第8話 エンディング ver.2.0

 老婆が作った墓の横、小鳥、少女の横に穴を掘る。穴を掘ろうとうつむくと背中から血が垂れて、雪の上に染みを作る。その血をかき分けるように素手で穴を掘ると、爪が折れて指に刺さった。だが痛みは感じない。


 穴を掘り終えて、ユキを埋葬すると死者たちに手を合わせる。


 小鳥、少女、ユキ……墓の並びを見て、はっと気がついた。少女を殺したのはユキではなく、彼女は小鳥のときと同じように、手当てしてほしくて連れてきたのではないか。


 最後まで人を殺さなかったユキが、少女を遊び半分で殺すわけがない。確かめるすべはなかったが確信した。


 同時に、自分のバカさ加減に怒りがこみ上げる。

 あのとき怒鳴りつけなければ……ユキも銃を向けられたときに抵抗したかもしれない。「人を殺すな」なんて言わなければよかった。


 自分は何人も手にかけておきながら、聖人を気取ったのが間違いだったのだ。


 慟哭した。


「なぜだ! なぜなんだ! なぜ私はここにいる! 神よ、いるなら答えろ! なぜ私は生き延びている! 吸血鬼とはなんなんだ!」


 夜空は満天の星を湛えたまま、黙っている。


 ◆


 ルルは山小屋のなかを片付けていた。立つときは痕跡を消す主義だというのもあったが、片付けることで記憶からも消えるような気がしたからだ。


 ユキが寝床にしていた毛布も片付けようとして、触れた瞬間にユキの体温を感じた気がしたが頭を振り、そんな感傷を吹き飛ばす。そのとき、毛布のなかからピースが一箱転げ落ちた。


 なぜユキがピースを隠していたのか、ルルの健康を考えてのことなのか、それとも宝物だと思ったのか……クマの考えることなどわからない。


 無性にありがたかった。ユキが最後までルルに寄り添ってくれたような気がしたのだ。


「ユキ、お前には不要だろ?」


 ルルは自嘲的な抑揚でそう呟いて、外でタバコに火をつけた。


「線香なんて上等なものはないから、これで勘弁してくれ」


 ルルはユキの墓前に火のついたタバコを一本差す。その指は震えていた。


 また山小屋に戻って、背中に穴の空いたコート、シャツを脱ぐ。綺麗な形の裸体、真っ白な肌が露わになる。部屋を漁り、老婆がイタコ時代に使っていたであろう白装束を纏った。


 星空が輝くなか、ルルは山小屋の横に停めたバイクを押して山を下った。撃たれた背中は痛かったが、歩けないほどではない。


 道に出ると立ち止まり、ピースに火をつけた。ゆっくりと吹かしてから、エンジンをかける。辺りに低い音が響く。


 夜、雪のように白い装束を纏った少女は闇のなかへ走り出した。

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冬山にて 清原 紫 @kiyoharamurasaki

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