呪文は省略されました。

美澄 そら

お題【トリあえず】



 テラス席のあるカフェだった。

 コーヒーの評判がいいから前から気になっていたけれど、なかなかタイミングが合わずに来れずに居た。

 白いカッターシャツにモスグリーンのパリッとしたエプロンの店員さんに案内されて、窓際の席に座る。

 大きな窓は外との隔たりを感じさせないほど透明で澄んでいる。 

 そして、そんな窓の向こうはテラス席で、女性二人が楽しげに話しているのが見える。

 メニュー表をめくりながら、あれもこれもと食欲を刺激されていると、先程案内してくれた店員さんがお手拭きとお冷を用意してくれた。

「ご注文お決まりになりましたら、テーブルのボタンでお呼び立てくださいね」

「あ、はい」

 店員さんが去って、またメニュー表へ視線を落とす。

 さて、どうしようかな。

 まず、コーヒーがホットで五種類。それぞれのアイス版もあるから、選択肢は十種あるわけだ。

「ふむふむ」

 初めて来たお店だし、看板のブレンドにしようか。それとも、アメリカンで様子見するか、カフェオレやカプチーノでまったりするか。

 優柔不断な性格が災いして、なかなか決まらない。

 こういう時はフードメニューから選ぼうか。幸い、小腹が空いているので軽食程度であればペロリと美味しく食べられることだろう。

 メニュー表を一頁捲りフードメニューを開いたとき、モスグリーンのエプロンが視界の端を過ぎった。斜向かいのカップルのところが呼び出したようだった。

「とりあえず、これと――」

「はい。お二つですか」

「お願いします」

 思わず聞き耳を立ててしまう。

 とりあえず、なんだろう。ビール? 昼間から?

 メニュー表のドリンクの項目には、種類こそ少ないがお酒も載っている。

 すると、奥の席へ別の店員さんが向かった。ご年配のご夫婦がメニュー表を指差し「とりあえず、これね」と店員さんに頼んでいる。

 ご夫婦が頼んだことで、ビールの可能性は低くなった。

 ではなんだろう。フードメニューだろうか。

 いや、ご夫婦のテーブルの真ん中にはすでにサンドウィッチが届いているからその可能性も低い。

 好奇心がくすぐられる。一体、「とりあえず」何を選んでいるのだろう。

 そして、名探偵さながらに楽しんでいた推理も唐突に答えにぶち当たった。

 フードメニューを捲っていくと、最後に一頁まるっと写真を使い、おすすめメニューが書かれていた。

 そこには、当店限定、『スペシャルブレンドコーヒーホワイトモカプラスホイップダブルチョコレートソースプラス』と書かれていた。この長い呪文は確かに読むのが難しい。

 納得すると同時に、ボタンを押す。

 そして、店員さんにメニュー表を指して「とりあえず、これで」と告げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪文は省略されました。 美澄 そら @sora_msm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ