第25話 狂気の神徒(3)

「……なんて、今なんつったよグレイ」

「だからヒースは生きてる」

「ふ、ふざけるなっ! 俺がどんな想いで今まで生きてきたと思う! それをヒースが生きてるだと!? 黒幕だとっ!? くだらない冗談も大概にしろグレイッ!!」

「現実を受け入れろ。そして言動を思い返せ」

「思い返すだと……」

「そうだ、私が決定的に違和感を覚えたのはロキ捜索にあたってヒースが発した『遺体特有の魔力残滓がない』という一言。あきらかに死人慣れした言葉だ。神学校で遺体を扱うすべを学んだか」

「ない、ないが、その程度のことでっ! ヒースは必死なってロキを捜してたろ!」

「本音はふいに出る。彼は相当焦っていたんだろう」

「焦っていた?」

「そうだ、予期せぬ事態で実験に支障をきたしたのだから」

「もういいやめろ! 全部お前の憶測で妄想だ! それ以上ヒースを穢すな!」

「いや、やめない。君はそれを聞く義務がある。なにせ私がこの任にふさわしいと君が勝手に決めて巻き込んだのだから。そんな私の意見をないがしろにする気か。なんのために私はここにいる」

「……」

「たしかに彼はロキを必死になって捜した。ロキ失踪それ自体は想定外のことだったのだろう。だが、ヒースの残した手紙によって点は線に繋がった。『精神世界共有』なる魔法には信者の高い信仰心とシンクロ率が求められる。彼はあの時、母親に罵声を浴びせられていた。嘘つき、何が女神ローアよ、と。その感情はまちがいなく周囲に伝播した。このままでは村民の信仰心がゆらぎ実験が行えない。だから必死になって捜すふりをし、ロキの父親にそれを示し、手厚く葬儀をとりおこなって母親を納得させ――」

「……やめろ、もう言うな、全部お前の憶測じゃないか」

「そうだ、推論だ。だがそれを証明しうる生き証人を私は知っている」

「生き証人、だと?」

「ああ、イザベル=ラースロイ。隣教区のクロスベルクに派遣された君の同期だ」

「……イザベル!? 彼女もまた犠牲になったんじゃなかったのか!?」

「彼女は健在だ。今は私の諜報協力者をやっていてる。まったくコークスからずっとニアミスもいいとこだな。まあ彼女は秘密主義で班長のクロノ以外には会いたがらなかったからな」

「……うそ、だ」

「彼女に聞けば何かわかるんじゃないか」

「……いや無理だ、俺はもう肉体を失って精神世界にしかいられない。この魂だってヒースを助けるのと引き換えに主にささげるつもりだった。もう確認のすべがない」

「何を言ってる。肉体ならあるじゃないか、魂のぬけた私の身体が」 

「……」



 まったく正気とは思えない提案になぜか俺は従っていた。

 グレイの声はいつも淀みなく核心をついてくる。

 もうこうなった以上、確かめるしかない。


 俺はグレイの身体で目を覚ました。

 そこは見慣れない屋敷の一室。

 ドアの存在しない部屋に四苦八苦してなんとか脱出し、そこがスカーレット邸だったと知ったときには、リリシアの寵愛ぶりに驚き呆れたが、今はそんな場合じゃない。


 グレイに言われたとおり路地裏の一角から地下におり、ペンダント石が指し示す光筋をたどって細道をすすむ。いくつも張り巡らせてある複雑怪奇な結界も、承認ずみのこの身体はなんなくすり抜け先へとすすんだ。


 扉をあけた先、魔術ランプに照らされた華やかな生活空間に彼女はいた。


 昔とは似ても似つかぬ薄衣姿と髪色の、しかしまぎれもなく本物のイザベルが優雅に紅茶を啜っていた。


「連絡もなしに来るなんて貴方らしくもないわね。口説きにでもきたのかしら?」

「……ラースロイ、君は本当にイザベル=ラースロイなのか」

「――!? なぜその名を知っているの、貴方だれ」

「……俺はカイト、神学校同期のカイト=ルーレン、グレイの身体を借りてきた」 


 イザベルはあからさまに眉をひそめ、そして言った。


「嘘はなさそうね。ほんと世の中狭いわ。まあいい。なんとく繋がってきたから。ああそう、なら幌馬車の彼はまちがいなく。ふっ、まったく彼ときたら。なら聞きたいことも大体わかってる、とりあえずそこに座って」


 豪奢なソファーに向き合い、彼女は問うた。


「で? 何が知りたいの」

「あの日、何が起きたんだ」

「ふうん、まわりくどいのね。現実を受け止めきれてないって感じかしら。まず言うと当然ながら私も巻き込まれた」

「――!? じゃあなんで生きている!」

「決まってるでしょう、私はそこまで信心深くなかったからよ。村民ならみんなドロドロに溶けて黒い蒸気となって消えた。すぐに教会本部の仕業とわかったわ。わずかにパスが繋がって『精神世界なんとか』て聞こえたから。まったく今でも夢に見るような地獄絵図だった。私は無心になって逃げたわ」

「……それで犯人は知っているか」

「直接は見てないわね。でも逃げるだけだなんて癪だから貴方のいるミトルスプヤに向かったの。なぜだかわかる?」

「いやわからない」

「貴方の親友がちょうど教会本部からこっちに来てたからよ。そんな偶然ってある? 彼は計三回もこっちに赴いた。馬車の通り道に私の赴任した教会はあったから知れた。親友に会いたいってだけで普通くるかしら? 教会本部がそれを許可するかしら? 研究調査、進捗確認のほうがよほどしっくりくるんじゃないかしら?」

「……」

「森に潜伏して村の様子をうかがおうって時、貴方の言うところの神のお導きがあったわ。まさか魔法も魔術もろくに扱えない少年がハチミツを探しに森に分け入ったのね。当然ながら玄狼に囲まれていた。それで思ったの。女神ローアは私に魔法技術を学ばせたかわりに彼を助けなさいと」

「……まさか、ロキ、ロキは生きているのか!」

「ぜんぶ聞こえていたのでしょう、来なさい」


 奥扉がギィと開く。

 そこにはやんちゃ放題だった少年がわずかな面影を残し、くしゃくしゃの顔に涙を浮かべていた。


「先生、オレ、オレさあ、先生に村のハチミツ食べてもらいたくって、目と鼻のさきにそれがあって、どうしてもそれとりたくって……」


 俺は抱きしめた。あの頃よりすっかり大きくなって、ゴツくなって、俺の身体だって自分の身体じゃないけれど、たしかにあの頃の幸せだった日々が鮮明に浮かんだ。


「私は暴れるこの子を連れて去ったわ。ヒースの索敵範囲も戦闘能力も尋常じゃないもの。あれはバケモノね。それが私のやれる限界だった。今でも後悔はない。この子がどう思ってるかは未だ知らないけれど」

「……やっぱヒースなのか」

「他にないでしょうね。さらにいうとカンテラの件も似たような手口だったでしょう。偶然かしら」

「――!? あの黒幕もヒースだっていうのか!」

「さぁ? そこまでは知らないし知りたくもない。これ以上は関わりたくないの。私は私のことで手一杯なの。だからごめんなさい」

「……いや、俺の方こそすまない。本当にすまない」

「なら早く帰ってくれないかしら。その姿で感情剥きだしにされると脳がバグってさっきから吐き気がとまらないの。貴方はもうこの世にいちゃいけない。でしょう?」

「だな。わかった。最後にロキにあえてよかった」

「……先生」

「なあに、そんな顔するなロキ。もういいんだ。ひとりでも救われて俺は本当によかったと思ってる。あとは主のもとに還るだけだ。悲しくはないさ」


 奥扉に幾人もの子どもたちの目が覗いていた。

 あの日、助けられなかった人々への贖罪なのだろうことはすぐ理解した。

 名残惜しそうなロキに別れを告げ、諜報課へと向かう。

 最後に仲間たちの顔を見てのち、応接室で魔法を発動させた。



「よおグレイ、ほんと迷惑かけたな」

「もういいのか」

「ああ、これからお前を元に戻す」

「君はどうなる?」

「こうなった以上、肉体の寿命が尽きるはずだった日まで俺は魂のまま精神世界を漂い続けなくちゃならない。誰か救いたいやつがいれば話は別だがな。お前にはその権利がある。貸しがある。なあグレイ、誰か救って欲しい奴はいるか」


 一拍をおき、彼は言った。


「ひとりいる。カイト=ルーレン、私の同僚だ」


 一瞬、言葉がでなかった。

 魂が震えた。

 だってそうだろう。

 彼がどこまでも最高に粋な男だと、俺は思い知ったのだから。


「そうは言ったってグレイ、手立てはあるのか」 

「道筋は見えない。ただ猶予はある」

「なら期待ぜす待つとするよ。パスを繋ぐだけの余力ならあるからな。目処がついたら連絡くれ。これがその魔法式だ。覚えれるか」

「問題ない。記憶した」

「ふ、まったくお前ってやつは」 

「では戻してくれ」

「……なぁグレイ、本当にありがとな」

「礼ならすべて終わったあとだ。それまでは一切受けつけない」

「だな、じゃあまたなグレイ」

「ああまただ、カイト」



 私は諜報課の応接室で目を覚ます。

 

 カイトには道筋が見えないと言いはしたが、なんの目算もなく助けると大口を叩くほど私は楽観主義ではない。実をいえば残された時間はそうない。はたして気まぐれな彼は今どこにいるのか。いそぎ目的の相手を捜すため、私は索敵方陣を全力展開させカンテラ中を捜しまわる。



「やあ久しぶりカイト、元気してた?」

「……本当に生きてたのかヒース」

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