天童君には秘密がある 7〈KAC2024〉

ミコト楚良

いろいろ(色々)あって、自分の出生を兄は知るの回

「なんで天童てんどうが、にぃにとピアノ対決することになってんの!」

 重め前髪、肩までの黒髪少女は生徒会室に入るなり、兄に食ってかかった。


茉奈まなの彼ならば、相応の者でなければ、父上も納得しないだろ?」

 昼下がりのひととき、日差しのやさしい総合校舎東側の生徒会室で茉奈まなの兄は、いちばん摘みファーストフラッシュの和紅茶を愉しんでいた。

 

「パパは何も言ってないし! 天童てんどうは彼氏じゃないし!」

 茉奈まなは、むくれている。


「彼氏でもない男に呼びすてをゆるしているのか、茉奈まな

 兄は眉をしかめた。スポーツ刈りの金色の髪は地毛で、射るような蒼い瞳もカラーコンタクトではない。


「クラスメイトだもん! 呼びすてぐらいするよ!」

「せめて、茉奈まなちゃん、だろ!」


「声がおおきゅうございますよ。おふたりとも」

 用務員の早蕨さわらびが、紅茶のおかわりをつぐついでに諭した。

 この男は、この学園に勤めて長い。

「きょうだい仲良くと、先代さまの御遺言でございますよ」


「そうだった」

 兄は、その言葉を胸に妹を守ってきたのだ。


「とにかく、その天童てんどうと今日の放課後、音楽室で対決だ」

(わが妹にちょっかいを出す者は、どんなことになるか思い知らせてやる)


 兄の妹への溺愛は、もはや執着とも呼べた。


茉奈まなはボクの大事な妹なんだよ」

 うっとりと、兄は妹をみつめる。


にぃに、ありがとう。でも、茉奈まなも、もう子供じゃないし、そろそろうっとぉしいかな」

 ばっさり、茉奈まなは兄の愛を一刀両断した。

 しかし、それが兄のほの暗い愛の炎を、さらにあおる。


(たっ、たまらん。つめたい目線っ)

 変態である。


「——茉奈まなにぃにの妹じゃないし」

 つい、茉奈まなは。


「え」

 兄は紅茶のカップを、かちゃんとソーサーにぶつけてしまった。


にぃには金髪に蒼い瞳の北欧系。茉奈まなは黒髪に黒い瞳の亜細亜アジア系。こんだけ、見た目がちがうんだよ」

 気がついていないわけはないと、妹は思っていた。

「わたしたち、きょうだいじゃない」


「え、ウソ。ボク、茉奈まなと血がつながってないの?」

 しかし、兄は気がついていなかった。


「左様でございますよ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れという男が、亡き先代さまのご意向で坊ちゃまをお連れになってきて、今の御当主さまが、坊ちゃまを養子になさいました」

 早蕨さわらびが補足する。


「え? そうだったの?」

 兄は、この年まで気づいていなかった。


「坊ちゃんが自分の出生に気づいたとき、おわたしするようにと、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れから、お預かりしたペンダントがございます」

 早蕨さわらびは、うやうやしく、胸ポケットから絹のハンカチーフにくるんだ銀色のペンダントを取り出した。


「ボク、気がついてなかったんだけど」

 兄は、ふるえる右手で、それを受け取った。銀のかけらのようなペンダントトップがついている。


「ハァトを半分に割った意匠です。その半分のハァトは、坊ちゃんの本当の家族が持っているんでしょうな」


「——えぇと。まとめると、茉奈まなとボクは他人てこと」

「左様でございますね」


 がーん。

 兄には、天からタライが落ちてきたような衝撃だった。

「まながいもうとじゃない」


「うん。だから結婚もできるよ。茉奈まなは遠慮するけど」


「いや、こちらこそ、けっこうです」

 兄は真顔だった。

「赤の他人を愛したら、それはまっとうな愛じゃないか……」

  

「禁断の愛がよかったんだよぉぉぉ!」

 泣きながら、兄は生徒会室から走り出た。


 そして、廊下の曲がり角で、どんと誰かとぶつかった。


「あっ、てぇ」

 天童が、しりもちをついていた。彼が持っていたトートバックの中身が、辺りに散らばってしまった。


天童てんどう……」

 茉奈まなの兄も、受け身でころんでいた。


「あっ。今日、ピアノ対決の日でしたよね。オレ、『エリーゼのために』練習してきました」

 天童は、ぴょんと起き上がった。

 どうやら、散らばった楽譜はそれらしい。


「いい心がけだ」

 茉奈まなの兄は、天童とぶつかった拍子に落とした銀のハァトの片割れペンダントを左の手でひろった。

(あれ)

 自分のとはデザインがちがっている。ハァトの向きがちがう。それに、自分のハァトの片割れは右手に、ちゃんとにぎっていた。


「それ」

 ぱっと天童に取り返された。

「オ、オレの趣味じゃありませんよ? 父ちゃんの形見なんです。ハートの半分なんて、ラブリー過ぎてつけられないから! 持ち歩いてるんです」


 銀のかけらのようなハァトの片割れペンダントトップ。

 にぃにの蒼い瞳が、ゆらゆらとゆれた。


天童てんどう君……」






              〈あなたがわたしのハァトの片割れ

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