KAC20246 トリあえず花を愛で一人で酒を飲む。

久遠 れんり

桜と約束の場所

 来年も来よう。

 そう約束をしたのは、去年のいつだったか。


 今年も、七輪を出し、肉を焼く。


 むろん有名どころでは、こんな事は出来ない。

 ここは、たまたま見つけたダム奥の湖畔。そこに植えられた桜の木。


 テーブルを出し、手前に自分のグラスと皿。

 そして、反対にもセット。気持ちだけ花も添える。


 

 去年は、二人だった。

 子供が結婚して家を出ていき。

 そして、予想より長引いたがやっと定年が来て、実家へ帰ってきた。

 その後、地元を探検していて、ここを発見した。

 

「昔ダムが出来たときに植えられた、小さな桜が大木になったのね」

 そう言って笑っていた。随分見ていなかったことと、自分の年を理解したらしい。


 去年は先に、俺がグラスに口を付け。彼女が運転しなくちゃいけなくなり、彼女は『来年も来る』。そう言って叫んでいた。



 俺は最後の時、その事を思い出して後悔した。


 今年は、軽だが後ろをフラットにすれば、寝られる車にした。

 ここで一晩、明かして帰る。


 そして、飲み食いをしているうちに、気が付けば、テーブルに突っ伏して寝ていた。

 すでに、だいぶ日が落ち。かなり寒い。


 道具を片付け、近くの公園まで山道を歩く。

 見た目は近いが、湖畔に向かい。尾根が半島のように出っ張り、くねくねしているため以外と遠い。


 この公園は傾斜地を削り造ったために、上段があり、そこでは皆が花見をしているようだ。


 桃色のぼんぼりと明かり。そして、楽しそうな声。

 その笑い声が、胸に刺さる。


 トイレをすませ、足早に元の桜へともどる。


 空が紫から黒へ。その色が地面まで降りてくると、世界は闇に包まれる。


 昼間の桜。そしてダム湖の水面。

 その美しかった風景が幻であったように、一帯は闇となる。

 しかも、ここは、丁度谷の部分。

 人工的な明かりが入り込んでこない。


 だが、闇が深まり音が消えた頃。周りに光の粒が幾つも揺らめいている。

 その光は無数にあり、湖面に映った星かと思った。


 どう見ても、それより明るい。

 そして、その光は、桜の周りをただ漂う。

 その光景で、花を愛でに来たのかと理解する。


 いや、勝手にそう思っただけだが。


 その光達は、空が紫から赤に変わる頃、消えていった。

 あれが、人の霊的な何かなら、彼女がいたかもしれない。そう思うことにした。


 そして翌年。

 せっかく今年も、あの光景を見に来た。だが、光は現れなかった。


 それならば、人の魂は、数ヶ月でバラバラになるのだろうか? それなら彼女の魂がばらけながらも思いが強く、ここへ集まってきた?

 じゃあ、あの時。あれ全部が彼女だったのか? おれは、そんな考えに至る。


 そして、来年もおれはまた、トリあえず此処へ確かめに来る。


 

 

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KAC20246 トリあえず花を愛で一人で酒を飲む。 久遠 れんり @recmiya

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