飛ばせるだけが能じゃない
水瀬 由良
飛ばせるだけが能じゃない
また、帰ってこない冒険者が出ている。
とりあえず、トリを飛ばす。
だから、受けるべき仕事を間違えないように注意しているのに。ちょっと事情があって、冒険者ギルドの受付をしているが、私だっていつもは冒険者だ。難しい仕事を受けて、早くランクアップしたいという気持ちはよく分かる。しかし、冒険者にとって焦りは油断と同じくらい大きな敵なのだ。
それぐらいは分かって、冒険者になって欲しい。
ランクが上がれば、よりよい報酬の仕事を受けることができる。だから、焦る気持ちは分かるのだが、だからといって死んでしまっては元も子もない。
仕事には目安期間が設けられる。
その目安期間内に帰らなければ、ギルドからトリを飛ばすことになる。トリというのは、ギルドの連絡手段だ。冒険者にはギルドから発行されるカードが渡される。このカードにはギルドに登録された氏名や生年月日、受けた仕事内容などが記録されていて、ギルドがトリを飛ばすことによって遠隔からも確認できるようになっていた。トリを飛ばさなければならないのは、カードという魔道具を起動させるためだ。
魔法なら、わざわざトリの形を作る必要もないはずだが、魔法はイメージの世界でイメージをしやすく、なにより昔は本物の鳥を使っていたと聞いたことがある。
そのために、トリを飛ばしているのだ。
「トリ、アエ、ズ」
帰ってこなかった冒険者についての連絡が来る。
あっちゃ~、一番厄介な形での報告だ。
まず、トリというのは生存は確認できたということになる。死亡していると、「トリ」自体が確認できないことになり、「ソラ」と報告される。
その上で「アエ」というのは仕事は途中で、終わってないということ。
終わっていれば、「イエ」ということになって、終わっていて、帰る途中ということになる。
そして、「ズ」というのは、まだ仕事を他に回せる状況でないということだ。
他に回せるのであれば、「ル」と報告される。仕事を「トリアエル」ということになっているということで、仕事を他に回す。
現在の状況は、仕事は他に回せないし、生存しているから救出しに行かなきゃいけないし……という状況だ。
「仕方ないか」
私は受付の仕事を他の人に任せて、別のトリを出す。
陸上を走るダチョウというトリだ。空を飛ぼうと思うと、ダメなことはないが、小回りは聞かないし、なにより目的の場所にモンスターがいた場合に狙われやすい。
ミイラ取りがミイラにならないようにしなければならない。
急ぎ、目的地に行く。
「あ~、これは確かにちょっと厳しいな」
洞窟の前にジャイアントグリズリーがいる。あれはDランクでも倒せない。逃げることはできるかもしれないけど。今、来ているのはFランクの冒険者だから帰ってこれなくとも無理はない。今回の仕事はEランクのミニマムグリズリーの討伐だったから、運が悪かったところもあるかな。ただ、知識としてグリズリーやジャイアントグリズリーと出くわす可能性が0ではないってことを知っておけば、逃走ぐらいはできたかもとは思ったりもする。
ジャイアントグリズリーは討伐なら、かなりBランクよりのCランクってところで、逃走ありの調査でもCランクの中位ぐらいかな。あのグリズリー、巨体で、しかも暗がりを怖がるから洞窟には入ってこれないけど、足はやたらと速いんだよね。
まだ、よくあるパターンでよかった。
今回の仕事の目的は弱めのモンスターの討伐だったが、モンスターが出てくることには変わりはない。そこで強いモンスターが出てきた場合に、うまく逃げることができればいいのだが、今回のように小さな洞窟に逃げ込むしかなく、帰るに帰れないことになる。
洞窟内にトリを飛ばす。
洞窟内からトリが返ってくる。
「タスケテクレ、モウ、ショクリョウ、スクナイ」
まぁ、そうだよね。まだ生きていてよかった。食料が少ないということはまだ、あるということだ。それも目安期間に関係してくることで、このパーティーは目安期間の食料を用意していたのだろう。その点はちゃんと冒険者をしていて称賛していいと思った。
私はジャイアントグリズリーをサクッと倒して、洞窟内に入って、救出する。
4人の冒険者がいた。
「もう大丈夫だよ。出てきてもいいよ」
洞窟の入り口から私は促す。
「リーダーのアインストだ。ありがとう。助かった。他の連中はアクア、ガイ、オスロって名前で、ギルドの登録とも合うはずだ」
4人が洞窟から出てきて、1人が挨拶をした。
うん。確かに、4人の生存確認っと。
「運がなかったこともあるけど、逃走手段はしっかりと用意しておかないといけないよ。特にモンスター討伐の場合はね」
「確かにそうだ。すまない。ところで、ジャイアントグリズリーを倒してくれた人はどこだ? 礼がしたいのだが」
「いや、それは私。ここには私だけだよ」
「えっ? しかし、確か、あんたは受付にいたマリアさんだろ」
アインストは怪訝な顔を浮かべる。洞窟の外にいる黒焦げのジャイアントグリズリーを見て、より不思議に思ったようだ。
まぁ、そうなんだけどね。ほら、私って華奢っていえば華奢だし。
その時、森からもう一つ大きな咆哮が聞こえた。
のっそりとモンスターが姿をあらわす。ジャイアントグリズリーがもう一匹いたのか。さっきのより少し大きい。おそらく、さっき倒したのが雌の個体で、今出てきたのが雄の個体だ。運が悪いなぁ。ジャイアントグリズリーは基本、単独行動しかしないのに。
アインストの顔が恐怖に染まる。
「もう一匹かぁ……」
私はそう言って、私の得意魔法。鳥魔法を使う。
ありとあらゆる鳥を出せる魔法。
イメージさえできれば、なんだって出せちゃう。
そう、今のようにフェニックスだって出せるのだ。
ジャイアントグリズリーを瞬殺して、私は振り返る。
「しとめ忘れててごめんね。でも、もう安心だよ」
「受付ってどうして……」
アインストが驚愕の表情を私に向ける。
「えっとね、まだ、知らなくても仕方ないけど、。ギルドの受付ってすごく大変なの。冒険者同士のけんかの仲裁とか、今回のように冒険者の捜索とか。他の冒険者を待ってたら、その冒険者が死んじゃうからね。だから、ギルドの受付って結構強いんだよ」
私は解説する。
「受付ってトリを受けたり、飛ばしたりってだけじゃないんだ」
4人パーティーの中の1人の女の子、アクアだったっけ?が言った。
「それが得意なのは確かだけど、それだけじゃ務まらないんだよ」
その気になれば、トリを10羽ぐらいは一気に飛ばせるし、得意だ。けれども、それだけではダメなのだ。
「さてと、帰るよ。ギルドに帰って報告しないと。ジャイアントグリズリーが出るってわかったら、ちゃんと捜査しないとね」
帰りはモンスターを気にする必要もないし、小回りを必要とすることもない。私は巨大な鳥を出して、4人を乗せて一気にギルドまで帰る。
連絡に、移動に、戦闘に、人命救助……
ギルドの受付っていうのは、いろいろなことができないとできないのだ。
飛ばせるだけが能じゃない 水瀬 由良 @styraco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます