お稲荷さんちのアライグマ 〜ニワトリ争奪戦〜

右中桂示

アライグマと狩り

 近くの養鶏場の壁に穴が空き、ニワトリが逃げ出したらしい。

 早く連れ戻さなければ、車に轢かれたり野生動物の餌食になったりしてしまう。


 そこで多くの人手が駆り出され、薄墨も捜索を手伝う事となった。

 彼女は稲荷神社の神使たるキツネによって人の姿に変えられたアライグマ。その嗅覚を用いれば簡単に見つけられると意気込んでいた。

 しかし探し始めて一時間程。未だニワトリには会えず。

 代わりに、懐かしい匂いを嗅いだ。


 それを追えば自分と同じ縞模様の尻尾を発見。

 そっと近寄り、捕まえる。


『ノオオォォォォォォォ!!』


 絶叫。興奮した鳴き声が響く。


『ホワァイ!? 人間の匂いも気配もなかったはずだぁ!?』


 同族の悲痛な声は薄墨には伝わっている。

 それでも暴れるアライグマに容赦はしない。ガッシリと掴んで離さなかった。

 その動きが、ふとピタッと止まる。


『……この匂い、お前か。なんだその姿』


 同族の疑問は当然。

 だが面倒だからと答えずにいたら、勝手に話を先に進められる。


『まあいいや。最近会えずにいたから寂しかったぜぇ! シットリネットリ二匹ふたりきりの時間を過ごしたかったんだ!』

「やだ」


 彼の事はうるさくて強引で嫌いだった。

 そんな明らかに拒絶的な態度にも構わず、彼は調子よく話し続ける。


『そう言いつつムードのある場所に行くんだろ? 全く照れ屋さんめ! ハハッ』

「違うよ。人間に引き渡すの。害獣駆除はお金がもらえるんだよ」

『ハハハッ。とんだブラックジョークだ』

「本気だよ」


 冷えた声音は純然たる本音。

 ようやく彼も察したか、態度が急変した。


『……待て待て待て待て待ってくれ! 今ならまだ間に合う! 考え直してくれ!』

「知らないの? 自然界は弱肉強食なんだよ?」

『ガッデェム! この裏切り者ォ! 人間の手先めェ!』

「キツネの手先だもん」


 叫んで暴れる元仲間を抑えこんで進む。

 ニワトリが見つからないから代わりの成果。あくまでドライに生きているのだ。


 が、そこに他の生き物の気配。

 そちらに向けば、ニワトリ。本来の目的がいた。


「あ」


 気を取られ、つい力が緩む。

 その隙をつかれた。


『ヒャハハハッ! 美味そうなトリだぁっ!』


 腕の中から飛び出した彼がニワトリへ一直線。ニワトリも逃げるが、遅い。

 このままでは獲り合えず、一方的に奪われてしまう。


 負けたくない。

 薄墨も走った。

 全力を出すには慣れていない体。不利な条件。

 それでも負けるのは癪だった。

 もう少し。今にも追いつける。すぐ追い抜ける。

 両者が並んで、ニワトリを捉える。


 ──その寸前に。


 黄色い影がニワトリをかっさらっていった。

 キツネだ。

 キツネがニワトリを咥えている。


「あーーーーーーーー!」


 ガックリと項垂れる薄墨。ショックでしばし呆然とする。


 そんな彼女の前で、キツネは人の姿に変化した。


「ご心配なく。私ですよ」


 神使だ。神職の服装を着た美形がニワトリを優しく抱えている。


「いやあ。思いっ切り体を動かすのは久々ですが気持ちが良いものですね」

「……あたしが捕まえかったのに」

「それは失礼しました。しかし安全に確保するのが優先ですから」


 ぶすっと頬を膨らませる薄墨。

 神使に先を越されたのは、同族に負けそうな時よりも嫌だった。


「手柄ならあるもん」


 アピールするように強く言ったが、見回してもアライグマはいない。


「さっきのアライグマなら逃げてしまいましたよ」

「えー。お金にしたかったのに」

「あなた意味分かってます? いや、あなたがいいならいいんですけどね?」


 神使は引いている。常日頃役所に連絡すると言っているがこれはまた別の話のようだ。


 コホン。気を取り直して話題を変える。


「まあ。とりあえず今日のところは戻りましょう。養鶏場の方が稲荷寿司を用意してくださっているんですよ」

「……うん、食べる」

「お。素直ですね。あなたもようやく良さが分かりましたか」


 両者揃って朗らかに帰る。

 しかし薄墨には悔しさが残っていた。

 だから彼女は神使と取り合うような勢いで稲荷寿司をやけ食いするのだった。

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