てんぷれチャンプルー!

@kumehara

第1話

 重たい目蓋を開くと、視線の先には突き抜けるような青空が広がっていた。


 真っ直ぐ降り注いでくる日光が煩わしくて、左手で遮ってみる。すると、その手がいつもの自分の手とは全く異なるものであることに気が付いた。


 しがないサラリーマン・健太けんたが思う「自分の手」とは、手首に安っぽい腕時計がついていて、手の甲にはいくらか皺が入っていて、爪にも皮膚にもささくれができていて、指が短くて丸い、どことなく哀愁を感じさせる造形をしている。四十代も半ばに差し掛かったのだから、くたびれていて当たり前だ。


 しかし、今持ち上げたその手には、腕時計がついていなかった。皺もささくれも無いし、筋肉質で指も長い。若さに溢れた、逞しい造形である。


「なんだ、これ……?」


 驚いて跳び起きる。めまいと頭痛に襲われたが、そんなもの気にしている場合ではない。


 よく見れば、周囲は鬱蒼とした森のようだった。そして健太は、着慣れた黒のビジネススーツではなく、RPGに出てくる剣士のような恰好をしている。しかも、鎧や甲冑といった万全の装備ではなく、「そんな装備で大丈夫か?」と訊きたくなるような軽装だ。


(……わけが分からないが、状況を整理しよう。俺は冴えない中年のおっさんで、休日出勤やサービス残業は当たり前なのに給料は増えない社畜で、今日もサビ残を終えて帰宅しようとしていたところだったが途中でトラックに轢かれて死んだはず…………ハッ! もしかしてこれが噂に聞く、異世界転生……!? ゲームだか漫画だかのキャラクターに生まれ変わったのか!? いや二次元のキャラクターに生まれ変わるってなんだ!? それは本当に「生まれ変わった」と呼んで良い事象なのか!?)


 激しく混乱していると、前方によく分からない生物が飛び出してきた。


 全体のフォルムは、鳥に見える。足が二本で翼が生えているし、頭上にはトサカのような部位もある。ただ、飛べそうにない。頭と胴体の境目が無く、球体に近い形をしたその体を、翼の力だけで支えられるとは思えない。頑張って羽ばたいたところで、滑空もホバリングも難しいだろう。色味はフクロウに見えなくもないが、猛禽類の名を冠するに相応しい獰猛さは見受けられなかった。


 そんな生き物が、ぽてぽて走って健太の目の前を横切って行った。


(……はあ、さすが異世界。変な生物がいるんだな……)


 妙に冷静になった健太は、次第に好奇心が湧き上がってくるのを自覚した。現在の自分が異世界の住人ならば、何か特殊な技やスキルが使えるのかもしれない。子供の頃に憧れた、炎や水を操る能力だとか、瞬間移動だとか、空中浮遊だとか、召喚獣を呼び出すだとか、そんな夢のような力が宿っている可能性がある。


 年甲斐も無くワクワクしながら、ひとまず手の平を前方へと翳してみた。


「技名とか叫ぶ必要があるのか? 恥ずかしいな……。まあ、誰もいないし…………えーっと……フ、ファイア!」


 恥を忍んでそれっぽい言葉を叫んだ刹那、翳した手の正面に、半透明の魔法陣が現れた。強く光り輝いたかと思うと、その魔法陣の向こう側に蒼い炎が出現し、龍の頭のようなかたちと成って放射される。


 地面も、樹木も、草花も。龍は進路上にある全てを一瞬で食らい、焼き尽くした。数秒後に魔法陣ごと消滅したが、後には何も残っていない。どす黒い焦土の一本道が、遥か彼方まで真っ直ぐ伸びている。何が起きたのか分からず、ポカンと口を開ける健太。


「ちょ、ちょっと! なんなのよ、今の!?」


 そんな時、焦土の道の先から一人の女性が駆け寄って来た。顔もスタイルも常人離れした、まさに絶世の美女である。なんだか、ひどく慌てた様子だ。


「ねえ、今の炎、もしかしてアンタがやったの!?」


「え、あの、はい……そうみたいです……?」


「人々を襲う魔物を討伐に来たのに、その標的がいきなり消し炭になったから、何事かと思った! 危うく殺されるところだったから助かったけど。アンタ、何者?」


「よく分からないです……。あなたは?」


「まさか、私を知らないの!? 私はこの辺りの領地を治める大国の王女よ! 王女なのに、何故か王族や貴族を守るのが仕事の騎士団に所属していて、単独行動も許されていて、両親が急逝したから若くして国の政治を任されていて、民の為なら命を懸けることも厭わない情の厚さを持っていて、全く男慣れしていなくて、お馬鹿でチョロいけど、かなり腕が立つわ! すごいでしょ!」


「はあ、そうっすか……」


「ちょっと、王女に向かってその態度は何!? ……フン、まあ良いわ」


「いや、良いわけないと思うんですけど。普通はその場で打ち首ですよ」


「良いの! アンタは特別。気に入ったわ。アンタを、王宮直参の魔法師に任命してあげる。これから私の下僕となって、国の為に働いたり、仲間を助けたり、ちょっとエッチなラブコメをしたりするのよ!」


「ええ……」


 人が来たから何かしら状況が好転するかと思ったのに、より混沌を極めただけだった。辟易してしまう。接待の場で聞かされる、上司の自慢話くらい面倒臭い。


「あの、そこの御二方!」


「え?」


 茂みの向こうから、別の女性が声をかけてきた。これまた顔もスタイルも常人離れした、まさに絶世の美女である。


「ちょっと!? 誰よ、その女!」


「知らないです」


「わたくしは、乙女ゲームの世界に召喚された聖女で、王太子殿下との婚約も決まっていた者なのですけれど、嫉妬した公爵令嬢の陰謀によって悪役令嬢に仕立て上げられ、婚約を破棄した上で国外追放を言い渡され、冷酷無慈悲と噂の辺境伯の元へ契約付きで嫁がされたのに、その辺境伯から何故か異常に執着されていて、わたくしが笑うと周りの男共が全員漏れなく頬を赤らめ、『健気で可愛い』とか言う薄っぺらい理由だけで命を賭して溺愛してくるのです……! わたくしは自分の断罪ルートを回避し、美味しい食事とモフモフした生き物に囲まれながら平穏に暮らしたいだけなのに、どうなっているの……!?」


「はあ、そうっすか……。で、その田舎の地主の奥様が、こんな所で何をしているんですか?」


「間違えてはいないのですけれど、格好がつかないので『辺境伯』と呼んでいただけません? わたくしは戦を控える夫の為に、幸せのトリを探していたのです」


「幸せのトリ?」


「はい。世界に一体しか生息していない幻のトリです。ずんぐりむっくりな体型の変わった生き物なのですけれど、捕まえるとあらゆる幸運が舞い込むと言われております。夫の無事を祈ってプレゼントしたいと考えたものの、なかなか見つからなくて……」


「あ、その生き物なら、さっき見かけました。あれ、なんなんですか?」


「トリです」


「いや、鳥なのは分かるんですが、もうちょっと具体的な説明を……」


「カドカワの森に生息しており、カク目ヨム科ホシクレ属に分類される、トリという名前の生き物です。それ以上でもそれ以下でもありません」


「……そうっすか……」


 もう疲れた。健太は堂々と溜め息を吐く。後ろで王女がキィキィ喚いているが、相手をする気にもならない。


 その時、辺境伯婦人の後に続く形で、茂みから男性が飛び出してきた。優男といった雰囲気で、かなり裕福そうな身形をしている。


「ああ、やっと見つけた!」


「王太子殿下!?」


「君が出て行ってからというもの、うちの国は瘴気とか言う漠然とした何かに侵されて空気が澱み、結界が壊れて魔物が侵入するようになり、人々は貧困に喘ぎ、土地は瘦せ細り、財政も傾く一方なんだ! 君が、なんでもできるけど具体的にはどんな能力なのかよく分からない聖なる力とやらで守ってくれていたんだろう!? 僕が悪かったよ! 公爵令嬢とは別れるから、戻って来てくれ!」


「いやあ! やめて、放して!」


「おい、やめろ!」


 茂みから、また別の男性が飛び出してきた。びっくりするほどイケメンである。だが生憎、健太にはもう驚く気力が残っていない。


 体格の良いイケメンは、王太子の腕を掴んで地面へ投げ飛ばし、辺境伯婦人を自分の腕の中に引き寄せた。


「俺の女に触るんじゃねえよ。そもそもお前が追い出したんだろうが。今さら戻って来い、だなんて、虫が良すぎるだろ」


「辺境伯……! フ、フン! 貴様が何を言おうと、王族たる僕の言葉は全て王命に等しい効力を持っている。辺境伯ごときでは逆らえないぞ!」


「そう言えばお前の両親は、裕福な暮らしを守る為に国家予算を横領しているらしいな。お前も、それを知った上で恩恵を受けている。国中にその証拠をばら撒いておいたから、王家は間もなく破滅するだろう。早く帰ったほうが良いんじゃないか? ざまあみろ」


「く、くそ! 覚えてろよ~!」


「辺境伯様! わたくし、少しでも貴方様の力になりたくて、自らの危険も顧みずに幸せのトリを探していましたの……! 結局、トリには会えず終いでしたが……役立たずでごめんなさい……」


「まったく、お前は……。そんなもの、どうでも良い。俺にはお前がいれば、それで良いんだ。勝手にどこかへ行くなんて、許さないからな。襲うぞ」


「格好良い……! なんて素敵なのかしら……トゥンク……」


「あの~、しがない転生者の俺は、もう帰って良いですかね?」


 前世では得意だったはずの「空気読み」すら億劫になり、健太は普通に話しかけた。すると、辺境伯婦人がケロリとした顔で返してくる。


「あら、いけませんわ。貴方はこれから、わたくしと一緒に、トリを探しながらもちょっとエッチなラブコメが巻き起こる旅へ出るのですから」


「はあ!? 男と一緒に旅なんて、行かせるわけねえだろ! お前はこれから、経験もないのになんか良い感じに農耕や政治の改革を進めて、うちの領地を劇的に発展させていくんだよ! そして俺に溺愛されるんだ!」


「辺境伯様……!」


「さっきから、私を無視しないでよ! こいつは、私の下僕の魔法師になるんだから、旅なんか行かせないっての!」


「はあ……。俺は、なんかすごい能力を持ってるらしいけどそんなの関係なく、静かに暮らしていたいのに、周りが俺を放っておいてくれない……まったく、やれやれだぜ」




 第一話 終了


 次回、魔王討伐に向かったら魔王は幼女で、しかも俺にやたらと懐いてきて、招待されて魔王城へ遊びに行ったら、勇者パーティーを追放されたすごいスピードでレベルアップする最強の付与術師エンチャンターがダンジョン配信でバズっていて……!?




 ***************




「……何これ?」


「はい! この前の打ち合わせで、『テンプレがテンプレとして親しまれている理由を考えることも大切だ』と教わったので、その良さを理解する為に、パッと思い付いたテンプレ要素をとりあえず片っ端から突っ込んでみました! これで人気作家の仲間入りですね!」


「馬鹿野郎」

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