年に一度の機会

三鹿ショート

年に一度の機会

 数年ほどの倹約生活は辛いものがあったが、今日はその苦しみが報われるかもしれないのである。

 扉を抜けると、私は周囲に目を向けながら歩を進めていく。

 私以外にどれほどの人間が参加しているのかは不明だが、他者と鉢合わせした場合には、生命を奪われてしまう可能性が存在することから、念には念を入れる必要があるのだ。

 それと同時に、脱出の条件であるものを見つけなければならないために、これまでにないほどに、意識を集中させなければならなかった。

 しばらく進んだところで、私は悲鳴を耳にした。

 物陰から窺うと、とある男性が女性に対して、暴力を振るっていた。

 女性は助けを求めるような声を出しているが、私が姿を見せることはない。

 何故なら、脱出することができる人間は一人だけであり、男性がこのまま女性の生命を奪ってくれれば、競争相手が一人減ることになるからだ。

 そして、この区域においては、どのような行為に及んだとしても罪に問われることはないために、わざわざ助ける意味も無いのだ。

 やがて女性の悲鳴が聞こえてくることがなくなったのは、私が離れたことだけが理由ではないのだろう。


***


 参加費用は膨大だが、一日以内に脱出の条件であるものを見つけることができれば、治安の悪い地域から抜け出すことができ、働かずとも裕福な生活を送ることができる地域へと引き越すことが許されるのだ。

 ただ、参加している最中は、あらゆる罪に問われることがなくなるために、どのような手段で脱出の条件であるものを入手しようとも問題が無いという点が、気がかりだった。

 先に他の参加者たちを殺めた後に悠々と脱出の条件であるものを探すか、もしくは、それを入手した人間から奪うか。

 非人道的ともいうことができる内容だが、それでも、参加者が減ることはない。

 皆が皆、裕福な生活を夢見ているのである。


***


 半日が経過したが、脱出の条件であるものは未だに手に入れていない。

 空腹だったこともあり、休憩しようと思った私が近くの建物に入ったところで、彼女の姿を目にした。

 私は、己の幸運を喜んだ。

 何故なら、彼女こそが、脱出の条件であるものだったからだ。

 彼女を連れて、最奥の扉へと向かえば、私は裕福な生活を得ることができるのである。

 問題は、彼女にわずかな傷も負わせてはならないということと、最奥の扉へと到着するまでに、他者によって彼女が奪われてしまう可能性が存在するということだった。

 ゆえに、他者の目に触れることなく、進まなければならないのだ。

 そのためには、彼女にも協力してもらわなければならないのだが、どうやら発見者には従うようにと運営側から命令されているらしく、身を隠すようにと告げれば、素直に行動してくれるようだ。

 夜陰に乗ずれば、少しは他者の目に触れる可能性も低くなるだろうと考え、私は食事を終えると、彼女と共に移動することにした。

 幸運にも、誰の目にも触れることもなく、最奥の扉をこの目で確認することができる場所まで辿り着いたのだが、その扉の前に、一人の人間が立っていた。

 その人間は、賢い。

 何故なら、脱出の条件である彼女を発見した人間は、必ず最奥の扉へ向かうことになり、其処で彼女を奪えば、苦労せずとも脱出することができるからである。

 だからこそ、私は扉の前に立っている人間と、嫌でも争わなければならなかったのだ。

 彼女に少し離れた場所で待機しているようにと告げると、私は扉の前に立っている人間に向かって、駆け出した。


***


「独り勝ちが、これほどまでに良いものだとは、知らなかった。笑いが止まらない」

「ですが、最奥の扉の前で待つなど、卑怯ではありませんか。彼女を見つけたにも関わらず、殺められたことによって脱落した彼が、不憫です」

「何を言っている。誰が勝利するかどうかの賭事に参加している人間がそのような言葉を吐くなど、偽善者にも程がある。これは、単なる娯楽なのだ。あらゆる娯楽や快楽に飽きた我々が考え出したこの娯楽を厭うのならば、きみは我々と同じ空気を吸うべきではない」

「議論は後にしてもらいましょうか。賭けに負けた我々は、脱出することができた彼を処分しなければならないのですから」

「そのことについても、私は疑問なのです。苦労して脱出することができた人間を、何故受け入れることなく、必要な臓器などを取り出して、焼却処分するのですか」

「我々とは、育った環境が異なっているからです。どのような環境においても、異物が与える悪影響を思えば、処分することは当然でしょう。結局のところ、生まれた場所で生き続ければ、さらに苦しむことはないということなのです」

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年に一度の機会 三鹿ショート @mijikashort

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