とりあえず [KAC20246]

蒼井アリス

とりあえず


 目の前の大きな夕日に真っ直ぐ続くいつもの帰り道。アニメでよく見るシーンそのままの通学路。

 部活帰りの俺たちは育ち盛りの男子高校生。今日もコンビニのレジ横チキンにかぶりつきながら、他愛もない会話をしている。

 昨日観たアニメの話や進路希望調査票の話。来年受験生になる俺たちにとって一緒に部活ができるのは今年が最後。


「お前第一志望どこ?」

「第一志望は国立の工学部。私立も2校くらい受けるつもりだけど授業料のこと考えると国立に行きたいんだよな。私立の理系高えし。お前は?」

「俺はとりあえず文系で受験科目が少なくて行けるところならどこでもって感じかな」

「文系と理系なら来年はクラス別だな」


 幼稚園から高校までずっと同じ学校に通っている俺たちはお隣さん同士で兄弟のように育った幼馴染だ。

 建築家を目指しているこいつは俺より半年も遅く生まれているのに学年一背が高い。高校2年で188cmとかありえないだろ。昔はちっこくて女の子みたいに可愛い顔で俺の後を金魚のフンみたいに付いてきていたのに、今では俺より15cmも高くなりやがった。こいつにコクった女子は数しれないが、全部断ってる贅沢野郎だ。俺にコクってくれる女子は一人もいないのに不公平じゃないか。


 部活の成績だってこいつは全国大会出場で俺は万年補欠。頭も体も顔も出来がいいのは許せん。

 そんなこいつに俺はひっそりと恋をしている。幼馴染にBL片思いってベタすぎて嘘みたいな話だけど、俺はこいつに恋してる。でもこいつにコクるつもりはない。コクって玉砕して幼馴染ポジションまで失ったら俺は生きていけない。


 俺はこの恋が終わるまでのシナリオを完璧に作ってある。

 俺はこいつの結婚式に幼馴染として出席して、こいつの子供の頃の恥ずかしいエピソードをスピーチで紹介して笑いを取る。美しい花で飾られた正面のテーブルに座るこいつは「やめろよ~」とか言いつつも隣に座る美しい花嫁に鼻の下をのばしてる。俺はこいつの幸せそうな姿を目に焼き付け、この恋にとどめを刺す。

 その夜、俺はしこたま酒をあおって酔い潰れ、翌朝目を覚ますと葬った恋の喪失感と二日酔いの激しい頭痛に襲われ布団から出られずにいる。そこにこいつから「ハネムーンに出発だ!」というメッセージが届く。そのメッセージには空港で撮った新妻の肩に腕を回しているこいつの写真が添えられている。そして俺の恋は跡形もなく消え去る。


 これが俺のシナリオだ。

 これで完璧にお前への想いを断ち切れるだろう。だが、その時までもう少しお前のことを好きでいさせてくれ。


 ――「おい」


 遠くで何か聞こえる。


 ――「おい」


 まただ。何か聞こえる。


「おい、何ぼーっとしてんだよ」

 ああそうだった俺はまだ高校生でこいつの結婚式は俺の妄想だった。


「何?」

「今俺が言ったこと聞いてたか?」

「ごめん、聞いてなかった」

「俺らとりあえず付き合ってみないか?」

「……はっ?……お前何言ってんの?」

「お前、俺のこと大好きだろ。バレバレなんだよ。だったら俺らとりあえず付き合ってみよーぜ」

「いやいやいや、俺男だけど」

「そんなこと17年も前から知ってる」

「男の俺と付き合うのか?」

「だってお前俺のこと好きだろ」

「今までお前にコクってきた女子だってお前のこと大好きだったろ。あの子たちとは付き合わなかったのになんで俺なんだよ」

「俺もお前のこと好きだからだよ」


 俺の脳の回路はここでショートした。人間激しく動揺すると無意識のうちに慣れ親しんだ行動を取るのだろうか。俺は手に持っていたトリの唐揚げにとりあえずかぶりついた。

 もう何が何だか分からず「じゃあ今日から俺がお前の彼氏な」というあいつの声が聞こえた気がしたが、その後どうやって家に帰ったかもよく覚えていない。



 あれから2ヶ月、俺はあいつに溺愛されている。

 執着彼氏だなんて知らなかったよ。幸せだけどな。



 End

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とりあえず [KAC20246] 蒼井アリス @kaoruholly

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