入ってきた」

「貴様にいう義理はない。だろ?」

「にゃ!」

「ごちゃごちゃうるさいなぁ、ここがどこだかわかってる? 精神世界で君たちになにができる? ていうか猫の分際で神聖な空間に入ってくるなよ! まあいいや、とりあえず邪魔だから死ねよ」


 底なしの魔力をたたえたヒースの人影より千手あろうかという無数の黒い手がのび迫り、リリシアとサフィアに襲いくる。


 ――にゃ!


 サフィアの勇敢なひと鳴き。

 描影から青白い光が迸り、黒い手が一斉に消え去った。

 キースの人影は驚いたのか、一歩下がる。


「い、今、魔力を吸われた? なんなのさこれ、勝手にパス繋がるとか。聞いてないよこんなの……ちょっとカイト! なにしたのさ!」

「……わからない」

「これじゃまるで永久機関じゃないか、ッ、まあいい。とりあえず精神世界から引きずり落とすとしよう。姿をみとめ、捜しだし、新たな実験体にしてやるんだから」


 と、サフィアの頭上、おぞましくも猛々しい真っ白な鱗をもつ猛禽の巨大な両足が実体を伴って顕現した。その鋭利な三本爪がサフィアの小さな描影を捕まえようと迫りくる。


「まったく私を忘れてもらっては困るな」


 リリシアが瞬時に張った焱層結界。実体を伴った巨大な足がその動きを止める。


「……っ、よりによってソレか。これはどうしたものかな。ねえカイト、とりあえずきなよ。でないと魂が精神世界に癒着しすぎて、二度と受肉が叶わなくなるよ」

「そうか、でも俺は、行かないことに決めた」

「なんでさっ! 僕たち親友じゃないかっ! 村人がどうなってもいいのっ! 本当に助けてあげるっていってるのに! 君はそんな薄情なやつだったのか!」

「……俺はもう、お前を信じれない」

「……そう、そうか、わかったよ。ならもう村民たちはペルギスの餌にする。その選択に後悔しながらそれでも信仰をやめられない孤高な愚者に甘んじるといい。僕は新たな道を模索して君を導くことにする」

「ずいぶんとペラペラしゃべるのだな、貴様」

「ほざくといい、神力ももなたい三下風情が。とりあえず君もいずれ実験体にしてあげるからその時は喜び泣き叫ぶといいさ。その得体のしれない猫と一緒にね。それでは、これより崇高なる儀式をご覧入れよう! 刮目してみよ!」


 印を結び、両手を天に掲げた黒い人影に呼応するように、目の前に大きな六面体の鉄籠が現れる。そこには眠ったまま六年前の姿をとどめた村人たちの姿があった。


 カイトは一目散にかけ、がしゃがしゃと鉄柵を揺さぶる。


「ニナッ! マルバ! セルアッ! キューリィ!」

「もう遅いよ。それは餌箱でペルギスは短気だからね。どうなっても知らないよ?」


 言うやいなや巨大な足爪がカイトの人影を容赦なくなぎ払う。

 カイトは吹き飛ばされ、腹をかかえうずくまった。

 

「ちょっとペルギス。それは僕の大事な親友なんだ。あまり手荒に扱うよ」


 ギィエエエエエエッ! 不快極まりない雄叫びがサフィアとリリシアの魂をつんざく。そしてぬうと精神世界にその顔を、巨躰をあらわした。鷹のようでいて白蛇のような、巨大な嘴をもつ相貌。皮鱗に無数の目と口がのぞくおぞましいバケモノ。おびただしい量のよだれを垂らし、先の割れた舌で嘴を舐めずる。


「どう? 可愛いでしょ。君たちはその結界に閉じこもってこの子のお食事をだまって見てるといい。どうせ他人ごとだしね」

「ああ他人ごとだな。どうなろうが私の知ったことではない、私はな?」

「ははっ、その猫になにができるっていうのさ。所詮は脆すぎる器。もうわかってるんだよ。精神体への攻撃しかまともにできないってね」

「にゃっ!」

「まったく狼の遠吠えにもおよばない、か弱き声じゃないか。実体にも精神体にも影響をおよぼせるペルギスの前じゃ、なにもできないじゃないか」

「なぁ、さきほどから貴様は何を言ってる?」

「なにってだから」


 リリシアは酷薄な人影に獰猛な笑みを浮かべ言った。


「誰がふたりだけだと言った?」

「――!?」

「本命は貴様の後ろだ」


 リリシアが言い終わる前、私は延々と魔術構築し、ようやく練り上げた心層結界を発動、すでに展開し終えていた。


「……あはは! これは驚いた! すごいすごい、いっさいの気配もなく、無駄のない美しい結界! けど現世結界じゃあ僕の精神体にまでは影響をおよぼ――!?」

「悪いな。すでに精神世界用に組み替え、調整も終えてある。これだけの時間があったんだ。君だけが抜け出せないようにな」

「なっ! 嘘だ! ふざけるな! 僕じゃあるまいにそんな芸当できるわけない!」

「君も私も人間だ。君にできるなら私に出来ない道理はない」

「だまれっふざけるなっ! ペルギス! 食事はあとだ! こいつを殺せ! こいつだけはなんとしても殺せっ! 魔力量は大したことない! 物量で押し込むんだっ! 僕ごとでいい躊躇なくやれっ!」


 ギェッエエエエエエ!!!!

 

 リリシアが焱層結界を全力平面展開させ立ちはだかる。


「デカブツ、貴様の相手は私がしてやる」

「くそっ! くそくそくそ、なにがどうしてこうなった! ここから出せよ! なんだよこの結界! なんで抜け出せないんだよ! やめろくるな、その猫を近づけるな! ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ、ヤメロォオオ!」

「もう詰みだ」

「ふざけるな、僕はこんなとこで死ねないんだ! そうだねえカイト! 助けてよカイト! 僕たち親友だろ? 僕は君を一度だって殺そうとなんてしなかったろ? ねえカイト!」

「……ヒース、俺は、お前を、」


 リリシアが冷徹に言う。


「決定権者は私だ。やれ」

「にゃ!」


 サフィアは猛進し、心層結界を透過し、ヒースの人影に噛みつく。


「ヤメロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


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