第4話
「私のおじいさまが、魔術の研究者なんですよね」
「なにそれ」
魔術研究者は、そうとうな知識が無いとなれないはずだ。幼い頃に憧れていたが、知識をつけようと魔術書を読み込むレイチェルを周りの子供は怖がり、魔女だと言われて挫折した。
こんなところにも差があったなんて、ずるすぎる。
「私、実は貴族の出身じゃないんですよ。孤児院育ちだったんですけど、魔法が使えるからっておじいさまに迎え入れられたんです」
「そうなの?」
ステラは所作も美しいし、言葉遣いもしっかりしている。それになにより、貴族しか持っていない魔力の量が並みじゃない。ステラの粗探しをしていたレイチェルでさえ、そんなこと思いつきもしなかった。
「といっても、私を受け入れてくれるのって、おじいさまくらいでしたから、小さな頃からよくおじいさまの研究室に遊びに行って、そこで古代文字を覚えたんです。まだ文字が読めない頃にたまたま見た本の中に、禁術が混ざってたみたいなんですよね」
「文字が読めないのに、どうやって覚えたの?」
「……これは内緒のお話なんですけど」
ステラが声を潜める。思わずごくっと喉を鳴らした。
「私、最初の方に見た本の内容は帰ってから全部メモしてたんですよ。もちろん覚えている限りですけど」
うひゃあ、と口から悲鳴が漏れ出る。腹の底がムズムズするような感覚に、レイチェルは込み上げてくる笑いを抑えようとしたが、駄目だった。
「貴女やるわね。それ、極悪人のやることよ」
指摘すると、ステラは得意気に胸を張る。
「いえいえ、研究熱心だったんですよ。『持ち出し禁止なら覚えたらいいや』と純粋な子が思って、実行しただけです」
それで実際に出来るのだから大した記憶力だ。レイチェルだって魔術に関しては相当な知識があると自負しているが、きっと彼女には敵わないだろう。
知識も行動力も柔軟性もある彼女に思わず感心して、それが悔しくて、レイチェルは眉を寄せた。
気に入らないと思い込んでいた女との会話が、レイチェルにとって、実りのあるものになってしまっている。
「それで、足りない部分は自分で補って、魔術書を作ったんですよ。もちろん、実行したことなんてあの一度しかありませんし、本はもう燃やしてしまいました」
「一度だけで大罪人よ。わたくしが訴えたら、貴女おしまいね」
「証拠もないのに?」
ステラは薄らと笑みを浮かべ、小首を傾げた。
黒魔術に使った道具を調べたら、おそらく分かる。はずだ。しかし、時を遡る魔術だし、詳しいことを知るわけではない。
レイチェルのため息を、諦めと取ったのか、ステラは続きを話し出す。
「この黒魔術は、誰かの命と引き換えに時を巻き戻します。その時がどれくらいかは関係ないですが、必ず自分のいた時間でないといけません。体も一緒に戻ってしまいますから」
とすると、ステラは自分の命を使って時を遡ったのだろう。
どうやらあの時の自殺は、時を遡る為だったらしい。
理由が分かってほっとしたものの、新たな疑問が浮かび上がってくる。
「どうして、わたくしの記憶に残ったのかしら?」
「魔術を使うところを見た人にも記憶が残ってしまうんですよ。今回は自殺がそうですね。あの間に魔術を使いましたから」
つまりステラは、わざとレイチェルを巻き込んだのだ。巻き込めば、こうして疑問を解決しに来る。それを想定して。
「……貴女が死んだ後も、直ぐに時間が巻き戻ったわけではないわ。そういう風に魔術をかけたからね?」
頷くステラに、レイチェルはわざと頭を押さえて長い息を吐いた。
彼女の企みが見えてきた。どうやら、レイチェルに頼みたいことがあるらしい。
「それはどうして?」
近くの木にもたれると、レイチェルはせめて話の主導権を握る為に問いかける。
「貴女は、実際に経験しないと信じてくれないと思って」
ちらりと窺いながら、その目が「分かってるでしょう」と言っているように見えた。
分かっている。分かってはいるけど、わざわざ彼女の言いたいことを汲んで、協力を申し出てやる気はない。
無言を貫くと、諦めたステラは、そっと口を開いた。
「これから一年後、ドラゴンが来て、この国を滅ぼすんです」
「ドラゴン?」
思い切り顔を顰めた。
まあ、この国が滅びるというのは知っていたし、助けてくれと言われるだろうと思ってはいたが、相手がドラゴンだというのは想定外だ。
ドラゴンは想像上の生き物だと言われているのだが、彼女はそれを知っているのだろうか?
「あほらしい。冗談も休み休み言いなさい」
「本当なんです」
まともに取り合おうとしないレイチェルに、ステラは顎を震わせる。少し俯いたが、顔を上げて、レイチェルを真っ直ぐに見つめた。
「だから、地下牢では地震が起こったようになっていたはずです」
ああ、そういえば、あの日の地下牢はずっと揺れていた。誰かが叫んでいるような、耳を劈く爆音は、ドラゴンの咆哮だと思えば納得いく。
ドラゴンだなんて馬鹿げた空想だ。しかし、そう言われると、それが正しいと思ってしまう。
「これから一年後の今日、九月一日。ドラゴンが来て、国が破壊される」
正確な日付は知らなかったが、時期も一緒で辻褄も合う。困ったことだ。ステラの言うことを信じたくないのに、レイチェルはもう信じてしまっていた。
「……信じてくれないの?」
何も言わないレイチェルに、ステラは泣きそうに顔を歪める。
(またこの顔……)
彼女のこの顔を見ていると、まるでこちらが加害者だと責められているような感覚になる。
違うはずだ。少なくとも今は、レイチェルはお願いされているだけであって、責められるわけではない。
ぎゅっと心臓を掴まれるような痛みに、レイチェルは胸を押さえて、口角を無理やり引き上げた。
「……どうしてわたくしが貴女の言うことを信じなくちゃいけないのかしら?」
腕を組むと、顎を突き出し、挑発をする。
そうだ。レイチェルが従ってやる義理はないはずだし、せっかくあちらが下手に出ているのだから、楽しんだ方が良い。
ステラで日頃の鬱憤を晴らしてやるのだ。
(まずは、地面に這いつくばらせて……いや、それはもう飽きたわね)
どうしよう。どうしていたぶってやろう。
あれこれ悩むレイチェルに、ステラは鼻から息を吐くと、泣きそうな顔をやめた。
代わりに目を細めると、なんだか同情するような、可哀想なものでも見るかのような顔をする。
「このままだと、あなたは私と同じように、ずっと時を彷徨い続けることになるわ」
「……は?」
思わず、口を開けて固まった。
この女は、今何と言ったのだろう?
(時を彷徨い続ける……?)
いや、それよりも。
(……『私と同じように』……?)
レイチェルが言葉の意味を考えていると、ステラは早口に畳み掛けてきた。
「コーディさまを私に取られて、それが許せないから嫌がらせをして、婚約破棄の末に地下牢で死ぬ。それがあなたの運命なの。現に一度そうなったんでしょう」
「…………」
レイチェルの鼻先に、ステラは指先を突きつけてきた。
「何回話をしようとしても、あなたは私とまともに取り合おうとしなかった。だからああするしか無かったの」
そのままガンを飛ばされて、レイチェルは眉を寄せる。
彼女がなんでこんなに一生懸命なのか、理由が分かった。
「……何回やっているの?」
レイチェルの質問に、ステラは肩を揺らした。大きな目を見開いて、レイチェルを凝視する。
時を遡ることが可能なら、遡った後に国外にでも逃げたら良いし、わざわざこうして、いじめられていた女に頭を下げてまで国を救おうとするのが分からない。いや、分からなかった。
彼女はおそらく、逃げられないのだ。
「……分からないわ」
レイチェルの予想は当たっていた。
ぎゅっと拳を握ると、ステラは小さく首を振る。
「もう数えるのも面倒になったから。でもたぶん、百回は繰り返してる」
「ふうん……」
聞いておいてなんだが、現実離れしていて、適当な相づちになった。
だが、百回も繰り返せば、さぞかし辛い体験をしてきたのだろう。レイチェルなんて、一度でもうんざりしているのに。そう考えると、溜飲が下がる。
被害者ぶってるわりに上手いこと回していると思えたのも、何度もやっていたなら納得だ。レイチェルのやっていることは全く無意味で、端から相手にされていなかった。
「貴女がイカレてると思ってた理由が分かったわ」
それが腹立たしくて、でもなり振り構っていられないところを見ると、目の前の女が少しだけ哀れにもなった。
レイチェルの言葉にむっとした表情を浮かべると、ステラは髪を手で靡かせる。
「そりゃあ、私だって、一番初めは素直で天使みたいな思考回路をしていたのよ」
アホらしい。
「ご自分でおっしゃるの?」
わざとらしい態度を鼻で笑ってやれば、ステラは下唇を突き出す。
「今さらあなたに向かって謙遜しても仕方ないでしょう?」
「そうね。今謙遜したらたぶんわたくし、貴女のことますます嫌いになるわ」
傷つけてやろうと思って、嫌いだと言い放つと、ステラは瞳を瞬かせて、意外そうな顔をした。
「まだ嫌いになる余地があるのね。もう地の底まで嫌われたかと思っていたわ」
「ッ」
ステラの唇が弧を描くような錯覚に、しまったと目線をずらす。
口喧嘩は、少しでも怯んだらおしまいなのだ。そもそも勝てる見込みは薄かったが、怯んでしまったレイチェルの負けだった。
「困ったわ。どん底まで落ちたら、もう好きになってもらうだけだと思ったんだけどなぁ」
心底困ったような顔をすると、ステラは金色の瞳をレイチェルに向けた。汚れを知らなそうな、綺麗な瞳がレイチェルを見つめて、思わずたじろぐ。ステラはそのまま傍に寄ってくると、しな垂れかかってきた。
「私、あなたに好きになってもらいたいの」
き も ち わ る い。
ぞわりと全身の毛が逆立つような感覚に飛び退く。ステラはまるで鬼の首でも取ったかのように、楽しそうだった。
「あなたを手に入れたいの。だから芝居をした。一年間もかけて、あなたの茶番に付き合ったのも、このためよ」
「…………」
もう気持ち悪い。なにもかも気持ち悪い。なにより、少しでも嬉しいと思ってしまっている自分が一番。
「分かった」
胃が張り詰めるような緊張感に、レイチェルは息を吐く。
気持ち悪い。だけど、この女が自害をするまで見ていた笑顔よりも、こちらの顔の方が信用に値すると思った。
「信じるわ。貴女の話」
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