その伝承、違うんですっ

魚野れん

気をつけて、私を残していかないで。

「くれぐれも! トリには気をつけてください」


 セーレンは繰り返される言葉に、うんざりとしながらも頷いた。そもそも、トリが何なのかが分からない。聞き返してもプラハトは「トリはトリです」としか答えてくれない。不親切すぎる忠告に、セーレンはため息を吐くのだった。


 レープハフトの遺体を埋葬するにあたり、彼が願っていた惑星に向かった宇宙船フロイライン。相変わらずセーレンは元々の仲間と合流できていないが、少しだけ変わったことがある。それは、プラハトがレープハフトの死を正しい意味で受け入れたことで、以前のような明るさが戻ってきたことだ。

 明るく振る舞っていても、なぜかセーレンとかみ合わなかった会話。それが、ずれていたチャンネルがぴたりと当てはまったかのように、成立することが増えてきた。


 それにしても、トリとは何なのだろうか。セーレンはプラハトが大切にしていたはずのレープハフトの立体映像――こちらは動かないし、話しかけてきたりもしない――を見つめた。

 “見えるところにあったらずっと見てしまいそうだから”という理由でプラハトが手放したそれは、今はセーレンの部屋のテーブルに置かれている。

 プラハトが出会った時の姿だろうレープハフト青年の立体映像が、何となく彼女の未練を伝えてくる。どんどん衰えていく彼を見守るのは、どんな気持ちだったのだろうか。別れを予感しながら過ごす日々は、辛くはなかったのだろうか。

 きっと、セーレンが質問したところで、プラハトは困ってしまうだろう。


「あなたなら、トリが何なのか知っているんだろうなぁ」


 笑顔の青年は、答えない。




 ようやくレープハフトの故郷へと降り立ったセーレンは、棺に道案内させるようにして移動していた。フロイラインは大きくなりすぎてしまい、遠くにしか着陸できなかったのだ。よって、こうして仕方なく移動しているわけだが、なんとも景色が悪い。

 元は美しい景色だったのだろうこの星は、もはや見る影もない。砂漠化が進んで砂埃の舞う中、環境に適応したらしい植物がかろうじて生きているだけだった。

 レープハフトの墓は、崖の上にあった。どうしてなのか、との立体映像――起動後、一週間で消滅するようにプログラムされていて、予告もなく立体映像を映し出さなくなってしまった――に聞いたら「崖下からフロイラインが浮上してくるのを眺めるのが好きだったんだ」と言われてしまい、何とも言えない気持ちになってしまったことを思い出す。


 しんみりとした気持ちになりながら墓に訪れると、そこは以外にも綺麗に管理されていた。誰も住んでいなさそうなのに、いったいどういうことだろうか。不思議に思いながら、納棺準備を進めていく。すると、不思議な一団が遠くを移動する姿が見えた。崖の下を、鳥の群れが走っている。

 まっすぐに一列の隊を組んだそれは、遠くて何の鳥なのか分からないがどうやらこの星の生物らしい。


「トリって、本当にそのまま鳥のことだったりして」


 セーレンは不思議な生物から視線を外し、レープハフトの納棺に戻った。納棺を使用という時になって、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。砂の上を走る音から、さっきの鳥ではないと分かる。振り返れば、慌てた様子のプラハトが駆け寄ってくるのが見えた。


「……プラハト?」


 私は行かない、と言っていたはずだったのに、どうしてここに現れたのだろうか。それ以上に焦った様子を直接見るのは初めてで、驚いてしまう。


「よかった! 無事だった!」


 息を乱しながらセーレンの元にたどり着いたプラハトは、その勢いのまま抱き着いてきた。


「会えば幸運に導かれるというあのヒクイドリの伝承、本当は違うんです!」


 プラハトが何を話そうとしているのか、セーレンにはまったく分からない。


「本当は、その一団のトリに会えずにいれば幸運になれるっていう伝承なんです。一団の最後尾トリにいる鳥は群れのボスで、とても狂暴で……セーレンなんか、ひとたまりもないに決まってます」


 プラハトの言うトリの正体がようやくわかった。さきほどの一団――特に最後尾にいる鳥――のことだったのだ。あの生き物が、どれほど狂暴なのか、今のセーレンは知っている。

 ヒクイドリ。最強の狂暴な鳥として、なかば伝説のようになっている鳥だ。その詳細はインストールされておらず、セーレンには危険な動物としての認識しかなかった。

 だが、一つだけ変な情報が混ざってたことを思い出す。


「トリ会えず、生き残りしは……幸運の者。私以外は、橋の向こうへ……」


 やけにふざけた句だと思ったそれを、呟いた。そんなセーレンに向けてプラハトが真剣な顔で囁く。


「それ、ダジャレじゃなくて……実話です」


 セーレンの背筋が凍りついた。その後ろで、レープハフトが大笑いする声が聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その伝承、違うんですっ 魚野れん @elfhame_Wallen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ