第7話 強い抱擁 ver.2.0
ルルの手の届かない距離から、男が猟銃を構えた。まずいな、いくら吸血鬼の肉体が強靱といえど、至近距離からの一撃は痛い。夕日など気にせず、もう一歩踏み出そうとした瞬間。
ルルの脇からユキが飛び出した。夕日で焼かれるのも気にせず、猟銃を構えた男に馬乗りになった。男は慌てて照準をユキに合わせたが間に合わない。
ユキが男の喉笛を掻き切ってしまえば終わりだ。当然、そうなるものだと思った。
だがユキはあと一歩のところで、男に手を出さなかった。代わりに銃声が響き、ユキの顔面が吹き飛んだ。散弾銃だった。
ルルは夕日に焼かれるのも頓着せず、駆け寄った。
「大丈夫か!」
大丈夫なわけがない。一目瞭然だったがかける言葉がなかった。ユキの鼓動すら止まっていない身体を強く抱きしめる。生きている。まだ生きている。吹き飛んだ顔面の喉から苦しそうな息が漏れていた。
ルルはユキに覆い被さった。そこへ体勢を立て直した男が銃弾を撃ち込んだ。弾丸はルルのコートを破り、皮膚を引き裂き、肉をえぐる。一発、一発ごとにルルの背中から鮮血が飛び散った。
ルルがユキを強く抱きしめれば抱きしめるほど、ユキも抱き返してくれるような気がして手を離せない。
「私は大丈夫だよ。ルルは逃げて」
そう聞こえた気がした。
いったい何発の銃弾を受けただろうか、ゆっくりと立ち上がると男たちは悲鳴を上げながら逃げて行く。
ユキは脈も止まり、硬直が起き始めている。ただ生きてほしかっただけなのに……それがたとえ人倫に反するものであっても、ただ生きてほしかっただけなのに。なぜそんな願いが叶わないのだろうか。
何時間過ぎただろうか……寒空に浮かぶ星座がゆっくりと動いた。
いつまでもこうしているわけには行かない。もちろんここで奴らを待ち伏せして、返り討ちにしてやってもよかった。殺してやりたい、60年前と同様に怒りをぶちまけたかった。
それがなにになる?
もうユキは戻ってこない。ユキは最後の最後まで人を殺そうとしなかった。そんな彼女の弔いが殺人であっていいわけがない。
ユキの冷たくなった身体をもう一度、強く抱きしめて、泣いた。
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