第42話 大河の都市、コルツベルク

 「ひゃー、コイツは壮観だなぁ」


 獣車から顔を出した俺は目に前に広がる光景を見て、素直な感想を口にした。


 渓谷を抜けてから早3日、ついに俺達行商団は目的地であるコルツベルクに到着したのであった。


 いや、正確に言えば、“到着した”というにはまだ気が早いか。それでも俺の視界にはマリエンブルクとは違った雰囲気を纏っている大河に面した大都市、コルツベルクがはっきりと映っている。


 今、俺を乗せた獣車の車列が進んでいるのはオーベル大河沿いの整地された街道だ。俺達だけでなく帝国南部から陸路を通ってやってきた多くの人々が列をなしていて、コルツベルクを前にして今までにないほどゆっくりとした速度で車列は進んでいる。


 数分前に〈遠見の片眼鏡〉で前方を確認したところ、コルツベルクの正門前で行われている都市の警備兵による積み荷の確認に時間がかかっているのが歩みを遅くしている原因のようだ。


 コルツベルクへの到着が遅れていることにトゥルフゼフスさんはかなりイラついているようで、前方の獣車からたまに彼の怒声が聞こえてくるが、俺にとってはそうでもない。


 何故なら帝国でも有数の港があるコルツベルクにはひっきりなしに木造船がオーベル大河を遡上してやって来るので、荷台から眺めるだけでも何隻もの異国の船を見ることが出来る。


 大半が商船であるから取り立てて華美な装飾などが施されていることはないが、それでも生まれてこの方映画の世界でしか知らなかった木造船が、何隻も一度に動いているのを見るのは中々に圧巻の光景だ。


 それに加え、最も目を引いたのがオーベル大河に架けられた石橋だ。川幅は広く、中心部はかなりの深さがあると思われるが、それをものともしない大きな石橋がコルツベルクと対岸を結んでいる。


 コルツベルクはオーベル大河の東側の岸沿いにあるため、対岸にも都市が広がっているわけではないが、その代わりに西側からの攻撃に備えた都市防衛の為に、立派な城砦が築かれている。


 石橋は、コルツベルクの象徴であると同時に、船を除いていつでもオーベル大河の上を往来することが出来る帝国の動脈ともいえる存在だ。


 だが、俺の習得している技能『一般常識ラムダル(中級)』が勝手に伝えてくるそんな情報はどうでもよく、人々の手によって造りだされた立派な建造物である石橋と、その後ろに広がる帝国の霊峰として知られるヴァルシュラン山を一度に見ることが出来る荷台からの景色に俺は目を奪われた。


 「はぁー、いやー凄いもんですねぇ」


 「……カズオってお上りさんみたいなことを言うのね」


 俺の純粋な感想に対し、暇そうに布でくるんだ戦斧を狭い荷台の中でクルクルと回していたベアトリスさんはそんなことを言った。


 「マリエンブルクだって同じようなモノでしょ?」


 「そんなことありませんよ。同じ内陸の都市ですけど、あっちにはこんなに立派な橋はないですから」


 「カズオは橋が好きなの?」


 「そういうわけじゃありませんが、こう、なんと言いますか……そうそう! 大自然の中にある巨大な建造物ってもんの堂々とした姿ってものですか? そういうものを見ると自然と凄いなぁって思うといいますか」


 「別に大自然ってもんじゃないでしょ?、この辺りじゃあかなり人の手が入ってるんじゃないかしら?」


 ベアトリスさんはズイッと身体を荷台から乗り出して地面を指さす。


 「ここの街道なんて綺麗な石畳じゃない。こんな風に手入れを欠かさない地域なんて少ないわよ? あたしの知ってる“大自然”なんてほとんど未踏の地だったわ」


 身体を荷台に引っ込めながらそう言った。


 「それは……ベアトリスさんが冒険者だからですよ」


 「別に冒険者をやる前だって自然に囲まれた村を見てきたわよ。そこに比べちゃったらコルツベルクは大都市ね」


 「はぁ、そういうものですか」


 「そういうものよ」


 うーん、俺からしたら十分ここも大自然の中の都市って感じなんだけど……なんだ?


 首をひねる俺を見てベアトリスさんが不思議そうな顔をする。


 「なんですか?」


 「カズオってやっぱり面白いわね」


 またでた。面白い発言、毎回良く分かんないんだよね。


 「……今度は何が面白いですか?」


 「あんたが自然だ自然だってはしゃいでいる事よ」


 「それはどういう意味で?」


 「ほら、しかもその事に気づいてない」


 「だから気づくって?」


 何度も俺が尋ねるとベアトリスさんは指を顎に当てて何かを考えるように視線を右に左に動かす。


 「そうね、初めは“大都市”に足を踏み入れたばっかりの田舎の人って感じの事を言うのに、あんた自身は今まで“大都市”しか知らなかった人みたいなことを言うって事かな?  あたしとしても上手く伝えられないんだけど……なんか、あんたと話しているとそういうチグハグな感じがして、何だが新鮮で面白いのよ」


 ベアトリスさん自身はどうにか言いたいことを言ったような顔をしているが、俺は彼女の発言が深く刺さった。


(チグハグ、まさかこの単語を短期間で二人から聞かされるとは思ってもみなかった……一年以上もこの世界にいながら俺の価値観ってやっぱり元の世界のままなのかな?)


 確かに、彼女の言う通りに考えてみればコルツベルクは大都市だ。でも、元の世界の事を覚えているこれからすれば人口が2万人程度の都市であるコルツベルクはあくまで小都市という感じがする。


 (この感覚のズレをどのように捉えればよいのだろうか? あの女神は世界で第二の人生を歩めみたいなことを言っていたような気がするし……もうちょっと、意識的にこの世界に馴染んだ方が良いのだろうか?)


 ネーカー湖でトゥルフゼフスさんに言われた時はあくまで技能を通じて知っている事を初めて目にしたことで得た“生の感想”との違いだけだと思っていたけど、二つの世界における物事の感じ方の違いというものは、放っておくと何だか根深い問題になりそうな気がする。


 うーん、マリエンブルクでの生活を通してこの世界に適応してきたような気がしてきたけど、この世界における経験……いや、生の“体験”がまだまだ足りないのかもしれない。


 「どうしたの? なんか急に考え込んでるみたいだけど?」


 「あっ、いえ、別に」


 「そう?」


 首をひねるベアトリスさんを前に俺は頭の中に浮かんだことをかき消す。


 (いかん、いかん! そんなことをこんなところまで来てウジウジと悩むなんてもったいない! 今は新天地にやってきたことを楽しもうではないか)


 俺が決意を新たにしたところで、トゥルフゼフスさんの声が拡声魔法を通じて聞こえてきた。


 「おーい、ようやく前が動きそうだ。お前達、ちゃっちゃと降りる準備をしろよ!」


 よし、丁度いい! 今はコレからの事を考えよう。


 「ささ、降りる準備をしますんでお喋りはここまでにしましょう」


 俺がそう言うと、ベアトリスさんは一瞬目を丸くした後、軽く笑ってこう言った。


 「やっぱり、カズオって変で面白いわね」


――――――


 「さてと、俺はこの後商談だが、お前はどうする?」


 コルツベルクについて早々、広場の脇に獣車を停めて荷物を下ろすと、トゥルフゼフスさんは俺にそう声をかけた。


 荷物を下ろした時点で俺の仕事は終わっているから、ここから先はコルツベルクに来た本来の目的を果たさなければならない。


 「もし、ユルゲンの店に行くんなら一緒に来るか? どうせ目的地は近いしな」


 トゥルフゼフスさんはそう言ってくれたが俺はそれを断る。

 

 「いえ、先に宿で荷物を預けようと思っていますので」


 「そうか、そう言えば聞いていなかったが泊まるアテはあるのか?」


 「はい、僕にはこれがありますから」


 俺は鞄から一枚の書類を取り出す。それを見てトゥルフゼフスさんは驚いた。そして、俺は初めて彼の驚いた顔を見た気がする。


 「そいつは、全国の冒険者ギルドの優先宿泊の許可証じゃないか。なんでそいつをお前さんが……って考えるまでもないか。去年のアレだな?」


 トゥルフゼフスさんは見ただけで分かったようだ。


 「ええ、アレです」


 俺は頷く。去年の“アレ”とは例の選挙に絡んだ一連の事件のことであり、それの解決に一役買った俺にテオードリヒさんがハンナさんを通じて渡してくれたのだ。「マスターなりのお礼です」と彼女は言っていたが、正直、まともに言葉を交わした覚えのない俺にとっては許可証も含めてどのように対応すればよいか困ったものだったが、こういう時に役に立つ日が来るとは思わなかった。


 「そいつがあれば困ることはないか。なら、俺とはここでお別れだ」


 「はい、トゥルフゼフスさんもお気を付けて」


 「お前こそ、商談、上手くやれよ」


 それだけ言ってトゥルフゼフスさんは行商団の人達と一緒に去っていった。後には俺と同じく雇われていた冒険者達が残っている。


 「それで、キリアンさん達はどうするんですか? 僕と一緒にギルドまで来ます?」


 俺はそのうちの一人でコルツベルクまでの旅で最も世話になったキリアンさんに声をかけた。


 すると、彼は残念そうに首を振った。


 「そうしたいところだが、実は、我々も行くところがあってね。ギルドに行くのは夜になりそうなんだよ」


 「えっ、それはハロルドさんやベアトリスさんも?」


 二人の顔も見るが、彼らもキリアンさんの言葉に追従するように頷いた。


 「そういうことだ、また後で会おうぜカズオ」


 「あたしとしては休みたいんだけどねぇ」


 「そうですか……それは残念ですが。では、先に行っています」


 「ああ、夜にでも酒場で会おう」


 最後にキリアンさんがそう言うと、冒険者の人達は皆でその場を立ち去ってしまう。


 「……あっという間に一人、か」


 彼らを見送ってすぐに自分が見知らぬ街で一人になったと思うと、どうにも落ち着かないところがある。


 「さて、そんな気弱なことを言っている場合じゃない。仕事だ、仕事!」


 俺はローラさんから渡されたコルツベルクの簡易的な地図を頼りに、商人達で込み合う広場を縫うように進みながら冒険者ギルドへ向かった。


 さぁ、コルツベルクでの仕事の始まりだ!

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微妙なスキルで異世界探訪 青鹿毛進九朗 @kurouA

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