トリインフルエンサー・ウィルス
真野てん
第1話
言葉の乱れは心の乱れとはよく言うが、それほどまでに言葉と心の関係は密接なものである。
昨今ではインターネットの普及もあってか、言葉は容易に世界へと拡散されてゆく。
それはまさに国境線など知らぬ、飛ぶトリの如くなり――。
きっかけはひとりの動画配信者の戯れだったという。
その日も彼は、いつものようにゲーム実況を生配信していた。ジャンルはバトロワ系。腕前は世界ランキングでも一握りのトップランカーだ。
勝ち残って当たり前、そのうえで驚異的なプレイとリップサービスを続ける彼の配信には、平日の昼間から五桁を超えるアクセス数があり、閲覧者用のチャットはつねに賑わっている。
「あ、なんか普通に勝っても観ててつまんないよね? ハンデ募集しまーす」
ほんの気まぐれだったが、チャット欄はすぐに盛り上がった。
「ちょ、待って待って! コメ流れんの早過ぎぃ。エグいわ」
猛烈なスピードで流れるコメントの中から、彼の目を奪ったもの。
それが――。
「トリ装備? いいね。勝ったら、今後一生『トリ』って付く言葉、カタカナで暮らすわ」
トリ装備とは、このゲームにおいて最弱の装備と言われている。
世界トップクラスの腕前を持つ彼であっても、勝率は一割あるかないか。普段なら三秒と黙っていることがない彼もこの時ばかりは「ゴメン集中させて!」と無言を貫く。
一発でも攻撃を受けるとゲームオーバー。
いわゆるオワタ式で展開される試合にヒヤヒヤとしつつ、ファンたちも興奮状態だ。
「よっしゃー! 勝ったー!」
だが彼は勝ってしまった。
そして宣言通り、今後『トリ』という言葉をすべてカタカナ表記で暮らすという、悪ふざけの毎日が始まったのだが、ここで一大ムーブメントが起きてしまう。
彼のSNSをフォローしているファンたちが、その日を境に『トリ』を流行らせてしまう。
その勢いは瞬く間に日本を席巻。
一時は社会現象になるほどに拡散されていった。
やがてこのムーブメントはお遊びではなくなり、一般社会に溶け込むまでになってゆく。
代表トリ締役、公正トリ引委員会、違法薬物トリ締法などなど。
いつの間にやら公共の場においても『トリ』表記は採用され、公用語としての正式な言葉になりつつあったのだ。
彼が例のゲーム配信をしておよそ二年の歳月が流れた。
過熱してゆく一方だった『トリ』表記信仰にもかげりが見えてくる。
きっかけとなったのは国会にて鳥取県を『トリトリ県』にしようという名称改正案が提出されたことだった。
さすがにおかしいぞと思ったアンチ『トリ』表記派の一部が、日本各地の大学病院と研究を重ねた結果、日本人の78%の体内から未知のウィルスである『トリインフルエンサー』が発見されたのが翌年の春だった。
政府はこれを重大な研究結果と捉え、すぐに解決策を講じる。
こうして同年夏までに日本を席巻してた『トリインフルエンサー』は完全に終息していった。
まるで悪夢から覚めたように、日本人たちは『トリ』表記の呪縛から開放されたのだった。そしてパンデミックの起源と目されている例の有名配信者だが、あの配信後に自宅で死亡していたことが発覚する。
では一体誰が彼のSNSを続け、『トリ』表記を発信していたのだろうか――。
多くの謎が残る中、パンデミックの終息を告げる記者会見が、内閣総理大臣から行われた。
「えー。長きに亘る混乱を解決し、ここに『トリインフルエンサー』によるパンデミックが終息したことを宣言します」
ホッと胸を撫でおろす記者たちから、総理にこんな質問が飛んだ。
「総理。いまのお気持ちは?」
「そうですね。トリあえず、国民の皆さまが無事で良かったです」
トリインフルエンサー・ウィルス 真野てん @heberex
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