第5話
ステラがぱちりと瞳を瞬かせる。その瞳が「今ので?」と言っているようで、レイチェルは途端に居心地が悪くなった。
「勘違いしないで。あなたの言いなりになるつもりはないわ」
そっぽを向くと、彼女はまるでそんなの聞こえていないかのように、レイチェルの腕にくっついて笑う。
「なんでー? お友達になろうよ」
「冗談言わないで」
彼女を無理やり引き剥がすと、レイチェルは近くの岩に腰かけた。
手招きすると、ステラはぱっと笑って横に座ってくる。
やりにくい。後ろ頭をかくと、嬉しそうな彼女に疑問をぶつけた。
「まずは聞かせてちょうだい。なんでわたくしに取り入ろうと思ったの? もしわたくしが貴女の立場だったら、顔も見たくないもの。不思議だわ」
それはもう本当に、派手に散々にいじめてやったのだ。適当なご令嬢と一緒に悪口陰口は当たり前で、持ち物を隠したり壊したり、時には暴力を振るうこともあったし、最後の方なんか、一緒だった令嬢逹も完全に引いて、周りからいなくなるくらいだった。
だから今、こうして隣で笑っている訳が分からないし怖い。どこか大事なものが壊れているのだろうか。壊したのは、レイチェルなのだろうか。
「だから悪役なんですよ」
「やめてもらえるかしら」
わざと目を細めて苛立ちを向けると、ステラはくすくす笑って顔をのぞき込んでくる。
「それはですね。あなたが魔女だからです」
やはり知っているらしい。ほとんどトラウマになっている呼び名に鼻を歪めると、レイチェルは顔を背けた。
「……それもやめて。そう呼ばれるの、だいっきらいなの」
「そうですか? 素敵じゃないですか、魔女。古来は“頭の良い女性”の呼び名だったそうですよ」
本来の意味はそうかもしれないが、今は黒魔術を扱う罪人のことを指しているし、レイチェルに向けられたのは完全にそういう蔑称だ。
「ああ。それとも、聖女が良かったんですか?」
むっつりと黙っていると、ステラはにやりと笑って、さらに追い打ちをかけてきた。胃がもたれるような感覚に、レイチェルは腹を押さえる。
聖女になりたいと、思ったことはない。ただ、どうして同じような能力を持ちながら、レイチェルは必要とされなかったのか、不思議だっただけだ。
「……いいから話しなさい」
静かに続きを促すと、ステラは「簡単ですよ」と笑って、レイチェルの胸をトンと叩く。
「魔女と呼ばれるほどのその魔力で、私を救ってほしいんです」
ぐっと顔が近付いてきて、肩が揺れる。驚いて仰け反るが、ステラは気にせずに続けた。
「ドラゴンが来るって話はしましたよね?」
「聞いたわ」
確か、国を破壊するということだった。実際に見たわけじゃないので分からないが、地下の惨状を思い出す限りだと、国が沈むくらいのことにはなるかもしれない。
「炎を吐くドラゴンで、歩きながら建物を燃やすんですよ。三日三晩暴れて、他の国にも行く勢いでした」
一軒火事になっただけでも大変なのに、こんな街中であちこちに火をつけられたら堪ったものじゃない。森よりはマシかもしれないが、建物が密集しているから、火の回りも早いだろう。そもそも、ドラゴンが歩くだけで建物も人も潰れてしまう。壊れた建物がまた人を潰すだろうし、まさに地獄絵図だろう。
「それで」
そこで彼女の語りが途切れた。おやと顔を向けてみると、ステラは俯き、指先をぐるぐると回している。
髪に隠れてしまい、顔は見えなかったが、レイチェルには彼女が怯えているように見えた。
「……それで?」
でも、慰めようとは思わない。話が長くなるし、第一そんな関係じゃないから。だからさっさと話せと催促すれば、ステラは眉を顰め、投げやりに言った。
ドラゴンを鎮める為、人身御供でドラゴンに差し出されるのだと。
「あら」
人身御供でドラゴンに。なるほど、それは天敵の手も借りたくなるだろう。やはり、ループ内でとても辛い目に遭っていたらしい。
しかし、同情する気にはならない。
だって、みんなが生きる為に生贄にされる。それって、聖女と呼ばれているステラには、ぴったりの役どころではないか。
「あらあら、あらあら。それは怖いわねぇ。お可哀想に」
上がっていく口角を隠そうともせず、笑顔で肩を叩いてやる。そんなレイチェルを、ステラはジト目で睨んだ。
「嬉しそうですね」
「嬉しいわ」
他人の不幸は蜜の味。それがステラの不幸なら、レイチェルには何倍も甘く感じられる。
目の前で死なれるのは嫌だ。実際に死なれるのも、まあ、夢見は悪い。だが、今ステラは生きている。
だから、ステラが「死にたくない」と言っているのをいじめるのは、とても面白かった。
「それで? うふふ。あなたは死んでしまうのね?」
「ええ。まあ、死にますね」
「うふふふふふ」
にまにまするレイチェルに呆れた顔をすると、ステラは思い切りため息を吐いた。
「言っておきますけど」
そう前置きすると、レイチェルを睨めつける。
「あなたが生け贄になることもありますからね」
「……あっそ」
そっぽを向くと、髪を指先に絡めて遊び出す。完全に興が冷めた。
そもそも、どうして生け贄を捧げなければならないのだろう。ドラゴンがそう言ったのか?
「おおい。飽きないでもらえます?」
「わたくし、戦った方が早いと思うけど」
ステラの言う通り飽きた。そもそも、レイチェルの疑問はとうに解消されている。
「いや、さすがにドラゴンと戦っても勝てませんよ」
「…………」
レイチェルの手が止まる。腕の筋肉が引き攣って、なんだか重たく感じた。黙ってステラに目を向ける。
「魔力の多い人間を差し出せば、ドラゴンの怒りは治まるのではないかということでして。私やレイチェルさまは、縛られて、無理矢理ドラゴンのいる谷へと突き落とされます」
ステラの唇が震える。彼女の感情が高ぶっていくのを、レイチェルは冷めた気分で見つめていた。
「結論から先に言いなさい」
辛い事情があるのはもう分かった。これ以上嫌いな人物の悲劇を見せられても、面白くなるだけだ。
だからため息交じりに言ってやると、ステラに腕を掴まれる。力の強さに顔を顰めると、ステラが顔を上げて、目が合った。
「私を助けて」
金色の瞳が瞬いて、透明なものが溢れ出る。それは頬を伝って、レイチェルの腕に落ちた。
よりによって泣き落としか。男には効果的かもしれないが、レイチェルには逆効果だ。片眉を上げると、それでもレイチェルは、彼女の言葉を待ってやった。
「あなたが代わりに差し出された時、ドラゴンは満足せずにまだ暴れていた。きっとあの時、あなたはどうにかして助かっていたんだと思うの」
「…………」
それはそうかもしれない。牢に繋がれてなければ、レイチェルは逃げようと思うだろう。生きようと思うだろう。
コーディは……着いて来てくれるか分からないが、彼や母を連れてどこかの国に渡ると確信が持てる。
卑怯だなんだと言われようが、レイチェルには、大切で、守らないといけないものがある。おちおち死んでなんていられない。
だから絶対、死んでも諦めてやらないのだ。
「もちろん、タダとは言わない。私が知ってる魔術も教えるし、研究者になれるように口添えしてもいい」
「…………」
「お願い。私は同じ時をループするのも、人身御供だなんて怖いことをするのだって、もうたくさんなの!」
掴まれている腕から、彼女の震えが伝わってくる。
(お綺麗なものね……)
手を伸ばして頬の涙を拭ってやると、レイチェルは彼女の顔をぼんやりと見つめる。
言っていることも、顔も、涙も、全部全部、とても綺麗だ。
「……分かったわ」
彼女と話していると肩が凝る。詰まった息を吐き出すと、レイチェルはそっと口角を上げた。
「貴女はやっぱり、わたくしと正反対みたいね」
レイチェルが目を細めると、ステラは目を開いて動きを止める。
「久しぶりに楽しかったから、特別に貴女が生き残れない理由を教えてあげる」
人差し指を彼女の胸に突き立てる。魔力を込めると、バチッと音がして、ステラは短い悲鳴をあげた。
ただの静電気に、ずいぶんと驚いているようだ。クスクスとわざと声を出して嘲ってやる。
「それはね。弱いからよ」
そのまま手でバーンと銃を撃つような構えを見せれば、ステラはまるで化け物を見るような顔をした。
「逃げる意思がない。戦う意思がない。生きる意思がない。そんな貴女がループから抜け出せるはずがないでしょ。貴女、この百回のループで何をしてきたの? ただ時間を無意味に消費してただけ?」
そんな玉じゃない。ステラ・ケミストという女は、そんなか弱い女じゃないはずだ。
レイチェルの目の前で自殺した女はどこにいった。レイチェルに恐怖を抱かせた女はどこへいった。
この後に及んでレイチェルと友達ごっこが出来ると思ったのなら、ちゃんちゃらおかしい。レイチェルとステラは、そんな関係ではない。
「わたくしは優しいから、今回はいじめるのはやめといてあげる。その代わり勝負しましょ?」
楽しそうに笑ったレイチェルにゆっくりまばたきをすると、ステラは、好戦的な笑みを浮かべた。
神様曰く、運命なので 七篠空木 @774toutugi
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