トリあえず保護してみたはいいけれど……?

銀色小鳩

トリあえず保護してみたはいいけれど……?

 住んでいるビルの階段を上っていると、足元に小さな生き物がいた。危うく踏んでしまいそうになり、手ですくって拾い上げると、雀のヒナだった。

 真上をみるとかなりの高さの場所(恐らく三階の天井の高さに相当)に巣があった。私がいたのは一階から二階へ上がる階段だ。とても戻してあげられそうにない。


 今ならわかる、それは鳥の雛が巣立つときの、自立の練習期間の雛、「巣立ち雛」というやつだ。何十年と経ってからSNSで知った。うまく飛べないが、近くで親鳥が見守っている。人間がいると親鳥が近づけないので、基本人間は手を出してはいけない。危ない場所からそっと草むらなどに移すのは良くても、私のように「巣から落っこっちゃって戻れないのか、どうしよう? 保護……?」などと言って連れて帰ってはいけないのだ。

 当時の私は高校生で、SNSをやっていないどころか、パソコンというものを通信目的で触ったこともなかった。携帯もない。ドラマで某ポケベル不倫ドラマがやっていた頃で、今のようなネット環境はなく、巣立ち雛をどうしたらよいかを検索するような文化も環境も無かった。拾った雛が「巣立ち雛」であるという知識も、知識を得るルートも無かった。


 私は家に帰って「鳥の雛が落っこちてて、巣に戻れなさそうだし、踏んじゃいそうだし、連れてきたんだけど……どうしよう」と、多分親に相談した。そして小さな箱を貰い、飛べるようになったら野生に戻せるのだろうか、と思いながら、何かしらの雛用の餌をあげることにした。

 何をあげようとしたのかはっきり覚えていないのだが、父親に相談して、教えてもらったものか、近所の巨大ペットショップで買ってきた鳥の雛用の餌だったと思う。小さなスプーンかスポイトかストローに柔らかくした餌を入れて、雛にあげようとした。

 ところが、雛は口を開かなかった。くちばしをツンツン触っても、口の近くに餌を近づけても口を開かない。

 私が離れると鳴くし、口を開く。お腹がすいていそうだった。

「怖がってるんだな……」

 箱の蓋をしめて、開けてみる。開けたとたん雛はくちばしをパカッとあけたが、目の前にいるのが親鳥ではなく私だと瞬時にわかってくちばしを閉じてしまう。「ついうっかり口を開いたら食べてしまった。ん? おいしい……?」という展開を期待していたのだが、私は体育の成績は二である。雀の素早さに勝てるような俊敏さはない。箱を開けて、どんなに素早く口元に餌を持って行っても、雀はくちばしをすぐに閉じてしまうので、間に合わないのだった。

 もっとお腹がすいたら食べる……?

 

 二日目もそんなことを何回か繰り返し、悟った。

 この子は、人間からは餌を受け付けない。私がここで保護していたら死んでしまう。

 でも、あの巣には戻せない。どうするか。

 私は、一番広い、周りの景色がよく見渡せるベランダの植木のかげに、雛を放した。カーテンを少し開けたままにして、様子を伺った。雛はしばらくそこにいた。学校へ行き、帰ってきたときも、そこにいた。その次の早朝、ベランダを見ると、雀が何羽か集まってきていた。一対一ではなくて、沢山の親鳥といった感じの集団が、雛のまわりでチュンチュンと喋っていた。

 脳内に会話が聞こえるようだった。


「ねぇ、この子どこの子?」

「どこの子かしらねぇ」

「わたしの情報網で、この子のお母さん探してみるわ」

「あ、あそこじゃないの、このビルにも確か、いたわよ。そうそう、トリ山さんちの子じゃない?」

「トリ山さんはどこいったの?」

「会う鳥会う鳥、ちょっと聞いてみるようにしましょうか」

「トリ山さんのことも聞いてみるわ」

「どうしようかねこの子」

「トリあえずご飯は……」


 ……そんな会話が。


 しばらくすると、ベランダに一羽の成鳥の雀が通ってくるようになった。雛と一対一でなにかしている姿を何回か見たが、数日しないうちに二羽とも見なくなった。たぶんあれは親なんだろう。


 とりあえず、雀の子育ては雀がするべきなんだなぁ、というのと。雀の集団の様子が、ご近所のおばちゃん同士の会話にしか見えなかったので、雀同士ってちゃんとしたコミュニケーションしてるんだな、というのとで、しばらく記憶に残っていた。

 その後、巣立ち雛というものを知ってから、「ああ! あれ、そうだったのか」とわかった。すぐにベランダに放せばよかったんだろう。自分の子供が目の前で別のデカイ動物に連れ去られてしまった親鳥の気持ちを思うと、反省しかない。


 ちなみに、保護した期間が長くなるほど、野生に復帰するのは難しいそうだ。雛がくちばしを開けなかったのは正解だった。あそこで餌を私の手から食べてしまっていたら、飛べるようになるまでと言いながら、保護し続けてしまっていたかもしれない。数日で放していなかったら、あの雛は野生に帰ることができなかっただろう。放すことができてよかった。

 トリ同士でトリあえず再会できて、本当によかった。

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トリあえず保護してみたはいいけれど……? 銀色小鳩 @ginnirokobato

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