おじいちゃんとモンチッチ 【黒歴史放出祭】
知良うらら
おじいちゃんとモンチッチ
黒歴史、と聞いて。
自分の中で思い当たる、最もおぞましい出来事について話そうと思う。 それは、明治生まれの私の祖父と、昭和生まれの私の物語である。
この出来事は私の心の中で長年、ぐだぐだに
明治生まれの私の祖父は、子供の私にとっては、ごく普通の、ちんまりとしたおじいちゃんだった。
昭和の茶の間の片隅にによくいた、この様なちんまりと静かなおじいちゃん、おばあちゃん達は、私が大人になってから知った事だが、時代的に自身の生きてきた人生経験と苦労が濃密過ぎるが故に、老後は静かに、食べる物と
私の祖父もそんな明治の男で、戦時中を生き抜いて来たのはもちろんの事、若い頃には厳しい自然や生命に向き合う仕事を長くして来た人だったらしく、孫の私が物心着いた時には、すでに容貌にも枯れた風格が完成されており、たとえるなら樹齢数百年の
とにかく寡黙な祖父であったが、祖父が発した言葉で私が覚えているのは、幼かった私やきょうだいが食事中に余りにもはしゃぎ過ぎた時、一年に一回位だけ、「うるさい!」と雷を落とした、その言葉くらいである。
そんな重厚感ある祖父だったのだが、私が幼稚園か小学校低学年くらいのある日、ぶらりと街のデパートに買い物に行って、あるものを買って子供達に包みを渡してくれたのである。
それは、綺麗なデパートの包み紙に包まれて、ちゃんと子供たちの人数分用意されており、普段はお下がりばかりで、自分宛に物を贈られる事などほとんど無かった子供の私は、喜び勇んでその包みを開けたのだった。
包みの中に入っていたのは、あの、「モンチッチ」のぬいぐるみだった。
いや、正確に言えば、「モンチッチと似て非なる、猿のぬいぐるみ」、つまり「モンチッチもどき」だったのだ。
うーん、違う、何かが違う。
モンチッチのあのぷっくりとした
モンチッチの星の入った、あのつぶらな瞳……、でも無い。
極め付けは、モンチッチの最大の特徴で有る、すぼめた口の穴に自分の親指を入れておしゃぶり出来る……、はずなのにこれは出来ない。
違う、違う! こんなのはモンチッチじゃ無い!
その時は空前のモンチッチブームで、隣の家の子も、向かいの子も、斜め向かいの子もみーんな持っていたのだ。あの可愛らしい本物のモンチッチのぬいぐるみを。
「あら良いじゃない、可愛いモンチッチね。」
と母親は言う。
私の年長のきょうだいも、これは何か違うな、と言う顔をしながらも、そこは私より少し大人だったからか、
「ありがとう、おじいちゃん。」
と言って、そのぬいぐるみを受け取っていた。
それなのに私と来たら……。
「おじいちゃん、違う! 違う! こんなのはモンチッチじゃ無い!」
と烈火の如く怒り、その似て非なるモンチッチもどきを、おじいちゃんに投げ付けたのだった。
その時のおじいちゃんの、石のような、木のような、凍りついた表情を私は今でも忘れることができない。
孫があんなに欲しがっていた、何やら今流行りのモンチッチとやらのぬいぐるみ、もらったら孫は大喜びするに違いない、祖父はそう考えて、子供達が喧嘩しない様に、わざわざ人数分デパートで買って来てくれたに違いない。
考えてみれば、贅沢品とは無縁の明治生まれの祖父が、モンチッチとモンチッチもどきの違いなど、判別出来無くても無理は無いのだ。
しかも、買い物慣れしていない寡黙な祖父が若い店員さんに、
「これ本物のモンチッチですよね?」
などと確認出来るはずも無い。
今なら分かる。祖父の気持ちが痛いほど。ごめんなさい、おじいちゃん。
なぜあの時の私は、違うと気付いていても、おじいちゃんがわざわざ買って来てくれた気持ちを思いやり、笑顔でぬいぐるみを受け取ってあげられ無かったのだろう。
その後、見事に負傷したモンチッチもどきは返品交換をする事も出来ず、私はその負傷したモンチッチもどきを目にする度に、胸に変な怒りや、熱くとぐろを巻く重苦しい感情を抱き続ける事になった。
その感情は、数年後にそのモンチッチもどきがいつのまにか行方不明になった後も、祖父が天国に旅立った後も、連綿と私の心の中に
私は、今でもこの苦い思い出を黒歴史として、あの石の様に硬かった祖父の
この
おじいちゃんとモンチッチ 【黒歴史放出祭】 知良うらら @Chira_Urara
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